欧州の重賞における米国産馬の著しい変化(アメリカ)【生産】
米国産の馬は、欧州の重賞とステークス競走のウィナーズサークルから徐々に姿を消しつつある。
2010年はこれまでのところ、イギリス、アイルランド、フランス、ドイツ、そしてイタリアにおける重賞とステークス競走の勝馬の7%が米国産馬であ る。だが、その数字は、1985年は30%、1990年は32.8%であった。その数字が示すように、欧州の一流馬に立ち向かう米国産馬の能力も低下して おり、2010年8月30日までに欧州のG1レースを制した米国産馬は、わずか5.8%にすぎない。ジョッキークラブ・インフォメーション・システムズ社 (Jockey Club Information Systems)が提供したデータによると、1985年に欧州のG1レースに勝利した米国産馬は、37.1%であった。
北米馬が国際レースで勝利するのはますます難しくなっている
米国および欧州の何人かの生産者と調教師は、その傾向の背後にある原因には少しも不思議なところはない、と述べた。米国の生産者たちが繋養する種牡馬 は、欧州の芝コースで勝利を収める可能性が高い産駒を送り出すことがなくなっている。それと同様に重要な変化は、ケンタッキーはかつては世界のサラブレッ ド生産業の中心地だったが、今はもはやその地位を失っていることである。それは他国、とりわけオーストラリアと日本において、種牡馬の質が著しく向上して いるからである。
レキシントンの近くにあるジャドモント牧場(Juddmonte Farms)のマネージャーのギャレット・オルーク(Garrett O'Rourke)氏は、「クールモア牧場(Coolmore Stud)のマネージング・パートナーであるジョン・マグニア(John Magnier)氏は、15年前にシーザスターズ(Sea The Stars)のような馬が君臨していたら、その馬はケンタッキーで繋養されていただろう、と私に言いました」と語った。シーザスターズは、2009年に3 歳馬として出走したレースでは無敗を誇り、英国2000ギニー、エプソムダービー、インターナショナルSを含む6つのG1競走に勝利した馬で、ケープクロ ス(Cape Cross)の優秀な牡駒である。オルーク氏は続けて、「1950年代と現在との違いは、アメリカ経済の強さです。当時は、欧州の生産者たちが拒否できな い価格を付けることが可能でした。今では各国の馬の質も向上しており、そのようなことはもはや不可能になっています」と述べた。
米国のサラブレッド生産が国際的に高い評価を得るようになったのは、1950年代である。当時、アーサー・“ブル”・ハンコック(Arthur “Bull”Hancock Jr.)氏は、欧州から一流の種牡馬を獲得する活動を開始した。ハンコック氏は、イギリスの第一級の種牡馬であるナスルーラ(Nasrullah)や、フ ランスのチャンピオン馬でありトップサイヤーであるルファビュルー(Le Fabuleux)を輸入し、クレイボーン牧場(Claiborne Farm)で繋養した。それは、世界各国の種牡馬が米国の馬の血統に活力を与える、と考えたからであった。ハンコック氏の息子のセス(Seth)氏も父親 の活動を引き継ぎ、1970年の欧州の年度代表馬に輝き、その後にトップサイヤーになったニジンスキー(Nijinsky II)を輸入した。1970年代のジョン・ゲインズ(John Gaines)氏は、その後国際的に有名になる独自の生産牧場ゲインズウェイ牧場(Gainesway)の建設を開始した。彼は、欧州の優れた種牡馬を他 のどの生産者より多く北米の市場に導入した。そして、ゲインズ氏はリファール(Lyphard)、リヴァーマン(Riverman)、ブラッシンググルー ム(Blushing Groom)、グリーンダンサー(Green Dancer)、アイリッシュリヴァー(Irish River)、シャープンアップ(Sharpen Up)、ヴェイグリーノーブル(Vaguely Noble)などの主要な種牡馬を獲得し、シンジゲートを組み、そして管理したのである。それらの種牡馬はすべて、欧州のチャンピオン馬、あるいは主要な ステークス競走の勝馬であった。ジョン・T.L.・ジョーンズ(John T.L. Jones Jr.)氏も自らの役割を果たし、欧州のチャンピオン馬であるアレッジド(Alleged)とヌレイエフ(Nureyev)をワルマック・インターナショ ナル牧場(Walmac International)で繋養した。一方、ジョン・ガルブレス(John Galbreath)氏は、無敗のチャンピオン馬であったリボー(Ribot)を輸入し、ダービーダン牧場(Darby Dan Farm)で繋養した。
1985年、米国で生産されたリヴァーマンの産駒は欧州の8つの重賞競走に勝利した。一方、アレッジド、ブラッシンググルーム、そしてヌレイエフの産駒たちも、それぞれ、7つの重賞競走を制した。
イギリスの優れた調教師であるジョン・ゴスデン(John Gosden)氏は、「欧州からケンタッキーに送られた多くの種牡馬は、欧州のチャンピオンでした。それが、長年の傾向でした。というのは、それらの種牡 馬のシンジゲートを組むことが可能であったと共に、多くの牝馬が存在していたからです。しかし、今日、欧州でチャンピオンになった馬は、地元に留まる傾向 があります。従って、過去10〜15年にわたり米国における欧州タイプの競走馬の父系の直系は衰退しているのです」と述べた。
欧州の一流の競走馬を米国から締め出している原因の一部は、“クールモア牧場とダーレー社(Darley)の影響”と言われている。クールモア牧場と ダーレー社は、アイルランド、イギリス、フランス、そしてオーストラリアで種牡馬の大規模な運用を行なっている。アイルランドを本拠地にしているクールモ ア牧場は、アイルランドで19頭、米国のアシュフォード牧場(Ashford Stud)で11頭、そして、オーストラリアで15頭の種牡馬を繋養している。オーストラリアの15頭のうちの10頭は、米国および欧州と行き来してい る。ドバイの支配者であるモハメド殿下(Sheikh Mohammed)は、ダーレー・ブランドの種牡馬ステーションの建設のために、更に多くの活動を行った。ダーレー社は、63頭の種牡馬を所有している。 それらの馬は、イギリスに9頭、アイルランドに8頭、フランスに7頭、オーストラリアに27頭(米国および欧州と行き来しているシャトルスタリオン13頭 を含む)、米国に16頭、そして日本に9頭繋養されている。
レキシントン近くのヒルンデール牧場(Hill‘n’Dale Farm)の所有者であるジョン・シクラ(John Sikura)氏は、「競馬のビジネスでは、種牡馬がすべてです。ダーレー社あるいはクールモア牧場のいずれかの馬が個人によって所有されていたら、それ らの馬は売却されていたでしょう。現在、種牡馬は地元にいるか、他の場所にシャトルされることによって他の生産者に機会を提供することになったのです」と 述べた。
本誌は、サラブレッド競馬に関するモハメド殿下のアドバイザーであるジョン・ファーガソン(John Ferguson)氏に接触することを何度も試みたが、失敗に終わった。
米国のサラブレッド市場が衰退しているため、米国の牧場が優秀な馬を手に入れることが更に困難になっている。E.P.テイラー(Taylor)氏は、メ リーランド州で世界最良の馬ノーザンダンサー(Northern Dancer)を繋養できることを証明したが、今日、種牡馬の獲得競争は世界中で激化している。
シクラ氏は、「この市場にはある程度の脆弱性があります。日本では、質のレベルが毎年向上しており、それがすべて競馬に反映されています。オーストラリ アと日本の賞金をご覧ください。賞金が100万ドル(約1億円)クラスのレースがいくつもあるのです。キーンランド競馬場では、賞金額が減っています。サ ラトガ競馬場も同じような状況です。そして、カリフォルニアの競馬は壊滅的な状態になっています。G1馬が走るレースの賞金が米国で25万ドル(約 2,500万円)、日本で200万ドル(約2億円)だとしたら、それは大きな差です」と述べた。
賞金のことはさておき、米国のサラブレッド生産市場は、ダートコースで優れた成績を残した種牡馬の産駒に高い価値が置かれている商業市場の大きな影響を 受けている。また、スピードのある早熟な血統が望まれている。このため、欧州タイプの種牡馬、つまり芝コースに向いていてスタミナのある馬は、商業的には 明らかに価値がない。
シクラ氏は、「シアトリカル(Theatrical)は芝コースに強い世界クラスの種牡馬でしたが、十分な支持を受けませんでした」と語った。同氏は、 牧場経営の最後の9年間、1987年に米国の芝コースのチャンピオンになったシアトリカルを繋養した(同馬は2009年に種牡馬を引退した)。シクラ氏は 続けて、「シアトリカルのような馬を今日のような市場に出すのは困難になっています。彼にふさわしい牝馬の数が減っているからです。‘芝向きの’良い牡馬 を手にいれるためには、自分を信じて賭けなければいけません。芝とダートの双方に向く馬を生産できる馬もいるにはいますが、その数はとても少ないのです」 と述べた。
ゴスデン氏は、米国の生産業界には世界の他の場所とは異なり、2つの大きな問題がある、と述べた。それは、ダートとスピードが重視されていること、そして商業市場のための生産に重点が置かれていることである。
ゴスデン氏は、「強いダート馬を輩出する種牡馬は、他の馬とは違う生き物です。脚質も馬格も違うのです。芝とダートとの切り替えを行なうことができる父 系の直系を探すとしたら、ダイナフォーマー(Dynaformer)が明確な選択肢になりますが、彼はもう若くはありません」と述べた。
同氏は更に、「商業的な世界そのものの問題としては、生産者がレースのためではなく、売るために生産している傾向があることです。その傾向は欧州でも目 にしました。レースではなく売るために生産すると、馬の育て方が若干違ってきます。まあ、この話はそのぐらいにしておきましょう。売るための生産はサラブ レッドに悪影響を与えてきたと思います」と語った。
シクラ氏は、米国の生産業界は競馬に対する文化的姿勢が異なるのでいくつかの課題に直面している、という点に同意した。海外の競馬はスポーツの色彩が強 く、馬を所有することがステータスとなっている。だがシクラ氏によれば、米国ではよりビジネスライクな姿勢が強く、文化的な色彩が弱くなっている。
シクラ氏は、「米国は、良くも悪くも世界で最も純粋な資本主義国家です。馬を100万ドル(約1億円)で売ることができれば、馬のビジネスをすぐに好き になるでしょう。でも、そのような馬を20万ドル(約2,000万円)で売ったときに、生産者の覚悟が試されるのです。この国の馬の生産業界には、出口戦 略を持っている人が多いのです」と述べた。
米国の種牡馬の中に欧州の血統が少なくなっている傾向は、依然として続いており、せりに出される米国産馬に対する需要を今後更に縮小させると思われている。というのは、海外のバイヤーが米国でのせりに足を運ぶ動機がなくなるからである。
オルーク氏は、「呼び物となる種牡馬を持たなくてはなりません。バイヤーたちがケンタッキーのせりに足を運ぶ理由、例えば、ブラッシンググルームの血統 を持つ馬を獲得するという理由があれば、彼らはここに滞在している間に、タピット(Tapit)の系統の馬も見ることになるでしょう。バイヤーたちは、そ れらの馬のレースを今まで見たことがないはずです。そうすれば、彼らは学習し、そのような馬を買い始めるでしょう。バイヤーたちにここに来てもらって、そ れらの馬を買ってもらわなくてはならないのです。同時に、最新の血統についても学んでもらう必要があります。私たちに、米国の優秀な種牡馬を失う選択肢は ないのです」と述べた。
アメリカの強みは、ケンタッキーには、依然として優秀な種牡馬に値する質の高い牝馬が数多く存在していることである。
オルーク氏は、更に、「今、ケンタッキーには逆風が吹いていますが、良い種牡馬の種付けを依頼する豊かな財力はあるのです」と語った。
ゴスデン氏は、米国の生産業界はかつては表舞台に立っていたが、現在、市場は他の場所に移りつつある、と考えている。
同氏は、「今から10年〜15年経つと、世界最大のレースは極東(日本とオーストラリア)で行なわれるようになるでしょう。オーストラリアには常に優れ た短距離馬がいますが、長距離馬はいませんでした。でも、現在は存在しています。私たちは、米国と欧州の双方において主流から取り残され苦しんでいます。 まったく、その現実を痛感しています」と述べた。
ゴスデン氏は続けて、「米国のダート・ホースはとても高貴な生き物です。でも、それは世界の他の場所では、あまり意味のあることではないのです。激しい地殻変動が起こっているのです」と語った。
欧州重賞勝馬の生産地(1980年〜2010年) | |||||||||
生産地 | 1980年 | 1985年 | 1990年 | 1995年 | 2000年 | 2005年 | 2010年 | ||
アーカンソー | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 1(0.4%) | ||
フロリダ | 10(3.1%) | 1(0.3%) | 2(0.6%) | 0(0%) | 0(0%) | 4(1.1%) | 0(0%) | ||
ケンタッキー | 46(14.5%) | 87(26.6%) | 100(31%) | 73(22.7%) | 59(18.4%) | 37(10.1%) | 18(6.8%) | ||
メリーランド | 2(0.6%) | 2(0.6%) | 1(0.3%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
ニューヨーク | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 1(0.3%) | 0(0%) | ||
ノースカロライナ | 0(0%) | 1(0.3%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
オハイオ | 3(0.9%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
ペンシルヴァニア | 2(0.6%) | 0(0%) | 1(0.3%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
ヴァージニア | 5(1.6%) | 7(2.1%) | 2(0.6%) | 2(0.6%) | 1(0.3%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
オーストラリア | 0(0%) | 2(0.6%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 3(1.1%) | ||
フランス | 64(20.1%) | 41(12.5%) | 35(10.8%) | 31(9.7%) | 20(6.2%) | 34(9.3%) | 34(12.9%) | ||
ドイツ | 24(7.5%) | 17(5.2%) | 19(5.9%) | 17(5.3%) | 37(11.5%) | 38(10.4%) | 18(6.8%) | ||
英国 | 60(18.9%) | 91(27.8%) | 84(26%) | 96(29.9%) | 91(28.3%) | 107(29.2%) | 82(31.2%) | ||
アイルランド | 83(26.1%) | 74(22.6%) | 76(23.5%) | 100(31.2%) | 110(34.3%) | 141(38.4%) | 103(39.2%) | ||
イタリア | 9(2.8%) | 4(1.2%) | 3(0.9%) | 2(0.6%) | 2(0.6%) | 2(0.5%) | 2(0.8%) | ||
日本 | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 1(0.3%) | 1(0.3%) | 0(0%) | ||
ニュージーランド | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 2(0.5%) | 0(0%) | ||
オンタリオ | 7(2.2%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
ポーランド | 2(0.6%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
ソ連 | 1(0.3%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | ||
アラブ首長国連邦 | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 0(0%) | 3(1.1%) | ||
総重賞競走数 | 318 | 327 | 323 | 321 | 321 | 367 | 263 | ||
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By Eric Mitchell
(1ドル=約100円)
[The Blood-Horse 2010年9月11日「Sea Change」]