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2022年11月30日  - No.45 - 1

G1馬テュネスを偶然手に入れた馬主の驚くべき物語(ドイツ)[生産]


 もはや使い古されたコメディの定番ギャグになっている。不運なセリの参加者がタイミング悪く鼻を掻いたり、友人に手を振ったりしたせいで、欲しくもない支払い不可能なほど高価なものを図らずも競り落としてしまうものだ。

 このような寸劇やホームコメディのようなことは現実世界ではありそうもない。鑑定人は通常、客席で何が起こっているかに気づいており、何が有効な入札サインであるかに敏感である。しかし2年前にバーデンバーデンで開催されたBBAG 1歳セールで実際にそのような誤解が生じてしまったのである。

 さらにいっそう驚いたことに、この予期せず購買した栗毛の牡駒はテュネスにほかならないのだ。この購買の翌年に半兄トルカータータッソが凱旋門賞(G1 ロンシャン)優勝馬となった。そして、テュネス自らも11月6日のバイエルン大賞(G1 ミュンヘン)をセンセーショナルな10馬身差で制したのだ。

 このジュリアーニ産駒に3万8,000ユーロ(約551万円)支払うことを誤って認めてしまったことは、その人にとって不幸に見えても結局は幸福な出来事となった。この人物、すなわちケルンのオーナーブリーダーであるホルガー・レンツさんはドイツの競馬サークルでは有名人だ。なぜなら、手頃な価格で生産もしくは購買した馬にライン川沿いの愛する故郷ケルンにまつわる名前をつけるからだ。

 ミロヴィッチ[Millowitsch 父シェヘレザート(Sehrezad)]は数々のG3競走を制した自家生産馬であり、1歳のときに1万7,000ユーロ(約247万円)で主取りとなっている。現在レットゲン牧場(ケルン)にて風変わりな種付料1,111ユーロ(約16万円)で供用されているミロヴィッチは地元の人気コメディアンにちなんで名づけられた。またステークス勝馬のアフウンゾ[Aff Un Zo 1万3,000ユーロ(約189万円)で購買]、ブッジェ[Bützje 5,500ユーロ(約80万円)で購買]、クルンゲル[Klüngel 2万8,000ユーロ(約406万円)で購買]は、「今と昔」、「頬への軽いキス」、「"背中を掻いてくれれば私もお返ししましょう"という持ちつ持たれつの関係」といった意味の地域の方言である。

 これらの馬の最初の価格からも分かるように、テュネスは馬主がふだん1歳馬に支払うよりもかなり高い価格だった。なお、テュネスはケルン民話に登場する田舎者にちなんで名づけられた。

 ホルガー・レンツさんの英語が堪能な妻、アレクサンドラさんは11月中旬にこう語った。「ホルガーはこの馬を安値で手に入れたかったので、2万ユーロで入札のサインをやめてしまったのです。それ以上の価格で手を挙げることはめったになく、底値で掘り出し物を見つけるのが好きなのです。彼はそのあと携帯で友人に電話しました。おしゃべりするときに時々やってしまうように、身ぶり手ぶりを加えたり指をさしたりしていたので、鑑定人は彼がまだ入札に参加していると思ったのです。彼はとうとうその馬を3万8,000ユーロ(約551万円)で落札することになってしまいましたが、それはまったくの偶然でした」。

 「後でホルガーがやって来て、何があったのか教えてくれました。まったく高すぎてこんな価格ではいらなかったのだけど購買をキャンセルして動揺させたくはなかったんだ、と言っていました。もちろん、今ではキャンセルしなくて良かったと心からホッとしていますね」。

 テュネスが最も幸せな偶然であることが明らかになるのに時間はかからなかった。生産者が付けていた「ティフアンヒレスハーゲ(Tijuan Hilleshage)」というあだ名から改名され、馴致を行われたのだ。

 アレクサンドラさんは、「当初はハノーファーで調教されていたのですが、いつも"本当にいい馬だ"と言われていました。そして2歳シーズンの初めにペーター・シールゲン調教師のもとに移りました。彼はすぐに"特別な馬ですね"と言ってくれました」と語った。

 しかし、ケルンでのデビュー戦で2着となった後に5戦5勝を果たすとは誰も予想していなかったのではないだろうか?2歳でクレーフェルトのG3競走を制し、3歳で独セントレジャー(G3)を8馬身差、バイエルン大賞を10馬身差で優勝したのだ。あるいは(さらには)、ジャパンカップ(G1 11月27日)で世界の強豪に挑んで、4億円もの1着賞金を手に入れるかもしれないとは・・・(訳注:テュネスはジャパンカップで9着に終わった)。

 アレクサンドラさんはこう続けた。「ペーターはいつも彼には並外れた才能があると言っていました。確信していたようです。しかし馬主としてはただ見守るしかなかったのです。なぜなら、そのようなことを言っていて事故に遭ったり、あるいは怪我をして実力を発揮できなかったりといったことはよくありますからね」。

 テュネスの物語にはもう1つの驚くべき要素がある。それはオランダの趣味の生産者、ポール・ファンデベルク(Paul Vandeberg)さんにとってテュネスが2頭目のG1馬であるという点だ。もう1頭は今年タイトル防衛に挑んで3着だったものの昨年は見事な凱旋門制覇を果たしたトルカータータッソである。そしてファンデベルクさんは所有する唯一の繁殖牝馬ティフアナ(父トイルサム)からこれまで3頭の出走馬しか生産していないのだ。

 ファンデベルクさんが11月27日(日)のジャパンカップに出走するテュネスを応援するためにホルガー&アレクサンドラ・レンツ夫妻とシールゲン調教師とともに東京に向かうことをお知らせするのを嬉しく思う。引退した肉屋の主人であり温血種の馬を生産する謙虚なファンデベルクさんは、地元の英雄たちを抑えて2021年のドイツ競馬界パーソナリティ・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。

 アレクサンドラさんはクスクスと笑いながら「私たちはファンデベルクさんと一緒に日本へ出かけるところです。彼はテュネスを応援することを大いに楽しんでいて、馬名を変えたことも喜んでいましたね」と述べた。

 そして、「信じられないかもしれませんが、彼にとって今回の日本行きが人生初のフライトになるのです。70代だと思いますが。このような経験をすると、競馬というものが私たちをどこにでも連れて行ってくれることが分かりますね」と語った。

 また、セリ会場で生真面目に振舞っているエージェント(馬購買仲介者)や調教師が、電話の最中に少し大げさに腕を振って偶然にも鑑定人に入札のサインと受け取られたレンツさんほどすごい馬を購買することはないと思うと面白くて仕方がない。そういうエージェントや調教師は柱の陰に隠れ、口元を手で隠し、ほんのわずかにカタログを持ち上げて入札の合図を送ったりしているものなのだ。

By Martin Stevens

(1ユーロ=約145円)

[Racing Post 2022年11月23日「Remarkable tale of the owner who bought a Group 1 winner for €38,000 by accident」]


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