ケンタッキーダービー馬アニマルキングダムの血統的背景(アメリカ)【生産】
ブラジル産のルロワデザニモー(Leroidesanimaux)を父とし、ルーツがハンガリーでドイツG3競走勝馬を母とするアニマルキングダム(Animal Kingdom)ほど国際的な背景を持つケンタッキーダービー勝馬はいない。その上に、同馬は英国出身のグラハム・モーション(Graham Motion)調教師により管理されている。
米国サラブレッド産業の関係者には、彼らの最も権威あるレースがアメリカの生産界では禁句である“芝レース用に”生産された馬に勝たれたことを面白くないと感じている者もいる。血統表から見て、アニマルキングダムの父系・母系4世代の30頭の種馬のうち、キャンディーストライプス(Candy Stripes)、ダンシングブレーブ(Dancing Brave)、レッドゴッド(Red God)、スークラ(Sookera)、リファール(Lyphard)、ナバホプリンセス(Navajo Princess)の6頭だけが米国産であり、米国のみで競走した馬はモンマスパーク競馬場のG2競走で優勝したナバホプリンセスだけである。
アニマルキングダムはケンタッキー州において、馬主であるチームヴェイラー社(Team Valor)とストーンウォール牧場(Stonewall)のリチャード&オードリー・ヘイスフィールド(Richard and Audrey Haisfield)夫妻との共同で生産されたが、レットゲン牧場(Gestut Rottgen)で成果を挙げている“D系統”※のタフなドイツ血統生産馬である。ドイツは、長きにわたりタフで中距離を得意とする馬の生産で定評があり、またアニマルキングダムの母系はすべて芝馬だが、このような血統がケンタッキーダービーの厳しい2000mの距離を走る抜くことのできる馬を生産したことに偶然以上のものがあることは確かである[訳注:※アニマルキングダムの母系を辿ると母馬の馬名は5代遡って“D”から始まる]。
アニマルキングダムの母ダリシア(Dalicia父アカテナンゴは、カールトンコンサルタンツ社(Carlton Consultants Ltd.)生産の2200mの重賞勝馬)の初仔である。ダリシアは、2005年にBBAG(バーデンバーデンのセリ会社 Baden-Badener Auktionsgesellschaft)の9月セールで、40万ユーロ(約4,800万円)という記録的な価格でチームヴェイラー社により購買された。
ダリシアは米国で5戦1勝しかしなかったが、チームヴェイラー社はBBAGを再び訪れ、ダリシアの近親馬を購買するため勝馬でもあるダリシアの妹のダーウィニア(Darwinia)を母とし、ブラックサムベラミー(Black Sam Bellamy)を父とする1歳牝馬を10万ユーロ(約1200万円)で購買した。デーヴロン(Daveron)と名付けられたこの馬はベルモント競馬場でG3競走ボーゲイSを優勝し、ダービーデーの5月7日にもう1つの重賞制覇をチームヴェイラー社にもたらした。
そして、レットゲン牧場馬でドイツダービー制覇が期待されたデカン(Dekan)(ダリシアの母馬の半妹を母としカリスト(Kallisto)を父とする)が5月8日にブレーメンでデビュー戦を制し、この血統に新たな、しかしほろ苦い成功がもたらされた。悲しいことにデカンはレース後転倒し、予後不良となったのである。
この母系のドイツとの関係は、ダリシアの5代前の母馬でハンガリーの準重賞競走において3着以内に入線した経験のあるディダーゴ(Didergo)を輸入した1966年に遡る。ダリシアは、ディダーゴの産駒の中でも最も優秀であった牝馬で1972年ダイアナ賞を優勝した4代前の母馬ディユ(Diu)に遡る。ダリシアはダイナミス(Dynamis)を母とし、またこのダイナミスはディユの孫娘にあたるレットゲン牧場が誇る1988年ドイツ最優秀2歳牝馬ダイアスプリナ(Diasprina)を母とする。
ダイアスプリナはまた、2003年ドイツ1000ギニー勝馬ダイアカダ(Diacada)とドイツ最優秀2歳馬デジデラ(Desidera)を生んだ。この母系ファミリーにおいて他に目立っているのは、2006年ドイツダービーの2着馬ディケンズ(Dickens 父:現在レットゲン牧場に繋養されているカリスト、母:デジデラ)と1996年のドイツ1000ギニーの2着馬ダップリマ(Dapprima)がいる。
チームヴェイラー社は2009年タタソールズ社(Tattersalls)12月セールにおいて、ミスターグリーリー(Mr Greeley)の仔が腹にいるダリシアを23万ギニー(約3,067万円)で社台ファームに売却した。このセールは社台ファームにとって収穫の多いセリとなった。同ファームは2006年にもこのセールで、後の2010年日本ダービー馬となるエイシンフラッシュ(Eishin Flash)が腹にいるドイツ産の重賞勝馬であるムーンレディー(Moonlady)も30万ギニー(約4,000万円)で購買していた。
タタソールズ社は、12月セールにおいてルロワデザニモーの母馬であるディッセンブル(Dissemble)を提供したことも誇りとしているが、この馬は1992年にBBAにたった3,000ギニー(約40万円)で売却され、その4年後に半妹のハシリ(Hasili)が初仔のダンシリ(Dansili)を生んだのである。
ブラッシンググルーム(Blushing Groom)の系統で初めてケンタッキーダービーを制したアニマルキングダムは、ルロワデザニモーの供用2年目の産駒である。2歳シーズンにブラジルのG1競走で2着となったルロワデザニモーは、後に米国でG1を3勝する芝のマイラーとなった。同馬はコースレコードを出したこともありケンタッキー州のストーンウォール牧場で種付料3万ドル(約270万円)で繋養されることとなった。芝向きであると同時にブラジルとヨーロッパの血統的背景を持っていたため、
アニマルキングダムがケンタッキー州のダート重視のセリ市場で購買されることは決して容易ではなかった。
(1ドル=約90円)
[Racing Post 2011年5月12日「Kentucky Derby winner has diverse heritage」]