馬の外来疾病侵入の可能性・後半(アメリカ)【獣医・診療】
神経型ヘルペスウイルス
疾病が発生した場合、その起源が外来性でなくても、新たな脅威とみるべき場合がある。USDAは、疾病が次の3つの基準のうち少なくとも1つに該当する場合は、新たな発生と見なす。
- 疾病が初めて特定された場合
- 既存の病原体が進化して、その行動パターン、宿主あるいは毒性を変えた場合
- 既存の疾病が新たな地理的領域に発生した場合
USDAの疫学・家畜衛生センター(Centers for Epidemiology and Animal Health)は、北アメリカのさまざまな馬飼育場における神経型馬ヘルペスウイルス(equine herpes virus: EHV‐1)の大発生に対応して、EHV‐1に関する報告書を1月に発表した。
この報告書は、「現在発生しているEHV‐1は進化し、かつ毒性と行動に変化がある病原体の基準に合致している可能性があるため、懸念されている」と述べている。
馬研究センターの微生物学者ジョージ・アレン(George Allen)博士は、EHV‐1に関しておそらく世界一流の権威である。同博士とその同僚は、著名な3つの研究者チームの1つを構成しており、アレン博士のチームは致命的となり得る神経型EHV‐1から馬を守るワクチンの開発に鋭意努力している。その他のチームリーダーは、コーネル大学(Cornell University)のウイルス学の準教授クラウス・オステリーダー(Klaus Osterreider)獣医学博士およびイギリスのニューマーケットにあるアニマル・ヘルス・トラスト(Animal Health Trust)の馬伝染病チームのリーダーをしているニコラス・デーヴィス=ポインター(Nicholas Davis-Poynter)博士である。
アレン博士は、ウイルスが突然変異し毒性のある神経型EHV‐1に変異したことを確認した。
同博士は、「この突然変異体は、複製されると、より攻撃性のあるウイルス株を生み出します。したがって、これらの株は馬の中で増殖し、より大きな被害を与えます。この突然変異体はまた、馬の神経系により多くより激しい病変をもたらします」と述べている。
アレン博士は、このきわめて伝染性の強いウイルスは、馬が出走前に発馬機でほかの馬と待機している一瞬の間でも容易に伝染することあると語る。これは馬が神経型EHV‐1にかかっていることに気づかないうちに、吐き出された微粒子によって神経型EHV‐1が伝染することがあるためである。このウイルスはまた、日々の騎乗で異なる馬に乗る騎手のほか、装蹄師および毎日多数の馬の世話をする厩務員によって伝播されることがある。
同博士は、致命的な神経型菌株に効くワクチンを開発するための努力にもかかわらず、残念なことにこのようなワクチンが近い将来利用できるとは考えていない。同博士は、現在のところEHV‐1の感染を防ぐ唯一の方法は、馬を自分の牧場で飼育して、ほかの馬と一緒にしないことであると述べている。
同博士は、「しかし、馬産業の根幹をなす競走、競馬開催や馬術競技は、異なる馬が混在します。実際のところ、この点においてなしうることは多くありません」と述べている。
国境監視
ティモニー博士は、自分が大げさだと思われたくないが、ベネズエラ馬脊髄脳炎、鼻疽、日本脳炎および媾疫のような疾病は、国境を突破しており、これらの疾病がアメリカで発生する可能性があると述べている。
同博士は、「これらの疾病は、昨日はほかの国で起きましたが、明日は自分の国で起きるかもしれません。私たちは綱渡りをしていると考えます。馬の移動制限や取引制限は、私たちにはできません。しかし、どの地点でこれらの疾病が国境を越え、国内の馬が感染の危険にさらされるか、それが問題です」と述べている。
疾病の新たな発生を認識するという点に関して、ブラウン博士は、国際空港や国際海港の近くにある農場や診療所がとりわけ疾病の影響を受けやすいと、馬主や調教師に対して警告している。同博士は、馬主や調教師が世話をしている馬が病気になった場合、特に症状を観察するよう助言している。また疾病は馬主や調教師が想像している普通の病気でなく、むしろ外来疾病である可能性に注意するよう強く求めている。
この点に関して、同博士にはお気に入りの言葉がある。それは、「有蓋橋の上でひづめの音を聞いたら、馬であると決めつけずに、シマウマかもしれないと考えなさい」ということである。
侵入の可能性がある疾病 科学者と獣医師は、北アメリカの馬に侵入が懸念される複数の疾病を指摘している。 |
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疾病 | 流行地域 | 伝染媒体 | ワクチン |
アフリカ馬疫 | アフリカ | ユスリカ | 有 |
伝染性馬子宮炎 |
イギリス、ヨーロッパ、日本、 オーストラリア |
交配 | 無 |
媾疫 | アジア、アフリカ、南東ヨーロッパ | 交配 | 無 |
馬ヘルペスウイルス (神経型) |
世界各地 | 接触、噴霧 | 無 |
鼻疽 | 東半球、メキシコ、南アメリカ | 接触、噴霧 | 無 |
ベネズエラ馬脊髄脳炎 | 南アメリカ | 蚊 | 有 |
鳥インフルエンザは馬インフルエンザに突然変異する可能性があるか? 鳥インフルエンザの最初の発生が南東アジアで確認された2003年以降、鳥インフルエンザの世界的流行という大異変の予言が新聞の見出しを派手に飾ってきた。2005年12月に少数の鳥インフルエンザが主にアジア諸国で発生したが、この鳥インフルエンザは渡り鳥によってはるか西のウクライナまで運ばれた。 インフルエンザウイルスは、株全体にわたって突然変異を起こすことで有名である。2004年に馬インフルエンザが突然変異した犬インフルエンザ菌株は、次の2年間に12州のドッグレース場において34件発生した。 鳥インフルエンザは、馬を襲う株に突然変異する可能性があるだろうか? トーマス・チャンバーズ(Thomas Chambers)博士は、「簡単にいうと答えは“イエス”です」と述べている。同博士は、世界中の馬インフルエンザの状況を検討し、馬インフルエンザ・ワクチンを新しくするようワクチン製造会社に勧告するために毎年1回会議を開く国際専門家監視パネルのメンバーである。ケンタッキー大学(University of Kentucky)のマクスウェル・H・グルック馬研究センター(Maxwell H. Gluck Equine Research Center)にある同博士の実験室は、西半球で馬インフルエンザのための唯一の国際的・試験的な実験室である。 チャンバーズ博士は、「馬1型インフルエンザ株菌と馬2型インフルエンザ菌株は、最初は鳥インフルエンザとして発生し、それが突然変異を起こして馬に感染したと思われます。私たちは、突然変異がいつ起きたかは分かりませんが、再び起きる可能性があります」と述べている。 開業獣医師、研究者、診断実験室および製薬会社から構成される世界的なインフルエンザ監視ネットワークは、馬主と獣医師に馬インフルエンザの発症事例の通知を頼っている。鳥インフルエンザが馬インフルエンザに突然変異した場合、その流れを食い止められるのは、このような草の根の報告である。 チャンバーズ博士は、次のように述べている。「鳥インフルエンザの分離体が馬から発生した場合、その点に関する取り組みが行われるものと思われます」と述べ、鳥インフルエンザが鳥やヒトにすでに感染している国において、おそらく馬は鳥インフルエンザウイルスの突然変異体に感染する可能性があると付け加えている。 同氏はまた、「鳥インフルエンザがアメリカの馬に発生した場合、それは大きな脅威となるでしょう。鳥インフルエンザは、おそらく最初に鳥に発生し、次にヒトに患者がでる可能性があります」と述べている。 |
By Denise Steffanus
〔Thoroughbred Times 2007年9月15日「Disease Watch」〕