海外へ事業拠点を移転する賭事会社(イギリス)【開催・運営】
厳しい時代には、人々は移動するのを常としてきた。アイルランドのジャガイモ飢饉[訳注:1845〜49年ジャガイモの疫病が大発生し、壊滅的被害を与えた]で被災者がアメリカに移民したのは、その1つの例である。
経済不況が深刻化する中、イギリスのブックメーカーが引越し業者を呼ぼうとしているのもその例であろうか。
以前イギリスのブックメーカーは、賭事税(外税)等の支払いのために、馬券売上額に9%を上乗せしていた。10年前、この負担を嫌ったビクター・チャン ドラー社(Victor Chandler)等のブックメーカーが事業拠点をいわゆるタックスヘイブンの海外に移すという地殻変動的な動きが出てきた。
大部分のブックメーカーは、2001年に賭事税が廃止され、15%の粗利益税[訳注:馬券売上額と馬券払戻額の差の15%]が導入されたのに伴い、海外にあった事業拠点をイギリスに戻した。「イギリスは世界の賭事センターになるだろう」と言われるような出来事であった。
しかし、イギリスが世界の賭事センターになるという望み(2005年賭事法が可決された時にも表明された)は、イギリスがサッカー・ワールドカップに再び優勝するという夢と同じように非現実的なのだろうか。
不況下で、15%の粗利益税を負担しているブックメーカーにとっては、ジブラルタル、マルタなどの低税率制度はますます魅力的なものとなろう。在来型の ブックメーカーは、イギリスにとどまっていなければならないが、成長し続けるインターネット・電話賭事を営むブックメーカーは、海外に容易に移転できる。 現実に、事業拠点の移転は始まっている。
ベットフレッド社(Betfred)は最近、インターネット・スポーツ賭事事業の拠点をイギリスからジブラルタルに移した。ジブラルタル には同社のカジノ事業の拠点もある。海外への事業移転についてこれまで沈黙を守っていた同社の会長で、共同創設者でもあるフレッド・ドーン(Fred Done)氏は、電話・インターネット賭事事業の拠点を海外に移転させることの経済的メリットを認めた。
自分の考えを初めて表明したドーン氏は、次のように述べている。「イギリスのすべてのブックメーカーがその全事業をイギリスに集結させることを夢見ていました。2005年賭事法を制定した時、政府もこれを意図していました」。
「しかし、ビクター・チャンドラー社が指摘したように、海外での賭事事業には競争上の利点があります。厳しい経済状態を考えた場合、コスト合理化のために最善の方法を考え出すのは、すべての企業の責務です」。
スタン・ジェームス社(Stan James)は、ウォンティッジにあったコールセンターを閉鎖して、ジブラルタルに移転させた。ジブラ ルタルに配転になったスタッフもいたが、コールセンターの閉鎖により74人が失職した。この件に関して、ウォンティッジの相談センターのウェンディ・ワッ トソン(Wendy Watson)氏は、「ウォンティッジには就職支援センターがないので、失職した人々には厳しい状況が続いています」と述べている。
ウィリアムヒル社(William Hill)は、いつも税制に関し世論を喚起しようとする。同社の2,300箇所のベッティングショップを海外に移転させることが不可能なのは、明らかなのだが、最高経営責任者ラルフ・トッピング(Ralph Topping)氏は、率直に意見を述べている。
同氏は、インターネット・スポーツ賭事事業の担当者90人を主にジブラルタルに配転すると2009年初めに発表した際、イギリスの税制を“全くばかげて いる”と非難した。イギリスに本社を置く賭事会社は、粗利益に対して15%の税金および10%の賦課金を支払っているが、海外に拠点を置く賭事会社は、わ ずか1.5%の税金を支払っているだけである。
同社の競馬担当取締役デヴィッド・フッド(David Hood)氏は、次のように述べている。「ウィリアムヒル社は海外でいくばくかのインターネット賭事事業を実施していますが、今後もこの方針を変更するこ とはありません。基本的にイギリスの顧客を相手に事業を行って参ります。ベッティングショップによる我が社の根幹事業はイギリスから動かしようもありませ ん。“ウィリアムヒル社は海外移住しますか?”と聞かれたら、答えは“ノー”です」。
ベットフェア社(Betfair)は、すでにマルタにオフィスを構えている。同社のゲーム・ポーカー事業の大半がマルタに拠点を置いており、同社は税制が事業の移転先を決定する際の要因であることを明らかにした。
同社の広報担当トニー・カルヴィン(Tony Calvin)氏は、次のように述べている。「当社は世界的企業であり、世界中のさまざまな国・地域に拠点を置くことで、企業の成長の可能性を高めようと しています。拠点を選ぶ要因は、税制の場合もあれば、当該地域での存在感を大きくする目的の場合もあります」。
「当社は現在拠点を置いている場所に非常に満足しています。本社はイギリスに置いていますが、これを変更する計画はありません」。
ラドブロークス社(Ladbrokes)は2008年に、同社の巨大な電話投票事業は、海外で事業を行い有利な規制や税制を選択して利を得ている他社との競争により、低迷し続けていると不満を表明した。
同社は、ゲーム事業用のサーバーをジブラルタルに置いており、ビクター・チャンドラー社のジブラルタルへの移転に続いて一度海外に拠点を移したことがあ るが、当時大蔵大臣であったゴードン・ブラウン(Gordon Brown)氏の2001年の賭事税改革(賭事税廃止と粗利益税導入)を受けて拠点をイギリスに戻した経緯がある。
先週、ラドブロークス社は、大胆な広告キャンペーン“ベット・ブリティッシュ(Bet British)”(訳注:イギリスの免許ブックメーカーを通じてのみ賭けを行うよう賭事客に促す広告活動)を開始した。同社としては、事業の海外移転に ついては少なくとも当面、踏み込んだ発言はできないということである。
コーラル社(Coral)の立場は、それほど鮮明ではないが、経営幹部が選択肢を検討していることは間違いない。トレーディング担当取締 役サイモン・クレア(Simon Clare)氏は、「現段階では事業の一部を海外に移転させる計画はありません。多くの競争相手が事業の海外移転を決定しています。海外移転は、常に選択 肢の1つです」と述べている。
賭事会社がジブラルタルに拠点を置く理由
ジブラルタルは、イギリス税務当局への納税に苦心している賭事会社にとって魅力的な選択肢である。 ジブラルタルには付加価値税がなく、法人税率が低く、また、ジブラルタルが欧州連合(EU)の域内にあるという事実は、ジブラルタルはEU条約に基づいてEU市場のどこにでも参入できることを意味する。 ジブラルタルにはしっかりとしたIT(情報技術)インフラと産業振興制度がある。ジブラルタルの規制当局(Gibraltar Regulatory Authority)の年次報告書の文言によると、“世界の一流インターネット賭事会社の本拠地”としての地位にふさわしい免許・取締りの法的枠組みを定 めている。
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イギリス2大ブックメーカーの粗利益
ラドブロークス社
2008年 | 2007年 | |
電話・インターネット賭事★ |
2億1800万ポンド (約370億6000万円) |
1億8700万ポンド (約317億9000万円) |
全ての賭事 |
11億4400万ポンド (約1944億8000万円) |
10億2900万ポンド (約1749億3000円) |
★大口賭事客が2008年に8,000万ポンド(約136億円)の利益に寄与し、また2007年には1億7,900万ポンド(約304億3,000万円)の利益に寄与した分を除く。
ウィリアムヒル社
2008年 | 2007年 | |
電話・インターネット賭事 |
1億7700万ポンド (約300億9000万円) |
1億7800万ポンド (約302億6000万円) |
全ての賭事 |
10億2300万ポンド (約1739億1000万円) |
9億8800万ポンド (約1679億6000万円) |
競馬界の発展を阻害する賭事事業の海外移転
賭事事業の海外移転は、ブックメーカーのスタッフ、株主および顧客にとっての関心事であるだけでなく、競馬界の財政に対しても深刻な影響を与える。
競馬賭事賦課公社(Levy Board)の最高経営責任者ダグラス・アースキン=クラム(Douglas Erskine‐Crum)氏は、「海外に事業を移転させている賭事会社が税金や賦課金を支払っていないのは明らかです。したがって、これらの賭事会社 は、イギリス競馬の長期的発展を阻害することは明白です」と述べている。
ビクター・チャンドラー社は、賦課金の代わりにスポンサー賞金によって競馬を支援すると述べているが、アースキン=クラム氏は、「同社がイギリスで事業 を行うとした場合に支払うべき賦課金の額を公表し、スポンサー賞金として支払う金額と比較すると面白いと思います。また、賦課金とスポンサー賞金は性格が 違います。スポンサー賞金の提供はいつでも止めることができますし、またスポンサー賞金は単一競馬場の利益になるだけで、賦課金のようにイギリス競馬全体 の利益になるわけではありません」と述べている。
英国競馬統括機構(British Horseracing Authority: BHA)の最高経営責任者ニック・カワード(Nic Coward)氏は、次のように述べている。「イギリスの賭事客にイギリス競馬を対象として賭けを提供する者は、賦課金を支払うべきです。これは、イギリ ス政府が緊急に対策を講じるべき問題であり、我々はイギリス政府が他国の政府と同じようにこの問題を解決すると確信しています。現状は間違っています」。
「海外の賭事会社は、競馬および競馬を構成している人々と馬に対し意図的に損害を与えています。この事実をよく認識すべきです。イギリスの税金と賦課金を回避し、事業を海外に移転した企業からの税金および賦課金収入予想が下方修正されています」。
「スポンサー賞金による支援は、全く異なる事柄であり、自社の明確かつ直接的な企業利益を考慮して、個々の企業が行う商業的な決定です。これは、企業の 選択で行われるものです。賭事会社は、イギリス競馬への賭けを提供する権利に対し対価を支払うべきであり、選択権を持つべきでありません」。
海外賭事会社に求められる相応の分担
イギリス政府は、賭事客をイギリス競馬に賭けさせているにもかかわらず、賦課金を支払わない海外ブックメーカーを追及する可能性があることを再度示唆した。
BHAの最高経営責任者ニック・カワード氏はさらに強硬な措置を講じるよう要求している。これについて文化・メディア・スポーツ省 (Department for Culture, Media and Sport:DCMS)の広報担当官は、次のように述べている。「DCMSは、イギリス市場で事業を行っている海外賭事会社に対し公平な分担金の支払いを 求めるには、多くの法的措置が必要と認識しています」。
「これには、イギリス競馬に対する賭けが受け付けられた場合に賦課公社へ支払われる賦課金が含まれます。これは、海外賭事会社による分担金の問題が提起 された時の議会討議を受けて、DCMSのゲリー・サトクリフ(Gerry Sutcliffe)大臣が検討を約束した対策の1つです」。
2001年に賭事税から粗利益税への賭事税改革が合意されたとき、この合意の基礎には大手ブックメーカーが海外に拠点を再び移転することはないという暗黙の了解があった。イギリス政府の目には、ブックメーカーの海外への移転は、背信行為と映る可能性がある。
大蔵省のスポークスマンは、「賭事税改革は、海外に拠点を移していたイギリスの大手ブックメーカーに関して成功を収めました。これらのブックメーカーの多くが遠隔事業をイギリス国内に戻したためです」と述べている。
イギリスの税制は、“全くばかげている”というウィリアムヒル社の最高経営責任者ラルフ・トッピング氏の主張に対して、大蔵省は「イギリスは、事業を行 うための最善の場所の1つであると評価されており、税金の問題は企業がイギリスに拠点を置くべきか否かを決定するための考慮事項の1つに過ぎない」と述べ ている。
大蔵省のスポークスマンは、世界181ヵ国に関する世界銀行の調査報告書である「ビジネス環境の現状2009年(Doing Business 2009)」を例として挙げた。この調査報告書では、ビジネス環境のよさについて、イギリスが世界の国・地域で第6位、また欧州連合(加盟国25カ国)内 では第2位と評価している。
同スポークスマンは、「世界経済フォーラム(The World Economic Forum)の世界競争力報告書2008‐09年(Global Competitiveness Report 2008‐09)は、事業競争力に関して、イギリスを134ヵ国中12位に挙げています」と付言している。
ラドブロークス社の“ベット・ブリティッシュ”広告キャンペーン
ラドブロークス社は、海外で事業を行っている競争相手を公然と非難するという攻勢に出た。これは、3月21日に開始して、2ヵ月間続く全国新聞での“ベット・ブリティッシュ”広告キャンペーンによって行われる。
“ベット・ブリティッシュ”というスローガンの狙いは、ほかの賭事会社が電話・インターネット賭事事業を海外に移転させたのに対し、ラドブロークス社はロンドンとリバプールの本拠を動かさず、イギリスで税金と賦課金を支払っている事実を賭事客に認識させることにある。
“英国産ビーフと同じくらい英国的”という大見出しを付けた広告の中で、ラドブロークス社は、2008年に粗利益税1億40万ポンド(約170億 6800万円)、付加価値税6500万ポンド(約110億5000万円)、法人税4990万ポンド(約84億8300万円)および賦課金4040万ポンド (約68億6800万円)を納付したが、これは顧客の愛顧の賜物であると強調している。
同社の広報部門の責任者キアラン・オブライエン(Ciaran O’Brien)氏は、広告キャンペーンの目的を説明して、「当社は、賭事客が当社やイギリスに本拠を置くその他のブックメーカーを通じて賭けを行うこと により、イギリスの雇用と税収入を増やしているほか、賦課金を通じてイギリス競馬を支援していることをこれらの賭事客に知らせようとしているのです」と述 べている。
海外賭事市場では、ラドブロークス社は、イギリスの免許を持つ衛星チャンネル放送を通じてデンマーク、フィンランド、ノルウェーおよびスウェーデンに放映されるテレビ広告キャンペーンを開始した。
5つの広告からなるこのシリーズ広告は、ラドブロークス社は国営独占企業よりも競争力のある賭事商品を提供しており、また今後同社が北欧地域に実際に定着できれば、これらの賭事商品を消費者に提供できる旨のメッセージを伝えることを狙っている。
(1ポンド=約170円)
[Racing Post 2009年3月26日「And They’re Off」]