ドキュメンタリー『ホースパワー』は美しいが大ヒットは見込めず(イギリス)[その他]
Amazonプライムビデオで9月23日(金)に公開される4部構成のドキュメンタリー『ホースパワー(Horsepower)』には、美しい映像や人の心をつかむストーリー展開がふんだんにある。しかし『Formula 1: 栄光のグランプリ(Drive To Survive)』がF1にもたらしたような、あらゆる層にうけるヒット作品にはならないだろう。制作チームはそのような期待を抱いているようだが、試写会で記者たちに公開された最初の2つのエピソードを見るかぎりでは、登場人物の幅が狭すぎ、ドラマもまばらに広がり、競馬ファンの枠を越える人々の関心を集めることはできないだろう。
ビッグネームとして、オイシン・マーフィー騎手とアンドリュー・ボールディング調教師が出演しており、2020年秋から2021年の夏まで、プロデューサーにかなり多くの撮影機会を与えている。最後のエピソードは、2人にとって重要な意味を持つ1週間、2021年ロイヤルアスコット開催に焦点を当てているようだ。
撮影スタッフはロイヤルアスコット開催の金曜日に、金塊を掘り当てたと思ったに違いない。マーフィー騎手はコモンウェルスカップ(G1)で審議の末に降着となったが、その次のレース、コロネーションS(G1)をアルコールフリーで見事に制したのである。『ホースパワー』で描かれているように、アルコールフリーはそれに先立つ9ヵ月間、厩舎の希望と期待を背負っていた。プロデューサーは当然、理想的なクライマックスと考えたに違いない。
あいにく後になって、マーフィー騎手が撮影が始まった頃にミコノス島へ旅行して新型コロナ感染防止ルールを破ったことが判明した。その違反と基準値を超えるアルコール検出2回という結果により、今年1年間は世界中のどのレースでも騎乗が禁じられることになった。この事実は7ヵ月前に公に知れ渡っていたが、どうやら『ホースパワー』では触れられなかったようである。
その決定については"一報が流れたときには制作は終わっており、しかもそれは複雑な問題である"と説明できるかもしれないが、失敗である。多くの人々が知っている主人公に関する一大事に触れないで、これが競馬界の内面を描いた作品だと、どうして視聴者を納得させられるだろうか?
ハンプシャーの調教場で走る馬の豪華な映像など、熱心な競馬ファンにとってはすごく楽しめる内容となっている。ボールディング厩舎のスタッフも何人か出てくる。厩務員のマリー・ペロー氏は担当するカメコの米国遠征に同行することになり、ひどく神経質になっている。
率直な物言いの攻馬手、カッシア・クーパー氏は"アルコールフリーを変身させた"と評価されている。少し会っただけで、スターになるポテンシャルを秘めているように思える。3歳シーズンを迎えたばかりの牝馬アルコールフリーを撫でながら、クーパー氏はカメラに向かって陽気に「トモがすごく大きくなったようですね」と語った。
スーダンからの難民、アブドゥル・カリーム・ムーサ・アダム氏は引き寄せられるようにこの調教場にやって来た。彼が語るところによると、トラックのホイールアーチの隙間に入って英国に到着したという。重要な貢献者としての地位を築いたのち、アフリカに戻って長いあいだ行方不明となっている弟を探して難民キャンプをくまなく調べた。そのあいだ、スタッフの母親的存在であるアンナ・リサ・ボールディング氏は不安に襲われていた。
ボールディング夫妻は2人とも好感がもてるが、最初の2つのエピソードでは出番が非常に多い。おそらく他の登場人物も描くことができただろうに。プロジェクトは意図的に配慮されたものであるように感じられた。束縛がなくて洞察に満ちた作品というよりも、むしろ所々キングスクレアのボールディング厩舎の宣伝ではないかと受け取られる危険性も見受けられる。
マーフィー騎手の直近の騎乗停止処分については言及されていないが、それ以外に編集担当者を懐柔した形跡はない。運転手にぞんざいな態度をとる姿も撮影されている。コカイン使用疑惑による3ヵ月間の騎乗停止処分を苦々しく思っている場面も何度か出てきて、アルコール依存についても取り上げられている。
マーフィー騎手がシンクにボトルを空けるシーンを私たちは目の当たりにする。彼は「コーナーを回ったときのような気分だよ。本当にいい場所にいる感じ」と言った。
ボールディング調教師にはさらに予知能力があった。2021年の早い時期に、「オイシンは、本当にタフな1年を過ごすことになるでしょう」と語っていたのだ。「ある段階で、オイシンは何に集中したいのか決めなくてはならないでしょうね」とも言っていた。
By Chris Cook
(関連記事)海外競馬ニュース 2022年No.7「マーフィー騎手、感染防止ルールと飲酒の違反などで14ヵ月間の騎乗停止処分(イギリス)」
[Racing Post 2022年9月22日「Horsepower is a beautiful show - but Drive To Survive it is not」]