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2008年03月21日  - No.6 - 3

騎手の健康問題に関する調査報告(アメリカ)【その他】


休暇の必要性

 ルイビル大学による騎手の健康調査の結果は、多くの北米騎手に休暇を取る必要があることを示唆した。

 調査によれば、騎手が直面している関節炎、腰痛、落馬事故での大けがなどの健康問題は、あまりにも多くのレースで競い合っていることと直接または間接に関係する可能性がある。2006年、ラスベガスで開催された騎手組合年次総会(Jockeys' Guild Annual Assembly)で参加した騎手達の健康調査が併せて実施された。調査対象となった騎手51人に対する調査の結果は、大小様々な健康問題を山ほど抱える 実態を示すものとなった。

 この調査はルイビル大学の教授カールトン・ホーナング(Carlton Hornung, Ph.D.)博士によって実施された。調査は、騎手の90%が1年を通じて騎乗しており、おおよそ毎日3から5レースに騎乗していることを明らかにした。競走の他に、騎手の83%は朝の調教でも騎乗していた。

 ホーナング博士は、腰の痛みと闘っている騎手の77%、および関節炎のために日常活動が制限されていると申告した騎手の26%について、筋肉の反復使用が原因となっている可能性が非常に高いことを指摘した。ゴールデンゲートフィールズ競馬場の専属医師で騎手組合の理事(医療担当)であるデーヴィッド・セ フテル(David Seftel M.D.)氏は、同じ筋肉を繰り返し使うことは腰の痛みや関節炎の原因となり、またそれを悪化させると述べている。

 注目すべきことは、多くの落馬事故は、疲労が1つの要因ではないかとホーナング博士は疑っていることである。調査から、騎手の41%がレース直前にめまいを経験したり、意識を失ったことがあり、24%がレース中にめまいを感じたことがあり、そして48%がレース後にめまいを感じたり気絶したことが明らかになった。騎手の75%が一度以上、騎乗できないほど体調が悪かったことがあると申告しているが、その体調不良を理由に騎乗を中止することを裁決委員に許可してもらえたと答えたのは53%しかいなかった。調査によれば、体調不良の騎手を診断するための医師が競馬場に配置されていたケースは30%以下しかなかった。

低体重維持に関する問題

 低体重を維持することは騎手の疲労の要因となっている。調査によれば、40%の騎手は病的に体重不足の状態にあった。(そのうちの5人に1人は、調査時点には体重が最も増えていると申告していたにも拘わらず。)

 健康的な体重管理に関する情報が増えている中で、調査は騎手がまだ極端な手段を使っていることを示している。1ポンド(約454 g)体重が増えたらどうするかと騎手に尋ねると、20%以上が下剤を使用するか、嘔吐を誘発すると答えた。また、騎手の半数以上が恒常的にやせ薬、利尿剤、下剤、その他の低体重を維持するための薬剤を使っていると答えた。

 低体重と関連する健康問題の他に、ホーナング博士は競馬場における落馬が空腹と関連していることを示唆する調査結果を示した。

 ルイビル大学は8人のバランス能力をテストするため、バランスボード(wobble board)を使って調査を実施した。対象者の内訳は、通常の食事を楽しんだ4人と断食した4人であった。断食した4人にバランス能力の著しい低下が認められた。競馬シーズン中は恐らく1日中食事を控える騎手にとってそれが何を意味するか明白であると結んでいる。

 低体重を維持するための騎手の絶え間ない闘いと落馬事故との間に強い相関があるとホーナング博士は考えている。事実、ホーナング博士は"事故"という言葉を使うことを好まない。

 「問題の核心は、それが散発的でないことです。説明不能ではないということです。確かにそれは予測可能です。したがって、実際にその"事故"という単語を変える必要があります」とホーナング博士は言う。

 セフテル氏は、「多くの騎手が慢性的な健康問題を抱えており、低額医療を求めています。騎乗料の水準と、清潔とは言い難いジョッキールームエリアが問題の原因の1つになっています。例えば、80%以上の騎手がサウナを使用していますが、サウナが毎日清潔に保たれていると述べたのは20%以下で、騎手の半数以上がサウナにカビが確認できると指摘しています。感染病が慢性化した騎手がいます。こうした騎手は咽頭感染症、腸管の障害、ぜんそく、腎臓障害を抱えていますし、騎手の皮膚病の罹患率は全国平均よりもはるかに高いのです」と述べた。

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 引退騎手で騎手組合の地域代表のジェフ・ジョンストン氏(Jeff Johnston)は、この調査を契機として、騎手たちが労働条件を改善するために競馬場に求めるようになることを期待している。騎手たちは勝つことだけに集中しがちであり、また、多くの騎手が競馬ファミリーの中で成長するため、体重管理などの問題について、不健康な習慣を変えようとしないのだとジョンストン氏は指摘する。

 「これらの問題の多くはこれまで競馬界から全く注目されませんでした。騎手自身でさえ、健康が危険にさらされていることを自覚していません。彼らは戦績を非常に気にかけます。競馬は極めて競争が激しい業界です。彼らは父親が同じ方法で自分の肉体を酷使するのを見てきましたが、世の中は父親の時代と同じではありません。ですから、もしこの問題について騎手たちの注意を喚起することができれば、彼らは競馬界とともに先頭に立って条件を改善しようとするでしょう」とジョンストン氏は述べた。

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※海外競馬情報2007年9号「安全手綱が導入される」参照

とるべき措置

 騎手組合の事務局長を務めるテリー・メイヨックス氏(Terry Meyocks)は、小さな改善だけでも即座に危険性を下げることができると述べた。同氏は、競馬場は負傷した騎手は必ず外傷センターのある病院へ搬送するよう徹底すべきであり、競馬場の開催委員は外傷センターの代表と落馬後に騎手が見舞われる可能性のある損傷について話し合っておくことを提案した。

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 メイヨックス氏は、基礎救命士ではなく、救急医療士を採用するよう競馬場に要請した。救急医療士は外科処置を行うことが許されているため、気管切開術などの応急処置を現場で実施することで騎手の命を救うこともできるだろうと述べた。

 またセフテル氏は、騎手が頻繁に負傷することが原因となって、がん発生率が国内平均より3〜4倍高くなっていると考えている。同氏は負傷した騎手が頻繁にレントゲン検査を受けることが一要因であるとして、騎手になるべく低線量のX線検査を受けるよう勧告している。

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 人工馬場を導入する競馬場が増えてきたため、セフテル氏はさらなる調査の必要性を強く感じている。最近引退したマーク・ギドリー騎手(Mark Guidry)は、ポリトラック馬場でレースを終えた後、ひどい鼻血に見舞われたことがある。

 「それは馬の脚に優しい馬場ではありますが、人と馬の健康にとってそれほど良いとは思えません」とギドリー騎手は述べている。

 セフテル氏は、人工馬場での騎乗が騎手の呼吸器系に及ぼす影響についての調査が恐らく必要となるだろうとし、浮遊微小粒子は騎手のぜんそくを悪化させる可能性があることを指摘した。また、皮膚感染も引き起こしかねないと付言した。

 ホーナング博士は、調査に参加した騎手は、騎手組合の2006年年次総会に出席するぐらい十分健康であり、入院している騎手、または出席できないほどの怪我を負った騎手は調査に参加することができなかったと述べ、この調査のなかで負傷や健康問題が過少に報告されている可能性が非常に高いと指摘した。

 セフテル氏とホーナング博士は、結果を2007年12月にルイビルで開催された騎手組合年次総会で発表した。また、2007年5月にヴァージニア州クリ スタルシティにある国立労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health)でも調査結果を公表した。

鉛のおもりの排除

 騎手組合年次総会での騎手の健康問題に関する2007年12月の発表で、セフテル氏は、鞍に装着する鉛のおもりの危険性について証拠資料を提出した。同氏は、競馬場が騎手の健康を改善するためにできる簡単な方法として、この鉛のおもりの排除を挙げた。

 セフテル氏とホーナング博士は、一部の競馬場区域の鉛汚染レベルが環境保護庁(Environmental Protection Agency: EPA)の許容限度を超えていることを示す調査結果を紹介した。42競馬場のジョッキールームの体重計と鞍置所の拭き取り試料から高濃度の鉛が検出された。

 体重計付近の平均は1平方フィート当たり3,521㎍であった。バレット(騎手の介添人)用のテーブル表面は平均1平方フィート当たり1,339㎍を記録した。なお、EPAは大気から家庭に侵入する鉛の窓周辺における許容上限は1平方フィート当たり200㎍としている。

 セフテル氏は、子供はまだ成長過程にあるため、特に鉛の影響を受けやすいが、しばしば子供達が競馬場のこれらの区域で遊んでいると指摘した。

 ホーナング博士は、「騎手は信じがたいほど大量の鉛に曝されています」と述べ、バレットと検量委員も同様の危険があると付け加えた。

 鉛のおもりは一般的に競馬場で保管されているが、鞍に装着するためのおもりを個人で保有する騎手もいる。おもりと鞍下(saddle mat)は、競走で与えられた所定の負担重量をみたすために使用される。鉛のおもりはペンキを塗るか、革で包装されることが多いが、セフテル氏は安全な塗装はないと述べている。塗装はしばしば削り取られ、または傷を付けられ、鉛がむき出しになるからである。

 セフテル氏は、「鉛を封印する安全な方法などありません。基本的に、生活の中に鉛のための場所はないのです。すべての競馬場に鉛ゼロ政策を要求すべきです」と述べた。

 セフテル氏は、低レベルの鉛汚染でも疾病を引き起こしうると述べた。腎臓障害は低体重を維持しようとする多くの騎手がすでに直面しているリスクであるが、鉛中毒はその腎臓障害の他に、高血圧症や通風の原因にもなりうると指摘した。

 ゴールデンゲートフィールズ競馬場の所有者であるマグナ・エンターテインメント社(Magna Entertainment Corp.)は、調査報告を見た後、北カリフォルニアの競馬場からすべての鉛のおもりを排除した。セフテル氏によれば、おもりを鉛から別の金属に交換するのと、汚染区域から鉛を洗浄するのに約8,000ドル(約88万円)を要したという。

By Frank Angst
(1ドル=約110円)

[Thoroughbred Times 2008年1月12日「Dangerous fact of life」]


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