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海外競馬情報
2008年10月17日  - No.20 - 3

ファーブル調教師、モハメド殿下と提携し事業再編(後編)(フランス)【その他】


 アンドレ・ファーブル(Andre Fabre)調教師は8月中旬、ジュール・ド・ギャロのサイト(www.jourdegalop.com)に自身の調教事業の再編についてその妥当性を投稿した。1987年からフランスの最優秀調教師の座を不動のものとしている同調教師は、モハメド殿下(sheikh Mohammed Al Maktoum)に厩舎施設の1つを売却し、2009年の活動のための新たな状況を作り出した。パリ地区を拠点とする調教師、とりわけパスカル・バリー (Pascal Bary)調教師やフレディ・ヘッド(Freddy Head)調教師は、ファーブル調教師が述べた事業再編の理由を是認し、パリ地区の競馬と地方の競馬の間の競争が均衡を欠いていることが問題の核心であることを指摘した。地方の調教師は反対に、“ファーブル調教師の調教事業再編の件”は、同調教師が厩舎施設を売却し調教師生活に有終の美を飾るチャンスを得ただけに過ぎないのに、狼少年のようにありもせぬ危機を言い立てているのだと同調教師を非難した。本紙は、ファーブル調教師の記述に対する論評を試みた。

モハメド殿下を優先

ファーブル調教師の発言−「私は現在20人以上の馬主の馬を預かっておりますが、多くの理由から今までのような調教事業を続けて行くことはできません。管理馬を減らす決断は、シャンティイにおける調教事業の経済的・社会的状況が悪化していることを考慮した上での必然的な結論です。そのような訳で、長い付き合いのある5〜6人の馬主とだけ預託契約を継続し各馬主からの受託頭数も制限し、受託頭数を100頭以下に絞り込みます。この度、モハメド殿下から、私が所有する厩舎施設のうち、100馬房を有する最大のロスチャイルド厩舎施設を買収したいとの申込みがありました。この買収とこれに伴う事業再編によって私の事業は大きな進展を見せるでしょう。モハメド殿下は私の最大の馬主となり、今年末から30頭あまりの2歳馬の調教を任され、約70頭の有望な1歳馬を迎える予定です。私は殿下が前面に出すことを望んでいるドバイの旗手ゴドルフィン社(Godolphin)のためではなく、殿下自身のために調教します。時期がきて私の厩舎からゴドルフィン社専属のサイード・ビン・スルール(Saeed Bin Suroor)調教師の厩舎に移される優良馬も出るということは、モハメド殿下の活動をゴドルフィンというショーウィンドーで見せることを意味します。殿下の目標はゴドルフィン社を通してドバイ首長国の名を高めることにあり、私はそのために100%ベストを尽くします。これは殿下と私との紳士協定です」。

本紙の見解―これまでファーブル調教師は自らの方針を曲げることはなく、馬主たちはそれを容認してきた。同調教師は顧客に対して全く“主人か指導者”のように振舞ってきた。同調教師は今回の新たな状況において、特定の馬主を優遇し、優良馬が常に自身の手を離れゴドルフィン社の支配下に行く可能性を認めるという戦略変更について明瞭な説明をしなかった。

道を誤った平地競走

ファーブル調教師の発言−「私にとって転機となるこの決定を下したのは、主に調教事業と競走番組、競馬そのものが変わり果ててしまったからです。私たちが拠点とするシャンティイでの調教事業は、フランスギャロ(France Galop)の方針が一貫性を欠き、また地方の競馬の調教事業との競争が不公平なために、悪化しつつあります。私としては、この状況に甘んじて調教の質を落とすつもりはありません。その覚悟の現われが今回の事業再編です。フランスの競馬制度は素晴らしいものだし、これまでの改革もおおむね良好な成果を上げています。ジャン=リュック・ラガルデール(Jean-Luc Lagardere)氏が行った地方分散化は優れた施策でしたが、残念ながら実行に行きすぎがありました。フランス場外馬券発売公社(Pari Mutuel Urbain: PMU)が地方のレースを発売したことと、パリ地区レースの売上げの中から地方のレースの賞金を支援することによる行きすぎた資金流動の変化を読めていなかったのです。全国的な競走番組の調整によってパリ地区の重賞・特別競走が著しく不利になり、また凡庸馬に高すぎる賞金を与えるのに比べ、優良馬には低すぎる賞金しか与えないことで競走番組が非常にメリハリのないものになってしまったように思えます」。

[訳注:地方分散化とは、PMUが地方のレースの一部も発売の対象にする構想で、フランスギャロの会長ラガルデール氏が1995年から唱導した。(海外競馬情報2007年No.22参照)]

本紙の見解−競走番組の変更は昨日今日の話しではなく、90年代終わりに行われている。ファーブル調教師は、なぜもっと早く指導者の誤りを正そうとせず、沈黙してきたのだろうか?しかも、同調教師の顧客でもある競馬界の主要な指導者、すなわちフランスギャロ(France Galop)の元会長ジャン=リュック・ラガルデール氏や現会長エドゥアール・ド・ロスチャイルド(Edouard de Rothchild)氏だけでなく、当時フランス競馬全国連合会(Federation nationale des courses françaises:業務の一部として、パリ地区と地方の競馬協会の関係調整を行う組織)の会長だったオリヴィエ・ルセール(Olivier Lecerf)氏には、熱心に意見を聞き入れてもらっていたのだからなおさらである。

有能な人材を雇い能力給を支払って上質の調教を実行しようとするファーブル調教師は、預託料の値上げ[1日あたり税抜きで1997年:62ユーロ(約9920円)、2007年:97.8ユーロ(約1万5648円)]にもかかわらず、馬主達からずっと変わらぬ愛顧を受けてきた。馬を毎日1時間〜1時間半運動させるための労働力を確保することは、確かに費用が掛かる。週35時間労働を定めた法律が緩和されたので、労働者とりわけ厩舎関係者たちの労働時間は 弾力的に定めることが可能となるだろう。

“20年間の賞金増加”(下表)は、PMUが急成長を始めた1990年の終わりから、どのカテゴリーの競走も賞金が増額されたことを示している。

競馬の失われた精神

ファーブル調教師の発言−「私たちはシャンティイを拠点とする厩舎の衰退を実感しており、同業者の大半も自分たちが不安定な状況にいることを感じています。私たちはひどく困難な状況にあるとはいえませんが、大多数の調教師は年度末の決算に苦しめられているのは確かで、PMUが数年前から業績が良好なのに不公平なことです。フランス競馬の競走と賞金体系は、私たちの調教活動の質の高さに見合っていません。観客を軽視してはなりません。凡庸な競走の積み重ねが競馬の基礎さえも変質させるのです。特に、オリンピックが開催されているこの時期、観客は優れた勝者を好み、卓越性を強く意識しています。競馬の観客も魅力を発揮する競走に夢中になり、低レベルの面白味に欠ける型に嵌まった競走には辟易とするでしょう。

私は指導者たちにこの確かな事実をはっきり認識して頂きたいと思います。そして、パリ地区の競馬の調教経費が地方のそれより高額であることにより、武装解除されたような不利な状態にあるシャンティイ調教場とメゾンラフィット調教場に対して、不利益是正措置が講じられることを望んでいます。また、エドゥアール・ド・ロスチャイルド会長が、志を失った競馬ではなく競走の本質に立ち戻り、競走番組の抜本的な改革を実行されることを期待しています。これらすべての理由から、私は自身の望む調教を続けるために事業を再編し、モハメド殿下をよりどころとする決心をしました。なぜなら、繰り返しになりますが、私の事業再編の根本には、状況に妥協することなくあくまで自分の流儀に従った調教を続けようという基本姿勢があるからです。私は海外の国際競走に挑みたいと思っていますので、馬の能力を存分に見せるために競争力のある状態にいなければなりません」。

20年間の賞金増加
競走 1987年 1997年 2007年
凱旋門賞 61万ユーロ
(約9760万円)
61万ユーロ
(約9760万円)
200万ユーロ
(3億2000万円)
G2競走 3万〜4万5000ユーロ
(約480万〜720万円)
4万5000〜6万ユーロ
(約720万〜960万円)
13万ユーロ
(約2080万円)
G3競走 2万6000ユーロ
(約416万円)
3万4000ユーロ
(約544万円)
8万ユーロ
(約1280万円)
ハンデキャップ
(3連単対象)
1万4000〜2万ユーロ
(約224万〜320万円)
2万1000〜2万6000ユーロ
(約336万〜416万円)
5万〜5万8000ユーロ
(約800万〜928万円)
クレーミング競走 7000ユーロ
(約112万円)
1万ユーロ
(約160万円)
1万7000ユーロ
(約272万円)
合計額 3200万ユーロ
(約51億2000万円)
3650万ユーロ
(約58億4000万円)
9900万ユーロ
(約158億4000万円)

 

本紙の見解−勝馬投票行動を分析してみれば、競馬ファンはコースの長さ、競走数、出走頭数が同じサロン・ド・プロヴァンス競馬場での開催(地方の競馬)とシャンティイ競馬場での開催(パリ地区の競馬)に同じように熱を上げている。

クラシック競走や重賞・特別競走にはいずれも、しばしば出走頭数が少ないという欠点があり、これは売上に不利な影響を与えている。また、出走回数が少ないためその競走能力を見極めにくい馬が出走するレースでは競馬ファンは慎重な態度を見せる。馬に関する情報が全くない時はなおさらである。

一方、競馬賞金を分析してみれば、3連単対象競走やクレーミング競走に出走する馬よりもリステッド競走に出走する馬やレーティング40kg(88lb)を付けられる馬の方がかなり高い賞金を獲得できるように、すなわち、強い馬ほど多く稼げるといった理念で競走番組は入念に編成されている。しかし、現行の制度は良質馬と凡庸馬に対する賞金の格差が十分にとられているとはいえず、この様な賞金体系の下で、レーティング40やそれ以上の馬は頻繁に売りに出されたり輸出されたりしている。確かに、これらの馬の商品価値は必ずしも賞金獲得の見込と連動するものではないが、現実にこのクラスの馬がしばしば売られていることは競馬番組と賞金体系の真の改革を促すものとなる。その改革によってこのクラスの良質馬を多く管理しているパリ地区の調教師たちはおそらくこれまで以上の賞金を稼ぐことができるだろう。

ジャン=クロード・ルジェ調教師「地方は順応することを知っています」

 フランスのリーディングトレーナーリスト(平地勝鞍数)のトップにいる55歳のジャン=クロード・ルジェ(Jean-Claude Rouget)調教師は、30年前からポー市の北にあるセール調教地区で調教事業を営み、地方の競馬ばかりでなく、パリ地区の競馬へ出走馬を送り出している。同調教師によれば、地方の競馬の勢力は、PMUの制度変更に順応し、地方分散化により生じたすべての課題に対応してきたという。

ジャン=クロード・ルジェ調教師の発言−「若い頃、私はシャンティイのフレディ・パルメール(Freddy Palmer)調教師のもとで働き、南西部で開業しようと決心するまでには、シャンティイに落ち着くことも選択肢に入っていましたが、同地をもはや余り高く評価していませんでした。私たちの従業員の方がずっと厩舎の日々の業務に熱中しています。今や、シャンティイ以外の地方で調教活動をすることは多くの出費と犠牲が要求されることを知って欲しいと思います。私は絶えず移動し、1人で年間4万ユーロ(約640万円)を航空券代に使っており、それは馬主負担ではありません。また、移動による疲労と交通事故に巻き込まれるというリスクもあります。リテラート(Literato)がシャンティイ経由でニューマーケットに遠征したとき、私の従業員2名は6日間もポーを留守にしなければなりませんでした。馬の管理に関して種々の問題を抱えているのはシャンティイの調教師だけではありません」。

 「ジャン=リュック・ラガルデール氏は地方分散化を推し進めるために奮闘し、その一環として駆歩競走(平地・障害)の賞金を速歩競走のそれと肩を並べる様にするために[訳注:それまで関係団体が乱立し抗争していた]、PMUの権限にまで入り込んで、フランスギャロへの助成金を手に入れました。今は誰もそれを再び言及しませんが、駆歩競走の賞金レベルは一貫して上昇し常にインフレ率を上回っています。それなのに、なぜ今になって地方分散化を取沙汰するのでしょうか?」

 「私は、地方の競馬のレベルが引き上げられたのは、劣等感をバネとし、情勢変化に順応することに長けていたからだと思います。さらに言えば、15年前であったなら、ミラネ(Milanais)の関係者達はイギリスやフランスの最高の2歳馬たちに挑むため、モルニー賞に出走させようとしたでしょうか?おそらくしなかったでしょう。競争の激しい競馬の世界では、勝ち残りを決めるのは能力と野望であり、預託料の差など大した問題ではありません。

By Jacques Darmony
(1ユーロ=約160円)

[Paris Turf 2008年8月31日「Le malaise parisien selon Fabre」]


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