グランドナショナル、安全性向上のため発走地点の移動などを実施(イギリス)【開催・運営】
世界一有名なレースであるグランドナショナルは、発走地点の移動により競走距離が半ハロン(約100m)短縮されると9月20日に発表された。
この変更は、チェルトナムゴールドカップ勝馬のシンクロナイズド(Synchronised)ともう1頭が予後不良となったことで今年のグランドナショナルに影を落とした問題に対処するために採られた一連の措置の1つである。
来年のグランドナショナルは4マイル3 1/2ハロン(約7100m)で開催されることになり、また、今年2回のやり直しで混乱した発走をより統制されたものとするため、発走地点はこれまでより90ヤード(約81m)先の観客から離れた場所となる。
今年のグランドナショナルを精査した結果、馬が集まる発走地点周辺は片側に満員のスタンド席があるため大観衆のざわめきにより閉所恐怖症的にさせ、その結果馬と騎手に緊張感を与え、発走が遅れた際にはその緊張がさらに高まるとされた。
このほか、他の3つの障害の着地点を水平にし、エイントリー競馬場の散水システムの改善に10万ポンド(約1,300万円)を費やし、4号障害に空馬の捕獲のための追加的な囲いを試験的に設置する予定であるとBHA(英国競馬統轄機関)は発表した。
しかし、12月のエイントリー開催では従来とは異なる素材の障害を使用することが試みられるものの、シンクロナイズドとアコーディングトゥピート(According To Pete)が転倒し予後不良となった障害ビーチャーズブルック(6番および22番の障害)には基本的に変更はなく、出走頭数の上限は40頭のままとなる。この2点については、王立動物虐待防止協会(Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals:RSPCA)と世界馬福祉協会(World Horse Welfare: WHW)が優先して注意を払うべきとしていた。
協議には調教師と騎手も加わっており、グランナショナルの優勝経験があるドナルド・マケイン(Donald McCain)調教師は次のように語った。「昨シーズンのレースは芳しくなかったので、発走地点に何か修正がなされる必要があると確信していました。エイントリー競馬場はいつも物事を向上させる努力を行っており、その点で彼らを非難することはできません」。
「抜本的な変更はありませんが、素晴らしい微調整がなされました。私は他にやるべきことがあるとは思いません」。
BHAは、今回の修正のための基準作成にあたって、昨年のドゥーニーズゲート(Dooneys Gate)とオーネイス(Ornais)の予後不良を受けて行われた包括的見直し、および2頭の予後不良は予測も回避もできるものではなかったと結論付けた今年の競走後報告を用いた。
発走地点への整列が早過ぎ或いは指示されないうちに整列したという点で、出走馬40頭の騎手全員のルール違反があったと5月の報告は結論付けた。しかし、シンクロナイズドの騎手が出走前に落馬し一時空馬になってしまったことによる遅れや発走テープをセットし直すに当たっての不手際が考慮されたため、制裁措置はなかった。
発走委員のスタート台は今後、馬が早まって発走テープを切るのを防ぐため30ヤード(約27m)後方まで広げた“立入禁止エリア”の中間点に移動し、大きな障害を使う競走において、出走馬が発走テープに近づく速度を落とすための努力が払われることになる。
そして発走テープそのものは、騎手や馬にとってより視認しやすいものになる。
BHAの競馬開催運営・規制担当理事のジェイミー・スティア(Jamie Stier)氏は、「発走地点変更の目的は、馬と騎手をより静かで統制された状況に置くことです。レース前にはプレッシャーと緊張があることは分かっているので、できる限りそれを和らげたいと思っています」と語った。
また、「発走地点と1号障害の間の距離を短縮するとともに発走地点をより統制された状況にすることは、レース序盤の速度を下げる効果があるかもしれません。そうなれば、さらに利点がもたらされるでしょう」と付言した。
ビーチャーズブルックについては、着地点のより広い範囲を一層水平にする作業が行われたが、着地点は踏切点よりもコース内側で10インチ(約25.4cm)低く、コース外側で6インチ(約15.2cm)低いままとされる。またBHAは、エイントリー競馬場が40頭を出走させることができないとする更なる根拠はないと述べた。
騎手協会(Professional Jockeys Association: PJA)のCEOポール・ストラザース(Paul Struthers)氏は、「私たちは、BHAとエイントリー競馬場が発表したグランドナショナルに関する理にかなった変更を歓迎します」と語った。
そして、「私たちは、BHAとエイントリー競馬場によって取られたアプローチは良く考えられた適切なものであると確信しています。各騎手と同様にPJAは助言を求められ、PJAの提供した情報は好意的に受け入れられました。これらの比較的地味であるものの重要な変更が、世界で最も偉大なスティープルチェイス競走の長期的な利益に結びつくことを望んでいます」と付言した。
発走委員の意向に基づく変更点
> > 発走地点は約90ヤード(約81m)先に設置され、観客とグランドスタンドから離される。
> > グランドナショナルは4マイル3 1/2ハロン(約7100m)の競走距離で施行される。
> > 馬場上のラインで明確にされる“立入禁止エリア”は、発走テープの15ヤード(約13.5m)後方までのエリアから30ヤード(約27m)に広げられる。
> > 発走委員のスタート台が、発走テープが早まって切られる可能性を減らすために、発走テープと“立入禁止エリア”の中間点の位置に移される。
> > 発走テープは騎手や馬にとってより視認しやすいものとする。
> > 今秋より、障害シーズンが進行する中で、大規模なレースで時折生じ得る早すぎる発走テープへの接近を是正するために騎手と発走委員間に共同行動がとられる予定である。その中には、ルール適用とその強化と共に騎手の一層の協力に関する発走委員全体の一貫した取り組みが含まれる。
> > グランドナショナル当日に、発走委員と騎手の間で詳しい打ち合わせを行う。
> > 発走前の空馬が捕えられるまでに長い距離を走る可能性を最小限にするために追加措置が採られる。
王立動物虐待防止協会(RSPCA)、ビーチャーズブルックについて警告
RSPCAは9月20日、BHAに対しイエローカードを出し、グランドナショナルで一番有名な障害であるビーチャーズブルックでこれ以上の予後不良事故が生じれば、さらに徹底的な精査を行うことになると警告した。
9月20日に発表された多くの変更を歓迎する一方、RSPCAの馬担当顧問であるデヴィッド・マー(David Muir)氏は、今年シンクロナイズドとアコーディングトゥピートの2頭に予後不良事故を生じさせたビーチャーズブルックへの大きな変更および出走頭数の40頭から30頭への削減が勧告されなかったことに失望した。世界馬福祉協会も出走頭数の削減を試みるように主張していた。
ビーチャーズブルックで転倒馬が出る可能性が明らか過ぎると4月に主張していたマー氏は、「私たちが提案した選択肢のいくつかは実施されましたが、そのうち2つ、つまり出走頭数を減らすこととビーチャーズブルックの根本的修正は実施されていません」と語った。
「ビーチャーズブルックと着地点の間のスペースを水平にすることにより、1つの問題は解決しました。これは評価できます。しかしRSPCAから見れば、彼らはイエローカードに値します。今回の変更が功を奏せば素晴らしいことであり、私たちはそれを受け入れますが、また大きな事故、つまり予後不良や多数の落馬があれば、根本的な変更を働きかけるでしょう」。
「出走可能頭数が削減されなかったことにはがっかりしていますが、コースは修正されなければならないことや定期的な変更プログラムに着地点の落差の問題が入っていないことを主催者が自覚しているということに非常にほっとしました」。
「4つの障害の着地点に工事がなされたことは大きな前進です。発走地点を閉所恐怖症的にさせるようなエリアから移動させたことも評価できます。また散水をうまく行うことで馬場状態が最適なものになるでしょうし、空馬の捕獲エリアの新設も有益なことです」。
同氏は次のように続けた。「私は単なる変更を求めているのではなく、改善を望んでいます。競馬の精神が失われるのを見たくはありません。私たちが検討しているのは、出走馬へのリスクを減らすために現状を精査し、改善することです。そうすれば、最終的に多くの馬が完走し、レースがよりわくわくするようなものになるでしょう」。
世界馬福祉協会も、これらの変更はレースをより安全なものとするためのエイントリー競馬場とBHAによる献身的な取組みを示しているとしておおむね歓迎し、特に障害の骨組みをより柔らかい素材に変更する研究への取組みを歓迎した。
しかし、世界馬福祉協会のCEOであるロリー・オワーズ(Roly Owers)氏は、「私たちは出走頭数の削減が提案されなかったことにがっかりしていますが、これが引き続き検討の対象とされていることに留意します」と語った。
そして、「グランドナショナルでは落馬、転倒および馬が他馬に倒される確率が高すぎます。魔法のような対処法はありませんが、故障や予後不良、そしてレース中に当該馬自身および他馬に危険をもたらす落馬や放馬の割合を大幅に減らすための変更が必要です」と続けた。
そして、「そのための一つの最も有効な方法は、今後3年間出走頭数の削減を試みることであると、私たちは確信しています」と付言した。
主なBHA勧告のポイント
ビーチャーズブルック:着地点を一層水平にするが、障害の規模や特徴への変更はない。
障害の構造:骨組素材が従来と異なる障害の試作品は、ビーチャーチェイス開催で試される。障害の高さの変更はない。
出走頭数:引き続き観察、評価を行っていくが、出走頭数の上限40頭を減らす計画はない。
散水:散水能力を高めるためにさらに10万ポンド(約1,300万円)が費やされる。
着地点:2011年の見直しを受けて1号障害に実施された着地点を水平にする作業を、4号、5号、13号障害に拡大する。
空馬捕獲:2009年にキャナルターン(8番および24番の障害)に新しい脇道を作り捕獲エリアを設置したが、今回さらに、空馬を捕獲し故障リスクを減らすための捕獲エリアを4号障害周辺に試験的に設置する。
By Jon Lees
(1ポンド=約130円)
[Racing Post 2012年9月21日「National start to be moved for safety」 「RSPCA in warning over Becher’s Brook」]