無敗牝馬メイプルリーフメルの予後不良によりテストSは悲劇に一変(アメリカ)[その他]
8月5日(土)テストS(G1 サラトガ競馬場)
テストS(ダート約1400m)の残り⅛マイル(約200m)の地点で、力強いストライドで走っていたメイプルリーフメルのリードが広がっていくにつれ、観衆のどよめきは大きくなっていった。
メイプルリーフメル(牝3歳)を管理するメラニー・ギディングス調教師(39歳)は、この厩舎のスターがゴールに近づくにつれ大声をあげた。つい昨年11月に自らの厩舎を開業したばかりのギディングス調教師は、とても大事に思っている馬で初のG1勝利を成し遂げようとしていた(訳注:メイプルリーフメルの馬名はギディングス調教師がもともとカナダ出身であることにちなんだものである)。
そして、悲劇が起こった。
勝利まであと10ヤード(約9m)というところで、おぞましいことが起こったのだ。3馬身のリードを絶対的なものとしG1勝利の栄光に突き進んでいたメイプルリーフメルがゴール板の影を踏んだときにつまずき、ジョエル・ロザリオ騎手をダートに振り落とし、自らも転倒したのだ。ギディングス調教師の歓喜の叫びは苦痛に豹変し、この勇敢な芦毛馬が立ち上がろうとするたびに泣き叫んだ。馬は重傷を負っていた。
メイプルリーフメルは右前肢に致命傷を負っており、コース上で安楽死措置が取られることになった。この牝馬の馬主である殿堂入りフットボールコーチ、ビル・パーセルズ氏がコースにやって来たとき、ギディングス調教師は悲しみに打ちひしがれていた。
メイプルリーフメルに安楽死措置が取られる中、2人は抱き合っていた。ホイットニーS開催日における史上最多の4万3,788人もの観衆が集まる中、その措置は幾重にも重なったスクリーンの向こうで行われていた。最高潮に達していた歓声は一転して、陰鬱な静寂となり場内を包んでいた。
このレースにおいてマニーズゴールドで3着を達成していた殿堂入りトレーナーのトッド・プレッチャー調教師は、コースを去る際にパーセルズ氏の肩に軽く触れた。パーセルズ氏は一緒にいたギディングス調教師をかばいながら、ウィナーズサークルを後にした。どちらも口を開くことはなかった。
人々は泣き、抱き合い、呆然と立ち尽くした。話すことができず、その気力も起こらなかった。
ロサリオ騎手は補助されながら救急車まで歩き、その日の残りの騎乗は乗り替わりとなった。NYRA(ニューヨーク競馬協会)によると、彼はオールバニーメディカルセンターに運ばれ診察をうけ顔の傷を縫ってもらったという。
メイプルリーフメルはスタートから先頭に立って主導権を握り、無敗の6勝目を楽々と達成しようとしていた。その前の5戦もすべて同じようなスタイルで決定的な勝利を収めていた。
ニューヨーク州産のメイプルリーフメル(父クロストラフィック 母シティギフト 母父シティプレイス)はチャタム(サラトガから50マイル)にあるウォルドーフファームにおいて、ジョー・ファフォン(Joe Fafone)氏により生産された。ファフォン氏はテストSで走る彼女を見るために来場していたが、事故直後に立ち去っていた。
電話で取材を受けたファフォン氏はこう語った。「ビル(パーセルズ氏)がこの牝馬を購買して以来、ずっと彼女のキャリアを見守ってきました。このようなことが起こってしまい、心が痛んでいます。起こった場所や状況についてもつらいものがあります。心の中では、このレースを制したのは彼女だと思っていますし、ニューヨークの最高級の牝馬の1頭として語り継がれていくことでしょう」。
メイプルリーフメルは最初ジェレマイア・エングルハート厩舎にいたが、ギディングス調教師が自らの厩舎を開業したとき、当然のようについていった。ギディングス調教師はエングルハート厩舎に来たときからこの牝馬を世話してきて、彼女らは運命をともにしてきた。
ガンを克服した経験のあるギディングス調教師は、開業してからすぐに3勝を挙げた。
悲嘆に包まれる中で忘れられていたことだが、テストSの勝利はゴドルフィンのプリティミスチヴァスにもたらされた。この馬は今年のケンタッキーオークス(G1)を制しており、単勝2.8倍の1番人気でこのレースに臨んでいた。メイプルリーフメルが転倒したときにちょうどその後ろを走っていたのだ。彼女は勝利を手にし、その頭差の2着に単勝18倍のクレアリーヒンジド(マイケル・マッカーシー厩舎)が入った。
優勝馬と2着馬の関係者たちは祝福する気になれなかった。ゴドルフィンのチームが断ったため、ウィナーズサークルでの写真は撮影されなかった。
ゴドルフィンUSAのサラブレッド担当理事であるマイケル・バナハン氏は、「ものすごく実質のない勝利です。このレースでプリティミスチヴァスが2番目の馬だったのは明らかです。ただただ恐ろしい事故でした」と述べた。
プリティミスチヴァスを管理するブレンダン・ウォルシュ調教師も同じように呆然としていた。
「残酷な出来事ですね。メラニーとそのチーム全員が気の毒です。大変な苦痛を覚えているに違いありません。今はどう考えていいのか分かりません」。
プリティミスチヴァスの鞍上を務めたタイラー・ガファリオン騎手は、「メルの関係者のことをとても気の毒に思っています。それが頭にあるのでこの勝利を喜ぶことはできませんね」。
クレアリーヒンジドを管理するマッカーシー調教師も落ち込んでいた。彼はレース後、クラブハウス周辺を歩いていた。
「見るに堪えない光景でしたね。口にするのも憚られます。言葉がありません。ただ彼らのことを気の毒に思っています」。
プリティミスチヴァスの払戻金は2ドル(約280円)につき5.70ドル(約798円)。エクイベース社によると、調査が行われるため走破タイムは記録されなかった。
By Tim Wilkin
NYRA、テストSでのメイプルリーフの予後不良事故を調査
NYRA(ニューヨーク競馬協会)は8月5日、次のような声明を発表した。
NYRAは悲しみをもって、メイプルリーフメルがテストS(G1 サラトガ)のゴール手前で右前肢に致命傷を負ったことを報告する。現場の獣医師は早急に対応したが、怪我の深刻さからメイプルリーフメルには人道的に安楽死措置が取られた。
メイプルリーフメルはメラニー・ギディングス調教師に管理され、鞍上はジョエル・ロザリオ騎手が務めた。ロザリオ騎手はこの事故により落馬し、オールバニーメディカルセンターに運ばれ診察を受け、顔の傷に縫合処置が取られた。
メイプルリーフメルの馬主はオーガストドーンファーム、生産者はジョー・ファフォン氏。この馬は5戦5勝の無敗であり、ステークス競走での快挙には昨年8月のシーキングジアンチ(サラトガ)、今年3月のイーストビュー(アケダクト)、5月のミスプリークネス(G3 ピムリコ)、そして7月8日のビクトリーライド(G3 ベルモント)での勝利が含まれる。以前はジェレマイア・エングルハート調教師により管理されていたこの馬は、ギディングス厩舎に転厩してからの2戦目としてテストSに出走していた。
サラトガ競馬場のレースに出走登録したすべての馬は、競走前獣医検査を受けることを義務付けられており、それを経て出走を許可される。馬体の検査や観察に加え、規制担当獣医師は各馬の診療記録・過去の競走成績・追い切りを詳細に検討する。メイプルリーフメルはこれらのしっかり確立されたプロトコルに従い、要求された競走前獣医検査を通過していた。
この怪我を調査する過程においてコーネル大学で剖検が実施される。その結果はHISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)の関係者たち、ニューヨーク州の馬医療担当理事、NYRA幹部によって分析される。
NYRAのコミュニケーション担当副社長であるパット・マッケナ氏はこう語った。「NYRAの競馬場で競う競走馬と騎手の健康と安全は私たちの最優先事項であり、何よりも先に考慮すべき事柄です。NYRA・HISA・ニューヨーク州ゲーミング委員会(NYGSC)は、サラトガ競馬場における競走と調教に最も安全な環境を提供するために、今回の事故が起こった状況を綿密に調査します」。
By New York Racing Association
(1ドル=約140円)
[bloodhorse.com 2023年8月5日「Tragic Test: Pretty Mischievous Wins Marred Race」、「NYRA Issues Statement on Maple Leaf Mel Fatality」]