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2011年05月27日  - No.10 - 1

グランドナショナルの将来を決めるのはだれか(イギリス)【開催・運営】


 4月9日のサッカーの試合は、波乱のない比較的静かな内容であったため、翌日の新聞の裏ページに、グランドナショナルのレース内容いかんで記事を載せるための空きスペースがあったものと思われる。

 グランドナショナルに関する記事でスペースを埋めることとした新聞の一つは、イギリス最大の発行部数を誇る日曜紙、ニュースオブザワールド紙(News of The World)であり、裏ページを上段打ち抜きの“恐ろしい”という見出しで飾った。

 そして、2頭の馬がレース中に予後不良となったこと、勝馬が脱水症に近い状態で入線したこと、前座レースの1つで騎手が落馬して重体になったこと、およびグランドナショナルを勝ったことのある騎手が鞭の乱用で騎乗停止になったことを箇条書きの形で読者に伝えた。

 一方メールオンサンデー紙(Mail On Sunday)のウェブサイトは、レース後の騒動について報道し、またビーチャーズ・ブルック(Becher’s Brook 訳注:グランドナショナルの3大難所の1つで高さ145 cm、幅98 cmの木棚付き生垣と着地側の高さ165 cmの障害)の1回目の飛越後に苦しみもがいている馬の四肢の映像および遮蔽用スクリーンに囲われて死んで横たわっている馬の空中写真を載せた。そして馬がどこに写っているか分からない読者のために、馬のいる場所は赤い円で囲われていた。

 全体としてこれらの新聞記事は、競馬界が答える必要のあるかなり説得力のある事件調書のように見えた。多くの人々は、今年のグランドナショナルはもっと悪い状況になる可能性があったと直ちに指摘した。ジェイソン・マグワイア(Jason Maguire)騎手は、1着で入線したあとすぐに騎乗馬バラブリグス(Ballabriggs)から降りた。そしてすぐに同馬には何杯もの水がかけられ、同騎手は1人で馬場を離れた。

 すぐにインターネットでコメントが飛び交う時代が故に、今回の事故を受けて、グランドナショナルは禁止されるべきとの要求が声高に唱えられ、競馬自体が、これまで必死に避けてきた精査の対象となった。

 しかし、オーネイス(Ornais)とドゥーニーズゲート(Dooneys Gate)の悲劇的な死に焦点を当てた今年のグランドナショナルのドラマに対する反応は、正当であったのだろうか、それともお決まりの反応であったのだろうか。馬が心ならずも競うことを強いられ、その結果として命を失う場合に、その競走を擁護できるだろうか。

 もちろん擁護はできる。確かに、グランドナショナルは危険である。1988年以降20頭の馬がグランドナショナルで予後不良となっている。これらは、誰もが期待していた20頭であり、また批評家が言うようにグランドナショナルが行われなければ生きていたであろう20頭である。しかし、グランドナショナルが施行されなければ、競馬で最も注目度の高い代表的開催がなくなり、競馬の一般的魅力が衰えてしまうだろうということは指摘されるべきである。

 魅力の減少に伴って、競馬は衰退し、その結果として馬主は減少し、レース数が少なくなり、ひいては馬の数も減るということになる。

 つまり、20頭をはるかに超える馬が不要となり、それらの多くは安楽死させられる結果になるだろう。

 肝心な点は、競馬は馬の命を奪う以上に多くの馬の命を生みだしており、競馬がもたらす馬の生活の質は、信じられないほどに高いということである。競走馬は、人間の大多数よりもはるかに丁重に扱われており、考えられる最高の基準に合わせて手入れされ、愛情を注がれ、育成され、調教され、そして飼料を与えられる。

 そしてそれに応えて競走馬はレースに出るが、レース中に命を失うのはそのうちわずかである。

 今年のグランドナショナルで2頭の馬が悲惨な死を遂げたが、同競走は近年安全になってきている。ビーチャーズ・ブルックの着地側は、馬と騎手にとって難度がはるかに低くなっている。また、能力の低い馬と未熟な騎手がグランドナショナルに出ることを禁止する厳しい規則もある。

 さらに、障害柵の着地側で負傷した馬が治療を受けたり予後不良となった馬が横たわっている場合にその障害柵を後続馬が回避できるようにするエリアが最近導入されたが、このエリアはさらなる予後不良事故が発生する可能性を最小限に抑えている。

 今年のグランドナショナルの場合、2つ障害が減っていたことで、深刻な負傷がさらに生じるのを防げた可能性があるが、同時に、防水カバーで覆われて動かなくなった予後不良馬や緑色の遮蔽スクリーンで囲われた予後不良馬といった痛ましい光景を視聴者が見ることになってしまった。

 ところで、マグワイア騎手および3着で入線したドントプッシュイット(Don’t Push It)から同じように急いで飛び降りたトニー・マッコイ(Tony McCoy)騎手は、騎乗馬が卒倒することを恐れて常識的な判断に基づいて行動したのである。

 しかしグランドナショナルにおける予後不良事故を不名誉なことととらえるか、容認できることととらえるか、また残念なことではあるが競馬という舞台における得難い場面に対して支払うべき代償ととらえるかは、個人の判断の問題である。

 自分の賭けが的中するか否かが唯一の関心事である人もいれば、美しい生き物が死ぬのを見るのは耐えられないという人もいる。どちらが正しいとか悪いとかということではない。

 悪いのは、偽善が議論をぼやけさせてしまうことである。そうならないようにするためには、今回のグランドナショナルの悲惨な側面に焦点を当てることを選択した新聞が、2012年のグランドナショナルの準備段階においてグランドナショナルを盛大に報道することで新聞の売上げを伸ばそうとはしないことが望まれる。

 結局は、グランドナショナルの将来を決めるのは一般国民である。もし国民がグランドナショナルを観ることはできないと判断してしまうと、同競走の視聴率と馬券売上高は落ち込み、スポンサーは関心がなくなり、グランドナショナル当日のエイントリー競馬場はうらさびれて活気のない場所となり、同競走は存在しなくなるであろう。

 しかし、史上最高の大入り満員の観客、昨年との比較で増加した馬券売上高および非常に多くのテレビ視聴者があったことで今年のグランドナショナルが指針となるのであれば、グランドナショナルが衰退の道をたどる可能性は今のところないと思われる。 

 

グランドナショナルにおける落馬数と予後不良件数(1988年以降)
優勝馬 馬場
状態
出走
頭数
落馬
件数
予後
不良
予後不良馬名
(原因のとなった障害)
ビーチャーズでの落馬
1周目 2周目 合計
1988 Rhyme ‘N’ Reason 稍重 40 12 0 0 2 2
1989 Little Polveir 不良 40 12 2 Seeandem&Brown Trix
(6番ビーチャーズ)
4 0 4
1990 Mr Frisk 38 11 2 Roll-A-Joint (8番)、
Hungary Hur(競走中止)
0 1 1
1991 Seagram 稍重 40 9 1 Ballyhane(転倒) 0 1 1
1992 Party Politics 40 7 0 1 1 2
1994 Miinnehoma 不良 36 21 0 3 0 3
1995 Royal Athlete 35 18 0 0 0 0
1996 Rough Quest 27 6 1 Rust Never Sleeps
(競走中止)
0 0 0
1997 Lord Gyllene 36 10 2 Straight Talk(14番)、
Smith’s Band (20番)
0 2 2
1998 Earth Summit 37 17 3 Pashto(1番)、
Do Rightly(4番)、
Griffins Bar(5番)
2 0 2
1999 Bobbyjo 32 9 1 Eudipe (22番
2周目ビーチャーズ)
2 4 6
2000 Papillon 40 21 0 1 2 3
2001 Red Marauder 不良 40 24 0 3 0 3
2002 Bindaree 40 22 2 Manx Magic(20番)、
The Last Fling(24番)
1 1 2
2003 Monty’s Pass 40 16 1 Goguenard(19番) 1 2 3
2004 Amberleigh House 39 16 0 4 1 5
2005 Hedgehunter 稍重 40 11 0 0 2 2
2006 Numbersixvalverde 稍重 40 15 1

Tyneandthyneagain
(1番)

1 1 2
2007 Silver Birch 40 14 0 3 2 5
2008 Comply Or Die 40 19 1 Mckelvey(20番) 1 1 2
2009 Mon Mome 稍重 40 15 1 Hear The Echo(転倒) 0 3 3
2010 Don’t Push it 40 18 0 0 2 2
2011 Ballabriggs 40 14 2 Omais(4番)、
Dooney Gate
(6番ビーチャーズ)
3 0

※1993年の開催は中止

 

By Bruce Millington

[Racing Post 2011年4月11日「Dangerous yes, but the people will decide National’s future」]
 


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