ドラマに満ちたケンタッキーダービー (アメリカ)[その他]
ベニー・“チップ”・ウーリー(Bennie "Chip" Woolley Jr.)調教師にとって2009年の幕開けは散々なものであった。同調教師はバイクで砂利道に突っ込んで脚を骨折し、そのうえ全出走馬32頭のうち1頭だ けが未勝利競走を制しただけで、勝ち星を掴むのにも骨が折れていた。
ところが5月2日ウーリー調教師の2009年の運気は好転し、ケンタッキーダービー(G1)を制したのだ。
競馬とはまさにこのようなものである。良い時もあれば、悪い時もある。
それまでにウーリー調教師は一度も重賞競走を制したことがなかった。しかもそれ以前に、重賞競走に管理馬を出走させたことすらないはずである。彼は今 や、135回ケンタッキーダービー優勝馬マインザットバード(Mine That Bird)の調教師として永久にその名を留めることになった。
2009年ケンタッキーダービーには多くの感動的なストーリーがあったが、ウーリー調教師にかなうものはないだろう。
競走の後、ウーリー調教師は松葉杖をついていることやマインザットバードをニューメキシコからケンタッキーまで自身でトレーラー輸送したことに触れたくないだろうから、“馬について話しましょう”と持ちかけた。
調教師のなかにも、骨折する人もあれば、馬のトレーラー輸送を自分でする人もいる。しかし、その中でケンタッキーダービーを制した者はまずいないだろう。
ウーリー調教師はこれらのすべてをやってのけたのだ。
5月2日現在、スティーヴ・アスムッセン(Steve Asmussen)氏が勝利数207で今シーズンの最多勝利調教師である。ウーリー調教師は過去25年間にわたってサラブレッドの競走を178勝していた (同調教師は繋駕競走馬も管理している)。年間最多の勝利数は2002年の21勝であった。実際には、ウーリー調教師が管理した馬の数はアスムッセン調教 師よりもずっと多い。
いずれにしても、全米において、そして全世界において、無数の調教師が馬に対する共通の愛とビッグホースを手がけるという共通の夢を抱いている。
アスムッセン調教師は多くの優良馬を手がけており、とりわけごく最近ではカーリン(Curlin)が2年連続で年度代表馬となった。
ウーリー調教師が手がけた優良馬マインザットバードが、ケンタッキーダービーで見せた馬群からの見事な抜け出しは、他の18頭が静止状態にあると見えるほどであった。
ウーリー調教師がカルヴィン・ボレル(Calvin Borel)騎手に大いに信頼を寄せているのには、それ相当の理由がある。マインザットバードがスタート時に前を塞がれたとき、ボレル騎手は慌てなかっ た。同調教師は、内柵沿いに走るように指示していた。それにしても、マインザットバードが残り600 mの地点に到達するまで、他の馬がよたよたとゴールに向かう一方でバードストーン(Birdstone)産駒のせん馬マインザットバードがこのように全速 力で走るとは、ボレル騎手自身も予測できなかった。
ボレル騎手はアトミックレイン(Atomic Rain)を抜くために内柵から一時的に離れたが、2007年のダービーでストリートセンス(Street Sense)に騎乗し優勝したときのように、内柵に沿って勝利をかすめ取った。
ボレル騎手はダービー前日、ケンタッキーオークス(G1)でレイチェルアレクサンドラ(Rachel Alexandra)に騎乗していたので、内柵沿いに走ることに関しては心配しなかったはずである。
ケンタッキーダービーは1ドル(約100円)につき103.20ドル(約1万320円)の配当金が支払われたことで驚くべきレースとなった一方で、ケンタッキーオークスは勝馬が2着馬に20馬身1/4差をつけたことで驚くべきレースとなった。
メダグリアドロ(Medaglia d'Oro)の牝馬レイチェルアレクサンドラは、ボレル騎手が同馬をたとえ外柵へ導いていたとしても優勝することができるほど強かった。
ウーリー調教師にとってダービーがチャーチルダウンズ競馬場での初めてのレースであったが、他方レイチェルアレクサンドラを管理するハル・ウィギンス (Hal Wiggins)調教師は1993年から同競馬場に定期的に管理馬を入厩させている。厩舎地区でウィギンス調教師よりも素晴らしい人物を見つけようとして も、その試みは無駄だろう。
ウーリー調教師とは違って、ウィギンス調教師は重賞競走制覇は初めてではなかった。しかし、G1初勝利であった。ウィギンス調教師はこれまでに数々の優良馬を手がけたが、おそらくレイチェルアレクサンドラのような能力のある馬には巡りあってはいなかったのだろう。
競馬ファンはすでにレイチェルアレクサンドラと無敗チャンピオン牝馬ゼニヤッタ(Zenyatta)が激突するBCレディースクラシック(G1)を待ち焦がれている。
ずぶとくて小さなせん馬マインザットバードが一発屋で終わるか、それとも競馬界の最新のスター馬となるか、今後数週間あるいは数ヵ月で明らかになるだろう。
いずれにしてもウーリー調教師の希望通り、松葉杖の話や馬の自前輸送の話に触れず、マインザットバードに絞った話をすることができた。
By Dan Liebman
(1ドル=約100円)]
[The Blood-Horse 2009年5月9日「What’ Going On Here−Wild and Woolley」]