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2021年04月22日  - No.15 - 4

アマチュアジョッキーのローナ・ブルック騎手が落馬事故で死去(イギリス)[その他]


 4月8日(木)にトーントン競馬場で惨憺たる落馬事故に遭い、4月18日(日)に37歳で亡くなったアマチュアジョッキーのローナ・ブルック騎手に哀悼の意が捧げられた。

 ブルック騎手は4月8日(木)、母レディ・スーザン・ブルックが管理したオーケストレイテッド(Orchestrated)に騎乗中に落馬して、ドクターヘリでブリストルのサウスミード病院に搬送された。そして、脊椎損傷が疑われたために集中治療室に運ばれたが、合併症を併発し4月16日(金)以降は薬物誘導の昏睡状態にあった。

 ブルック騎手の訃報は4月19日(月)午前、負傷騎手基金(Injured Jockeys Fund:IJF)の声明の中で伝えられた。「ローナ・ブルック騎手が昨日亡くなったという悲報を伝えなければならないことに、深い悲しみを抱いています」。

 「ローナの家族は、この10日間の皆様の厚意、とりわけサウスミーズ病院のスタッフのプロ意識をもった対応に感謝しています。内輪だけの葬儀が執り行われ、新型コロナウイルスによる移動制限が緩和されれば、ローナの人生を偲ぶ会を開催する予定です」。

 ブルック騎手は通算17勝を挙げ、ポイント・トゥ・ポイント競走では40勝を挙げた。英国あるいはアイルランドのいずれかで開催されるレディースHチェイス競走の第1回目(フェアリーハウス競馬場)では、ムーンローンレーン(Moonlone Lane ポール・スタッフォード厩舎)に騎乗して優勝した。

 ブルック騎手は2002年に正式なレースで初勝利を挙げて以来、母親の管理馬に300回以上騎乗したほか、ジョン・グルーコット、トム・シモンズ、エヴァン・ウィリアムズなど数々の調教師が手掛ける馬に騎乗した。

 ウィリアムズ調教師はこう語った。「競馬は私たちを引き合わせてくれました。そしてローナは私たちの仲間でした。ローナのように馬に対して情熱を持つ仕事熱心な人々によって、競馬は成り立っています。彼女は一緒に仕事をするのが楽しい人でした」。

 「彼女は数年前、ニュートンアボット競馬場でダッシングドク(Dashing Doc)に騎乗して勝利を収めてくれました。この馬は本当に扱いにくく、プロのジョッキーでさえも彼に乗って勝つことができませんでしたが、彼女は挑戦することに乗り気でした」。

 「この馬に勝つチャンスがあることに、彼女は私よりもはるかに楽観的でした。彼女は常に人生の明るい面を見ていました。勝つ見込みの少ない馬に乗っても、そんなことは関係なく、いつも100%の力を発揮していました」。

 「かわいそうなローナが亡くなったと思うと、言葉では言い表せないほど意気消沈します。彼女はこのスポーツを素晴らしいものにしてくれました。競馬は大規模な開催で優勝することだけが重要なのではありません。この世界にいるローナたちのおかげで成り立っているのです」。

 「どこかの寒い地域で行われたポイント・トゥ・ポイント競走でも、デボンやヘレフォードシャーの小さな競馬場でも、彼女はいつも満面の笑みを浮かべて騎乗していました。毎日絶えず努力して、まさに100万人に1人いるかいないほどの珍しい存在でした」。

 グルーコット調教師も同じ気持ちを抱いていた。「ローナは馬に情熱を持っていて、好きだからこそ乗っていたのです。一生に一度会いたくても会えないような最高に魅力的な人だっただけに、悲劇です」。

 「彼女は私たちの地元で親しまれていましたが、少しずつ騎乗活動の範囲を広げていきました。いつも素晴らしい騎乗をしていました。今では優れた女性ジョッキーはたくさんいますが、その点では彼女は少し先駆けのような存在だったのかもしれません。早くから模範をつくった女性騎手の1人です」。

 BHA(英国競馬統括機構)はこの発表を受けて、「競馬界全体が喪に服しています。私たちは現段階では、ローナの家族のプライバシーが尊重されることをお願いし、移動制限が緩和されたときに、まだ若かった彼女の人生を偲ぶ機会を待ちのぞんでいます」と声明を出した。

 その声明でBHAのCEOジュリー・ハリントン氏はこう述べている。「ローナは競馬界の一員としてとても愛されていました。彼女とそのご家族は競馬界に深く関わっています。彼女は、英国競馬界を特別なものにしている多くの良さを身をもって示してくれました」。

 「彼女は誇り高き競技者であり、競馬だけでなくコンビを組んだ数々の馬に豊かな愛情を注ぎ、それが原動力になっていました。競馬を愛するすべての人々とともに、このひどく悲しいときにおいて、ローナの家族、友人、同僚のご心痛を心よりお察しいたします」。

 4月19日(月)には、英国のすべての競馬開催で黙祷が捧げられ、ジョッキーたちは黒い腕章をつけていた。騎手協会(PJA)も声明においてブルック騎手に哀悼の意を表している。

 PJAのCEOポール・ストラサーズ氏はこう語った。「今回の落馬事故は、勇敢な男性や女性の騎手たちが直面している危険を思い起こさせる衝撃的なものであり、ローナの家族、友人、同僚に心からお悔やみを申し上げます。ローナは非常に勤勉で、検量室の人気者でした。アマチュア騎手の免許で騎乗していましたが、すべての意味においてプロでした。私たちは仲間の一人を失ってしまいました。彼女がいなくなると、とても寂しくなるでしょう」。

 2019年10月に正式なレースでの最後の勝利を挙げたブルック騎手は、ポイント・トゥ・ポイント競走の常連だった。英国アマチュア騎手協会とそのCEOであるサラ・オリヴァー氏もブルック騎手を称賛した。

 「ローナは快活で陽気な性格に恵まれており、どの競馬場に行ってもその笑顔で雰囲気をパッと明るくしていました。私たちの多くは長年にわたり、競馬場だけでなく、ローナが情熱を傾けるポイント・トゥ・ポイント競走においても、彼女の存在をよく知っていました」。

 「ローナはその屈託のない笑顔で多くの友人を作り、彼女のレースへの渇望はとどまるところを知りませんでした。 彼女は障害競走への愛のすべてを体現していたのです。彼女を失ったことを、検量室やそれ以外の場所で痛感しています。ひとつ確かなことは、ローナは決して忘れられないということです」。

 ブルック騎手は2005年7月のトム・ハリデー騎手以来、英国およびアイルランドにおいて正式なレースでの落馬事故で致命傷を負った初めての騎手となった。

By Jonathan Harding

[Racing Post 2021年4月19日「'She was so passionate' - amateur jockey Lorna Brooke dies after fall」]

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