人工馬場が導入された2008年ブリーダーズカップの総括(アメリカ)【開催・運営】
世界はやや狭くなった。人工馬場がさらに普及し、チャンピオンシップ競走や多くの牧場などでも使用されていることから、世界中の競走馬の出走計画が大きく変るかもしれない。
これは10月24、25日にサンタアニタ競馬場で開催されたブリーダーズカップ(Breeders’ Cup World Championships:BC)での14レースを目の当たりにして導き出した結論である。初めて人工素材プロライド馬場で施行されたBCにおいて、欧州馬は華やかな週末を楽しんだ。中でもレイヴンズパス(Raven’s Pass)は、賞金458万ドル(約5億380万円)のBCクラシック(G1)を前回の優勝馬で2007年の年度代表馬に君臨するカーリン(Curlin)に2馬身3/4の差をつけて優勝した。
欧州勢の優勢は、アイルランド馬ヘンリーザナヴィゲーター(Henrythenavigator)が2着に入着したことにより強調される。しかも、1着馬と2着馬がいずれも3歳馬であったという結果は、カーリンのようなトップ4歳馬がトップ3歳馬を打ち負かすのは当然であるという世間一般の通念を見事に覆した。他の米国馬、カーネルジョン(Colonel John)とスムースエア(Smooth Air)はそれぞれ6着と7着に入り、3歳の日本馬カジノドライブ(Casino Drive)は最下位の12着であったので、欧州にとって記念すべき日になった。
しかも、BCの14レースのうち、欧州馬が5レースを制し、さらに5レースで2着に入着した。また、欧州馬は今回初めて施行されたBCマラソンに優勝した。このような結果を可能にしたのは、馬場を人工馬場に切り替えたことによる。
ロビー・アルバラード(Robby Albarado)騎手は、BCクラシックでカーリンに騎乗し4着となった後、「レイヴンズパスとヘンリーザナヴィゲーターは、偉大な芝馬です。人工馬場は芝馬場のような役割を果たしているように思われます」と述べた。
BCの優勝馬14頭のうち、どの馬も前走がダート馬場ではなかったという事実が、芝馬は人工馬場でもうまく競走することができることを証明している。
BCは2009年もまたサンタアニタ競馬場で開催される。今年の結果に勇気付けられた欧州勢が人工馬場で施行される競走に今年以上に多くの出走馬を送り込むものと予想される。
人工馬場を敷設した競馬場が増えているので、ダート馬場に適した優良馬を送り出している種牡馬は危機に晒されるかもしれない。
25周年を迎えたBCの総括は以下のとおりである。
- 14競走中すべてで故障が無かったことに競馬界全体が安堵した。2008年のケンタッキーダービー(G1)でのエイトベルズ(Eight Belles)、2007年のBCでのジョージワシントン(George Washington)、2006年のプリークネスS(G1)でのバーバロ(Barbaro)のように世間の注目を集めた故障の後でもあり、もし2008年BCで故障が発生していたら広報面で最悪のことになっていただろう。開催2日間中故障ゼロという成績がプロライド馬場によってもたらされたとは断言できないが、これはプロライド馬場にとって励みとなる。人工馬場がダート馬場よりどれだけ安全であるか、これを判定するにはより多くのレースのデータが必要である。ジョッキークラブは現在、馬安全データベースを使って競馬場の安全性を評価する調査事業に着手している。
- 2008年の2日間の開催は来場人数と売上げで昨年のBCを上回った。しかし、これが牝馬レースを牡馬レースから分割したこと、あるいは昨年から BC競走数を3レース拡大したことに起因するとは言いがたい。たしかにサンタアニタ競馬場でのBCの売上げは1億5500万ドル(約170億5000万円)で、BC開催を2日間に拡大した初年であったモンマスパーク競馬場での売上げの1億4700万ドル(約161億7000万円)を上回った。しかし、昨 年のBCは、南カリフォルニアのサンタアニタ競馬場よりもずっと小さいニュージャージー州のモンマスパークで、しかも雨でずぶぬれの2日間行われたという事情を考慮しなければならない。
- BCディスタフ(2008年からBCレディースクラシックと改称)を従来の土曜日から金曜日に移したことは、同レースに出走した無敗牝馬ゼニヤッ タ(Zenyatta)の集客力を損なった。同馬のBCレディースクラシックでの優勝を見た観客数は3万1,257人であったのに対して、BCクラシックを観戦した観客数は5万1,331人であった。BCクラシックにおけるカーリンの敗北で、ゼニヤッタが年度代表馬に選ばれるチャンスが出て来た。BCレディースクラシックを牝馬レースのみの金曜日に追いやることは、このレースと金曜日のレースの価値を低くした。このことは、牝馬が牡馬と同じレベルでないとか劣っているとほのめかしている。それは間違いであり、BCレディースクラシックは従来どおりクラシックと同じ土曜日のカードに戻されるべきである。
- 年度代表馬のタイトルは、カーリンの敗北により争われることになり、ゼニヤッタは、多くの支持を得るだろう。そして、BCクラシックは米国において第一のチャンピオンシップイベントであると認められているので、レイヴンズパスもまたいくらかの票を得るだろう。エクリプス賞のルールでは、チャンピオン馬の選出資格として米国における最低出走回数を定めていない。ヨハネスブルグ(Johannesburg)、アラジ(Arazi)、ペブルス(Pebbles)、ミエスク(Miesque)、ウィジャボード(Ouija Board)、ハイシャパラル(High Chaparral)およびシングスピール(Singspiel)などの多くの欧州馬は、米国における1回の出走を基にしてチャンピオン候補馬として投票された。
- 産駒を3世代しか出さずに死亡したチェスターハウス(Chester House)の産駒の2頭が人工馬場の勝馬になったことから、同馬の早世が改めて悔やまれる。それらの産駒は、BCフィリー&メア・スプリント(1400 m)を制したベンチュラ(Ventura)とBCマラソン(2400 m)を制したムハナク(Muhannak)である。
- 最終的にBCマイルにおける優良3歳牝馬ゴルディコヴァ(Goldikova)の爆発的な末脚は、土曜日の番組で一際目を引いた。
- 今年BCマラソン、BCターフスプリント、BCジュヴェナイルフィリーズ・ターフがスケジュールに追加されたことはイベント自体をグレードアップ せず、むしろ番組を希薄にしたようにも思われる。すべての新しいレースがトップクラスのレースとして、またBCの名をもつに値するものとしてファンに理解 されるにはまだ時間が掛かるだろう。
- BCダートマイルは、来年もダート馬場で行われないという点において、BCマイルと名前を変えるべきであり、現在のBCマイルはBCターフマイルに名前を変えるべきである。この名称変更により、両レースは正確に表現されるだろう。
By Mark Simon
(1ドル=約110円)
[Thoroughbred Times 2008年11月1日「A small world, after all」]