2009年競馬界の重鎮20傑(アメリカ)【その他】
今年も恒例の“競馬界の重鎮20傑”を掲載する。これは、サラブレッ ドタイムズ誌(Thoroughbred Times)とサラブレッドタイムズ・トゥデイ誌(Thoroughbred Times TODAY)およびサラブレッドタイムズ電子版(www.thoroughbredtimes.com)の11人の編集者・記者が、競馬界に最も強い影響 力を持つ人物を投票で選んだ結果である。20傑にランクインした人々は、権力者というより、サラブレッド競馬産業全体に強い影響力を及ぼしている人物であ る。今年の20傑のうち生産者は13人で、1位から6位までを独占した。
● ジェス・ジャクソン氏 (1位)
サラブレッド競馬に影響を及ぼしている人物の典型がジェス・ジャクソン(Jess Jackson)氏である。同氏は2009年のケンタッキーオークス(G1)を圧倒的な強さで優勝したレイチェルアレクサンドラ(Rachel Alexandra)を購買し、旧陣営の路線に入っていなかった3冠競走のプリークネスS(G1)に挑戦させた。
これによってレイチェルアレクサンドラ(父メダグリアドーロ: Medaglia d’Oro)は、プリークネスSで優勝した最初のオークス勝馬となった。ジャクソン氏はまた、カルヴィン・ボレル(Calvin Borel)騎手をレイチェルアレクサンドラに騎乗させ、同騎手はケンタッキーダービーとプリークネスSを、同年度に別々の馬に騎乗し優勝した最初の騎手 となった。今年の3冠競走では、ケンタッキーダービー勝馬マインザットバード(Mine That Bird)は結局、プリークネスSでレイチェルアレクサンドラの2着に終った。チャレンジ精神一杯のジャクソン氏のせいで、米国に12頭目の3冠馬が生ま れるチャンスが潰えたと批判する者もいたが、マインザットバードはその後、ベルモントS(G1)で3着に終ったので、その批判は的外れになった。
79歳のジャクソン氏は過去4年間連続ランクインし、重鎮20傑には欠かせない存在だが、1位となるのは今年が初めてである。また、これはオーナーブ リーダー(ストーンストリート・ステーブルズ: Stonestreet Stables)という肩書きのほかに競馬統括組織や競馬関係の委員会の役員というような公的な肩書きを持たない人物として、初の快挙である。
しかし、ジャクソン氏はこのような役職についていなくてもサラブレッド産業の変革に大きな影響力を及ぼした。同氏は“スーパーホース”を生産する一環と して、良質の生産が期待できるトップレベルのスター馬を追いかけてきたばかりでなく、セリの公正確保と改革にも取組んできた。
それまでの成功をバネにして直感的な判断により事業を行うジャクソン氏のセンスは、ワイン醸造家としての経験により磨かれたものだ。同氏はケンドル- ジャクソンワイン醸造所(Kendall-Jackson Winery)を創設し、数十億ドルのブドウ栽培企業に成長させた。これによって彼はフォーブス誌(Forbes)が発表した最新の『アメリカの富豪 400人』に純資産240億ドル(約2兆4000億円)で187位に入った。同誌はジャクソン氏のプロフィールに、“サラブレッド生産に2億5000万ド ル(約250億円)を投資している”と記述している。
ジャクソン氏は、ワイン産業と競馬産業の両分野における自身の努力について次のように語った。「常に挑戦する気持ちを持って、ワインの品質と顧客満足の 向上に努力しています。高級ブランド品と出来の良い年のワインはいつでも良く売れます。競走馬生産においてもまったく同じ努力を傾けています。つまり、最 高品質の優良馬をつくり、強豪と戦わせたいと思っています」。
また同氏は3冠レースやブリーダーズカップにおいて有力馬が故障して物議を醸したことも引き合いに出し、「テレビの競馬中継中に故障が放映されるような羽目にならないよう、骨が強くトラック2周も容易にできるスタミナのある馬を作るように心がけています」と述べた。
● フランク・ストロナック氏 (2位)
現在、経営危機に陥っている競馬場会社マグナ・エンターテイメント社(Magna Entertainment Corp.)の会長フランク・ストロナック(Frank Stronach)氏は、これまで何度もエクリプス賞を受賞しているアデナスプリングス牧場(Adena Springs)の創設者でもある。同氏は、幾多の優良馬を生産し、大レースで勝利してもすぐに引退させず、頻繁に競走に出走させている。ストロナック氏 はジャクソン氏と共同でケンタッキーのアデナスプリング牧場に2004年の年度代表馬ゴーストザッパー(Ghostzapper)を繋養している。
● モハメド殿下 (3位)
モハメド殿下(Sheikh Mohammed bin Rashid al Maktoum)は11年連続で重鎮20傑入りしており、2008年は1位であったが、2009年は3位となった。同殿下は最近ダーレー社 (Darley)のために2歳産駒種牡馬のトップであるメダグリアドーロを購買した。
ダーレーUSA社(Darley USA)のジミー・ベル(Jimmy Bell)会長は、次のように語った。「殿下は競馬を愛しており、同時に生産を改善し、不滅の遺産を作ることを望んでいます。殿下にとって、自身が生産 し、最高レベルの競走に出走させ、現在は種牡馬として成功しているストリートクライ(Street Cry 愛国)のような馬に出会うことは何にも代えがたい喜びなのです。競走馬生産・種牡馬事業と競走馬事業の双方を世界レベルで成功させるのは難しい目 標です。だからこそ殿下の興味を最も掻き立てるのです」。
● ウィリアム・S・ファリッシュ氏 (4位)
ウィリアム・S・ファリッシュ(William S. Farish)氏はケンタッキー州ヴァーサイルスにレーンズエンド牧場(Lane’s End)を所有し、ジョッキークラブの副会長およびキーンランド協会(Keeneland Association)の理事として競馬産業に従事している。同氏は重鎮20傑に15年連続して登場している唯一の人物である。
レーンズエンド牧場にはジャクソン氏所有の2年連続で年度代表馬となったカーリン(Curlin)が繋養されており、今年が種牡馬供用初年度である。 ファリッシュ氏は、「ジェス・ジャクソン氏がカーリンと一緒に成し遂げたことは快挙です。自分たちがそのスーパーホースに関わっていることを大変嬉しく思 います。私たちはレーンズエンド牧場が競馬史に残ることを夢見て構築しました。息子のビルの興味と能力もその一部を担っています。そのことが、私にとって 誇らしく強い励みになっています」と語った。
● ロバート・L・エヴァンズ氏 (5位)
サラブレッド産業の多数の分野で技術的進歩に関心が高まっている。チャーチルダウンズ社(Churchill Downs Inc.: CDI)の理事を始めてから3年間ランキングに入っているロバート・L・エヴァンズ(Robert L. Evans)会長にとって技術は最優先事項の1つであり、彼はその改善に尽力した。
エヴァンズ会長は、「アメリカ社会においてどの業界が技術、とりわけ最も飛躍的なインターネット技術の影響を受けていないのか周りを見回して下さい。そ れは競馬界なのです。私たちはオンラインの世界の何を知っているというのでしょうか。実は、インターネットを使いこなしているのは若い人々で、これらの人 々こそ競馬が求めている年齢層なのです」と述べた。
CDIは電話投票賭事運営会社のツインスパイアーズ・コム社(TwinSpires.com)やツインスパイアーズTV社(TwinSpiresTV) に投資している。エヴァンズ会長は、「インターネット技術を駆使した電話投票賭事は大規模な設備費を掛けずに人々と繋がり、価値あるものを提供し、その利 便性は他では得られません」と述べた。
● オグデン・ミルズ“ディニー”フィップス氏 (6位)
ジャクソン氏、モハメド殿下およびファリッシュ氏のような生産者がサラブレッドの改良について話す時、その関心はレースに勝つことだけではなく、競馬の 安全とサラブレッドの福祉の両方を向上させることでもある。北米のサラブレッドの公式な血統登録機関であるジョッキークラブは、競馬の安全とサラブレッド の福祉についてもリーダーシップを発揮している。それを統率するのが、ジョッキークラブの会長でオーナーブリーダーであるオグデン・ミルズ“ディニー” フィップス(Ogden Mills “Dinny” Phipps)氏で、8回重鎮20傑に入った。
2009年 サラブレッドタイムズ 重鎮20傑 | |||
名前 | 地位/所属(ステーブル・牧場名) | 2008年ランク | |
1 | ジェス・ジャクソン |
馬主・生産者;ケンダール-ジャクソンワイン醸造所創設 (ストーンストリート・ステーブルズ) |
5 |
2 | フランク・ストロナック |
馬主・生産者;マグナ・エンターテイメント社会長 (ストロナック・ステーブルズ、アデナスプリングス牧場) |
2 |
3 | モハメド殿下 |
馬主・生産者;ドバイ首長、アラブ首長国連邦副大統領 (ダーレー、ゴドルフィン) |
1 |
4 | ウィリアム・S・ファリッシュ |
馬主・生産者;ジョッキークラブ副会長、 キーンランド協会理事(レーンズエンド) |
4 |
5 | ロバート・L・エヴァンズ |
生産者;チャーチルダウンズ社会長 (テンレーン牧場) |
3 |
6 |
オグデン・ミルズ“ディニー” フィップス |
馬主・生産者;ジョッキークラブ会長 (フィップス・ステーブル) |
6 |
7 | アレックス・ウォルドロップ | 全米サラブレッド競馬協会会長 | 8 |
8 |
ジョン・マグニア (John Magnier) |
馬主・生産者;クールモア-キャッスルハイドおよび 提携牧場のマネージングディレクター |
7 |
9 | ニック・ニコルソン | キーンランド協会会長 | 9 |
10 | チャールズ・ヘイワード | ニューヨーク州競馬協会会長 | 11 |
11 | ビル・ファリッシュ |
馬主・生産者;ブリーダーズカップ社会長 (レーンズエンド牧場) |
12 |
12 |
ビル・カスナー (Bill Casner) |
馬主・生産者;ウィンスター牧場場長および共同所有者 | 10 |
13 | アラン・マルゼリ |
ジョッキークラブの理事長および最高経営責任者、 エクイベース社最高経営責任者 |
19 |
14 |
テリー・ミックス (Terry Meyocks) |
騎手組合事務局長 | 13 |
15 |
ジョン・G・シクラ (John G. Sikura) |
馬主・生産者 (ヒルンデール牧場) |
16 |
16 | グレッグ・アヴィオリ | ブリーダーズカップ社会長および最高経営責任者 | 14 |
17 | ロバート・クレイ |
馬主・生産者;ブリーダーズカップ社副理事長 (スリーチムニーズ牧場) |
15 |
18 |
ダンカン・テイラー (Duncan Taylor) |
テイラーメイド牧場場長 | 17 |
19 |
ダン・プライド (Dan Pride) |
ファシグティプトン社の副理事長および最高執行責任者 | − |
20 |
ジョー・サンタナ (Joe Santanna) |
全米ホースメン共済協会理事長および会長 | 20 |
2009年 に新たにリスト入りしたのは第19位のファシグ・ティプトン社(Fasig-Tipton Co.)の副理事長および最高執行責任者であるダン・プライド(Dan Pride)氏である。2008年に第18位でランクインしたカリフォルニア州競馬委員会(California Horse Racing Board)の前会長リチャード・シャピロ(Richard Shapiro)氏は2009年20傑にはランクインしなかった。 |
● アレックス・ウォルドロップ氏 (7位)
競馬界のリーダーたちは、ソーシャルネットワーキングシステム(オンライン上の社会的ネットワーク)を新たなコマーシャル媒体として活用して馬券の販売 促進をしようとしている。全米サラブレッド競馬協会(National Thoroughbred Racing Association: NTRA)のアレックス・ウォルドロップ(Alex Waldrop)会長はNTRAのブログを管理し、定期的にファンと意見交換している。
なお、ブリーダーズカップ社のグレッグ・アヴィオリ(Greg Avioli)氏(16位)と、スリーチムニーズ牧場(Three Chimneys Farm)を所有するロバート・クレイ(Robert Clay)氏(17位)も、最近ソーシャルネットワーキングシステムのツイッター(Twitter)に参入して馬主や熱心な競馬ファンとの交流を深めてい る。
● ニック・ニコルソン氏 (9位)
● チャールズ・ヘイワード氏 (10位)
多くの競馬界のリーダーたちは、技術向上が馬券の販売促進に役立つと信じている。しかし、2009年に入っても、3冠競走シーズンに発生した3件の発走 後投票などによって、競馬賭事システムのセキュリティーに対する不安が強まった。残念ながら、これまでの技術向上は不安解消に役立っていない。今後優れた 賭事セキュリティーが実現すれば馬券売上げ増加に繋がるだろう。エヴァンズ会長(5位)、キーンランド協会のニック・ニコルソン(Nick Nicholson)会長(9位)およびニューヨーク州競馬協会(New York Racing Association)のチャールズ・ヘイワード(Charles Hayward)会長(10位)は、傘下競馬場のウェブ上の問題解決において途方もなく大きい存在感を示している。
● ビル・ファリッシュ氏 (11位)
ウィリアム・S・ファリッシュ氏の息子で、レーンズエンド牧場の経営を手伝い、ブリーダーズカップ社(Breeders’ Cup Ltd.)の会長を務めているビル・ファリッシュ(Bill Farish)氏もまた2年連続で20傑入りしている。父ウィリアムは、息子の競馬産業への関与を誇りに思っている。特にヤング一家(the Young Family)がオーバーブルック牧場(Overbrook Farm)を閉じて生産馬を処分する予定であると発表した時にはなおさらであった。オーバーブルック牧場の所有者ウィリアム・T・ヤング(William T. Young)氏の子供たちは、父の事業を継ぐことに興味を示さなかったからだ。
● アラン・マルゼリ氏 (13位)
ジョッキークラブの理事長で最高経営責任者であるアラン・マルゼリ(Alan Marzelli)氏は、インコンパス(InCompass 訳注:全米の競馬の開催運営に関する情報を集積するデータ・センター)や馬故障情報のデータ ベースのような技術面での戦略に対するジョッキークラブの投資は、サラブレッド産業のすべての段階に関わる馬と人々の福祉に役立っているとして、「この技 術戦略によって、馬の健康と福祉の問題に早急に対処することができます。一部の問題が未解決ですが、2008年には一層の進展に貢献しました。成果に満足 しています」と述べた。
また、競馬賭事システムのセキュリティー問題の解決法についてマルゼリ氏はジョッキークラブがトート会社を買収することを提唱し、「競馬産業自身が競馬 賭事システムを統合し、所有して管理・運営しなければ競馬を支持するファンは適正な賭事サービスを受けていることになりません。ジョッキークラブはトート 会社を所有すること自体を欲しているのではありません」と述べている。
他に票を得た人々(アルファベット順):
スティーヴ・アスムッセン(Steve Asmussen)調教師、 |
投票者:Frank Angst、Steve Bailey、Don Clippinger、Mike Curry、Pete Denk、Ed DeRosa、Tom Law、Myra Lewyn、Jeff Lowe、Tim Nichols、Mark Simon |
By Ed DeRosa
(1ドル=約100円)
[Thoroughbred Times 2009年6月20日「Powerful influences」]