アンクルモー、左前脚の負傷により安楽死措置(アメリカ)[生産]
クールモア・アメリカと馬主のマイク・リポール氏は、左前脚の負傷が原因で12月19日(木)に安楽死措置となったG1勝馬でトップクラスの種牡馬であるアンクルモー(16歳)に追悼の意を表した。
マイケル・キャヴィ氏によって生産され、リポールステーブルが2009年のキーンランド9月1歳セールにおいて22万ドル(約3,520万円)で購入したアンクルモー(父インディアンチャーリー)は、トッド・プレッチャー調教師のもとで2歳時は無敗を誇った。シャンペインS(G1)とBCジュヴェナイル(G1)で4馬身以上の差をつける圧勝を収め、2歳シーズンを終えた。
同馬は翌年、ケルソH(G2)を制し、キングズビショップS(G1)で2着、ウッドメモリアルS(G1)では3着となった。
引退後はクールモアのアシュフォードスタッドで繋養され、2012年の初年度の種付け料は35,000ドル(約560万円)だったが、2017年には15万ドル(約2,400万円)、そして2021年にはキャリア最高の17万5,000ドル(約2,800万円)にまで達した。
産駒には56頭の重賞勝馬がおり、そのうち15頭がG1競走を制している。その中には、2021年BCターフスプリント(G1)勝馬で同じようにアシュフォードスタッドに繋養されているゴールデンパル、2016年ケンタッキーダービー(G1)勝馬のナイキスト、2022年ベルモントS(G1)勝馬モードニゴールがいる。そして今年スティーブンフォスターS(G1)を制したキングスバーンズと、クレメントLハーシュS(G1)およびアップルブラッサムH(G1)を制したアデアマナーがいる。
アンクルモーはまた、ブルードメアサイアーとしても以下の馬を輩出している。今年のケンタッキーオークス(G1)とBCディスタフ(G1)の勝馬であるソーピードアンナ、今年のアーカンソーダービー(G1)勝馬で2023年アメリカンファラオS(G1)勝馬のムース、そして不運にも怪我から回復できず安楽死となった2023年ハスケルS(G1)勝馬のゴーロケットライド、今年のフランクリンシンプソンS(G1)勝馬のハワードウォロウィッツなどである。
リポールステーブルはXで「アンクルモーが左前脚を負傷し、本日早朝に安楽死となったことをお伝えするのは、大変ショックなことで大きな悲しみです。アンクルモーは昨日手術を受けましたが、残念なことに、今朝はもう治療に耐えられる状態にはありませんでした」
「リポールステーブルの関係者、トッド・プレッチャー調教師の関係者、そしてクールモアの関係者全員が悲嘆に暮れています。アンクルモーは私にとってチャンピオンホースや象徴的な種牡馬以上の存在でした。彼は私の家族の一員であり、これからもずっとそうあり続けるでしょう。アンクルモーはポールステーブルの一家の柱です」
「アンクルモーほど私に感動を与え、私の人生に影響を与えてくれる馬はこれからも他には現れないでしょう。トッド・プレッチャー調教師と彼の厩舎、ジョン・ヴェラスケス騎手、クールモアの関係者、特にアンクルモーの担当厩務員だったレネ、そしてアンクルモーを愛してくれたすべての人に対して、その愛とサポートに感謝の意を表したいと思います。そして今年の5月にアンクルモーと一緒の時間を過ごすことが出来たことに感謝しています」
「"特別な競走馬を所有する "という私の子供の頃の夢を叶えてくれたアンクルモーにありがとうと伝えたいです。愛しているよ、アンクルモー。安らかに眠ってください。」
クールモア・アメリカのダーモット・ライアン氏はこう付け加えた。「私たちはまだショックを受けています。アンクルモーはここにいるすべての人、特に担当厩務員であったレネに惜しまれることでしょう。競馬場でもセリ場でも、彼は類まれな種牡馬でした」
「アンクルモーを最初に種牡馬として繋養する機会を与えてくれた素晴らしいパートナーのマイク・リポール氏、彼を完璧に調教してくれたトッド・プレッチャー調教師、アンクルモーに信頼を寄せてくれたクールモアのパートナーたち、そして長年にわたって揺るぎないサポートをしてくれた忠実な顧客たちに感謝したいです」
「また、アンクルモーを助けようと尽力してくださったハグヤード馬診療所のバリー・デイヴィッド獣医師、ボブ・ハント獣医師、そしてコール・サンドウ獣医師、そしてアンクルモーがアシュフォードにいる間、彼のために素晴らしいケアをしてくれたアシュフォードのチーム全員に感謝をしています」。
By Kitty Trice
(1米ドル=約160円)
[Racing Post 2024年12月19日「'He was so much more to me than a champion' - death of brilliant racehorse and sire Uncle Mo at 16」]