無敗馬スタセリタに牝馬のアローワンスは必要か?(イギリス)[その他]
1913年のエプソムダービーでは、婦人参政権運動の活動家エミリー・ワイルディング・デービソン(Emily Wilding Davison)氏がタッテナムコーナー(訳注:エプソム競馬場の直線入口にあるコーナー)でイギリス王ジョージ5世の所有馬アンマー(Anmer)の前 に飛び込む事件があった(訳注:その時の怪我で4日後に死亡)。これは婦人参政権運動の歴史において最も有名な事件の一つだろう。
デービソン氏やその仲間が今も活動していれば、女性騎手の格差是正措置が取られるべきだと主張するだろう。現在では、女性騎手限定競走も少しあるが、大 多数の競走で、女性騎手は男性騎手と同じ条件で交じって競走している。騎手に関しては、男性と女性が互いに競うことが認められている数少ないというより、 極めて稀なスポーツである。
一方、牝馬と牡馬が一緒に競走する際には牝馬に格差是正措置(アローワンス:負担重量の軽減)が取られている。牝馬のアローワンスは、英国とアイルラン ドでは3ポンド(約1.36 kg)であるが、豪州では2 kgである。近年、豪州では古牝馬が相次いでG1競走を優勝しており、馬券購入者から牝馬のアローワンスが行き過ぎではないかとの疑問が持たれている。
2008年にニュージーランドの競走馬生産者レニー・ギーレン(Renee Geelen)氏は、『牝馬のアローワンスは不足しているのではないか?』という興味深い論文を発表した。(http://www.breedingracing.com/で閲覧可)
その中でギーレン氏は、オーストラリアの賭事会社(IASbet.com)の創設者マーク・リード(Mark Read)氏の、牝馬が良い成績を挙げている理由に関する以下のような興味深い説を紹介している。
(1) 1960年代から女性の社会的地位が益々向上したことの副産物の1つとして、
牝馬にも配慮するようになった。
(2) 他方、近代的な調教法によって牝馬が厳しい競走にも対応できる資質を備える
ようになった。
(3) 結果として、牝馬は現代競馬において成功を収めるチャンスが大きくなった。
そこで、ギーレン氏は、牝馬のアローワンスを見直す(減らすか、あるいは廃止する)べきではないかという、ホースマンや競馬ファンに渦巻くわだかまりの是非を検証した。その結果、牝馬に対する2 kgのアローワンスは、少なくとも行き過ぎではないという結論であった。
すなわち、breedingracing.comサイトの統計専門家は、オーストラリアで1999年〜2008年に施行された重賞競走と準重賞競走を対 象として、優勝馬に占める牡馬と牝馬の割合および出走馬に占める牡馬と牝馬の割合を比較し、いずれの性別にとっても成功(優勝)とその機会(出走)は密接 に関連していること(性別による大差がないこと)を明らかにしたのである。
例えばG1競走において、牡馬は出走馬の75.2%(A)を占め優勝馬の74.7%(B)を占めている。(B)を(A)で割ると(優勝率÷出走率)、1 に近い0.99という数値が得られる。この数値は牡馬の優勝回数は出走回数と比例していることを意味している。一方、G1競走において牝馬は出走馬の 24.8%(C)を占め優勝馬の25.3%(D)を占めている。(D)を(C)で割ると、1.02という数値が得られる。同様な計算をすると、牡馬と牝馬 いずれもG2競走、G3競走および準重賞競走においての数値もまた1に近かった。したがって、合計の数値の比較から導き出される論理的帰結は、豪州の牝馬 アローワンスが少なくとも行き過ぎではないということである(下表参照)。
しかし、牝馬アローワンスの議論が2009年の秋にかけて再浮上するかもしれない。というのも、(1) 2008年秋には3歳牝馬のザルカヴァ(Zarkava)が凱旋門賞で優勝し、また、(2) 今年の凱旋門賞シーズンには、仏オークスなど5戦5勝の3歳牝馬スタセリタ(Stacelita)は、フェームアンドグローリー(Fame And Glory)やシーザスターズ(Sea The Stars)などの3歳牡馬に比べて1.5 kgのアローワンスが与えられるからだ。
そこで、本紙は、英国とアイルランドにおける2003年以降の重賞競走と準重賞競走で、牡馬と牝馬が出走している全レースを対象にして、breedingracing.comサイトの統計専門家と同様の計算をすれば興味深い結果が得られるだろうと考えた。
その調査結果はオーストラリアの一連のデータと酷似しており、すべての競走種類(G1、G2、G3、準重賞)で、牡馬・牝馬とも、数値は1を中心に 0.88と1.15の間に分布した。合計の数値は0.99と1.00で、英国・アイルランドの現行の牝馬アローワンス(3ポンド)はその目的を果たしてい ることを意味している。この調査を始める前、本紙は牝馬アローワンスがいささか寛容すぎるのではないかと疑問視していた(下表参照)。
それでは、これらのレースで牝馬がアローワンスなしで牡馬と競走していたら、どうなっただろう? 牝馬は優勝馬の23%、出走馬の23%を占めている。全くの仮説であるが、牝馬が優勝した競走を対象として、当該競走の着差、馬場状態、競走距離を考慮に 入れると、牝馬のアローワンスがなければ、牝馬の優勝馬の40%もが勝てなかったのではないかと推測される。つまり、牝馬が出走馬の23%を占めながら優 勝馬の13%(23%×0.6)しか占めないという事態になっただろう。
ただし、3ポンド(約1.36 kg)のアローワンスが特定の牝馬にとって必要以上に大きな恩恵となり得る場合がある。牝馬アローワンスの目的は牡馬・牝馬間にある身体的条件の差の埋め 合わせをすることである。しかし馬格はさまざまであり、力強くがっしりとしたいわゆる男勝りの牝馬が同等の牡馬と競走する際には、アローワンスが牝馬に有 利に働くことは十分にありえるからである。
思い浮かぶ近年の例は、力強い凱旋門賞馬ザルカヴァと、速いミスアンドレッティ[Miss Andretti 豪州馬、2007年のキングススタンドS(G1)優勝]である。最近では、丈高く強そうな仏オークス馬スタセリタである。同馬にはアローワンスの追い風も あり、現時点で凱旋門賞(G1)の最も魅力的な優勝候補馬になっている。
英国・アイルランドおよび豪州における牝馬のアローワンスの影響 | ||||
勝馬割合÷出走割合 | ||||
競走レベル | 豪州牡馬 | 豪州牝馬 | 英国・愛国牡馬 | 英国・愛国牝馬 |
G1競走 | 0.99 | 1.02 | 1.00 | 0.99 |
G2競走 | 1.01 | 0.95 | 1.03 | 0.88 |
G3競走 | 1.04 | 0.85 | 1.03 | 0.88 |
準重賞競走 | 1.09 | 0.82 | 0.94 | 1.15 |
合計 | 1.07 | 0.84 | 0.99 | 1.00 |
豪州のデータは1999年から2008年のレースを対象としたものであり、http://www.breedingracing.com/に掲載されている論文からのものを利用した。英国と愛国のデータは2003年以降の牡馬・牝馬がともに出走したすべての重賞・準重賞競走を対象としている。 |
[Racing Post 2009年7月2日「Weight advantage a big boon for strong fillies like Stacelita」]