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2013年08月20日  - No.8 - 1

疝痛との闘い(イギリス)【獣医・診療】


 疝痛とは、通常消化器疾患により生ずる腹痛の症状を表す用語である。疝痛の症状を引き起こす腸疾患には様々なタイプがあり、軽度のものから致命的なものまである。

 最近一番注目を浴びた深刻な例は、昨年の最優秀3歳馬キャメロット(Camelot)である。キャメロットはフランケル(Frankel)の栄光の陰に隠れてしまったが、1970年のヴィンセント・オブライエン(Vincent O’Brien)調教師とニジンスキー(Nijinsky)での三冠達成以来、どの馬よりもそれに近かった。

 キャメロットは冬の間ずっと激しい疝痛に苦しみ、大規模な外科手術が必要となり、手術後も回復までに長い時間を要した。休養明け2戦目のプリンスオブウェールズS(G1)に1番人気で挑んだが、期待外れの走りであった。このロイヤルアスコット開催について語ったとき、アイルランドのリーディングトレーナーに16回輝いたエイダン・オブライエン(Aidan O’Brien)調教師の話しぶりは、キャメロットをどのように競走復帰させるのが一番よいのか悩んでいるように聞こえた。

 最優秀短距離馬も最優秀長距離馬も管理しており、厩舎の馬と心を通わせているオブライエンほどの調教師でさえも、このようなひどい疝痛の前ではどう対処したら良いのか分からなかった。
オブライエン調教師は次のように付言した。「キャメロットは大変厳しい冬を過ごしました。獣医師は、大規模な手術の傷が癒えるには少なくとも4ヵ月を要すると言います」。


疝痛は毎日の心配の種

 キャメロットは無事に生還したが、チャンピオンハードル勝馬カッチート(Katchit)は力尽きた。1月の手術不成功によるカッチートの死亡は、馬管理者が毎日不安を感じている疝痛による最も話題となった死の1つである。

 これほど劇的なものはめったにないが、疝痛はさまざまなレベルで襲ってくる。トム・ダスコム(Tom Dascombe)調教師とクライヴ・ブリテン(Clive Brittain)調教師は、先週のロイヤルアスコット開催のレース当日の朝、管理馬が疝痛の兆候を示したため、それぞれウィンザーキャッスルSとコヴェントリーS(G2)で出走取消を行うことを余儀なくされた。

 疝痛は、競走馬が馬の進化に沿った行動をとっていないことから生ずる。競走馬は、普段牧場にいるわけではないので、一日中歩き回って低カロリーの草を大量に食べることはなく、その代り、一日の大半は動かずに異様なほどの集中的運動をし、一日の終わりには高カロリーの濃厚飼料を食べる。

 あいにく、彼らの消化管系はこうした環境での要求に応じるようには進化していない。馬は嘔吐することができないため、消化管の不調はその程度にかかわらず問題となる。

 食物の発酵によって生じるガスは逃げ道がない。最も軽い場合は、消化不良となるが、治療することができる。反対に重い症状の場合には、緊急手術や5,000ポンド(約75万円)以上の大きなコストに繋がる腸捻転やそれに伴う激しい苦痛をもたらすことになる。

 ニューマーケットのロスデールス獣医診療所(Rossdales)に1973年から勤務し、現在共同経営者であるニック・ウィングフィールド・ディグビー(Nick Wingfield Digby)氏によれば、不安はそれで終わらない。

 「疝痛の回復には、最新式の施設、献身的な看護チーム、莫大な費用が必要となるので、どの馬にも簡単に処置できるものではありません」。

 「深刻な疝痛に伴うもう1つの最優先課題は、ありふれた栄養過多による疝痛かどうかの素早い診断が非常に重要であるため、すぐに馬を外科センターへ連れて行って診てもらうことです」。

 「搬送が遅れて腸が損傷すれば、命を取りとめる確率は劇的に低下します」。

 ニューマーケット馬診療所(Newmarket Equine Hospital)のデヴィッド・ダグデール(David Dugdale)氏によれば、2つの一般的な疝痛予防は、適切な管理に掛かっている。

 ダグデール氏は次のように語った。「競走馬によくある疝痛は、日常的な行動の変化や軽い脱水症のために生じる突発性疝痛と呼ばれるものです。馬が激しいギャロップをした後脱水がひどい場合、それを発症する可能性があります。この病名が示すように、痛みがこみ上げるもののすぐに消えます」。

 「おそらくその次に多い原因は、体内で食べた藁の一部が丸まってしまうことで生ずる糞詰まりです。馬が調教の失敗のために休養を余儀なくされるときによくこれを目にします」。

 しかし、より強烈で致命的な疝痛の可能性は常にある。ある馬専門の獣医師は、馬の腸は化学工場と同じぐらい複雑であると書いており、調教師たちは、最悪の事態を免れるため日々適切で注意深い管理と格闘していると証言する。

 マーク・ジョンストン(Mark Johnston)調教師は、自身の厩舎では疝痛の発症例は稀であると語ったが、それはいつもあてはまるわけではない。

 クラシックで優勝経験のあるジョンストン氏は、次のように続けた。「何年も前、年間で多くの疝痛の発症経験をしましたが、多くの管理馬が手術を受け、多くが命を失いました」。

 ジョンストン調教師は疝痛発症の共通点について研究し、その結果、飼料をライグラスヘイレージからチモシーヘイレージに変更したところ、その後深刻な問題は発生していない。

 現在では管理馬200頭から1ヵ月に1件軽度の疝痛が報告され、毎年1〜2頭に治療を受けさせるためにニューマーケット馬診療所に駆けつける程度である。

 クライヴ・ブリテン調教師は、コヴェントリーSの朝にバーミアンハイツ(Bahamian Heights)に疝痛の症状を見た経験を経て、疝痛の症状が出ると大変なことだと自覚している。

 そして次のように語った。「たしかに、それはちょうど良い例です。バーミアンハイツは発汗し、身をかがめて転がりましたが、私たちはそれを2時間で克服させました。しかしそれは明らかに痛みを感じての発汗だったので、走らせることは不可能でした」。

 「翌日は馬場に出て軽い調教をしました。わずか48時間前に疝痛を患っていた馬とは分からなかったでしょう」。


より高い生存率

 馬の消化器病学の専門家としてリバプール大学で教鞭をとるクリス・プラウドマン(Chris Proudman)教授は、「疝痛は馬の最大の死因です」と語った。

 このように厳しい見方をするものの、プラウドマン教授はキャメロットの問題について励みとなる見解を持っている。

 すなわち、バーミアンハイツやダスコム厩舎のファインダンディー(Fine’n Dandy)のようなキャメロットほど深刻ではない症例では、自然あるいは獣医師の注射によって90%が回復すると同教授は語った。

 プラウドマン教授の見積りでは、100頭を管理する調教師の場合は疝痛の症例が計算上年間2〜5件発生すると予測できる。この研究はより早く疝痛に気付かせるのに確かに役立ち、結果的に死亡率を減少させている。

 そして同教授は、「1980年代は疝痛手術の成功率は50%以下でしたが、現在では疝痛手術の成功率は約80〜90%の範囲で、約80%は競走できるレベルまで完全に回復することができます」と語った。

 このことはキャメロットのファン、調教師、馬主にいくばくかの救いとなる。

By Tony Smurthwaite


BHAの最高獣医責任者が疝痛への対処方法の改善を確信

 BHA(英国競馬統轄機構)の最高獣医責任者であるジェニー・ホール(Jenny Hall)氏は、調教師のプロ意識と優秀な獣医師のおかげで疝痛との闘いは克服されつつあると確信している。

 ロンドン五輪馬術のチームドクターの1人を務めていた同氏はルーティンこそ鍵であると考えている。

 ホール氏は次のように語った。「現在英国には十分な数の獣医科病院があることとそこで働く人々のスキル向上により、潜在的な疝痛への対処方法とその結果は引き続き改善していくと考えています」。

 「私が変わったと思っていることは、馬が直面している問題について積極的に話そうとする馬主と調教師の姿勢です」。

 高度に洗練された競走馬の管理も実を結んでおり、これにより競走馬は疝痛に以前ほど罹りにくくなっている、とホール氏は述べた。

 手術後に馬が最高の状態に戻ることができるかどうかの問題について、ホール氏は次のように語った。「これは腹部の大きな手術なので、完治するには一定期間調教を中止しなければならないでしょう。疝痛手術に限らず完治のためには休養期間が極めて重要であるというのが現実と考えます」。

By Jack Harbidge


           疝痛に関係する数字
             ・疝痛には異なる100のタイプがある
             ・15の発症原因がある
             ・78フィートの小腸とこれにつながる、
               65フィートの大腸と小直腸が関係する


疝痛予防策は改善したが、根絶は難しい

 ニューマーケットで最も有名な獣医師の1人ニック・ウィングフィールド・ディグビー氏は、馬の最大の死因とされる疝痛について、極めて率直に次のように語った。

 「馬という動物は胃が小さく腸が非常に大きいために、不十分で不安定な消化管系を持っています。そのために、今後も多くの世代にわたって馬は消化管の問題を抱えていくでしょうし、疝痛は完全には治療できない疾病であると考えます。しかし簡単な予防策はあります」。

 馬において疝痛とは、疾病や病気という診断ではなく、腹痛の症状に適用される用語である。

 痛みは多くの原因から生じる。腹部不快感の主な原因は急性の消化不良であり、より深刻な疾患には、直腸での糞詰まり、腸閉塞、胃破裂および腹膜炎がある。

 予防策には、飼料管理、寄生虫除去、寝藁の交換がある。ウィングフィールド・ディグビー氏は、次のように付け加えた。「厩舎の日常的な措置として、私たちは寝藁を馬が食べることのできないもの、たとえば紙やシェービング(かんなくず)やピートモスに変えます。これらの中でも最近一番頻繁に用いられるのはシェービングで、これにより馬は与えられた飼料だけを食べ、藁の繊維で食欲を満たすことはなくなるでしょう」

 「これまで数年にわたり、疝痛、疝痛の対処法、痛みを和らげる薬物のほか、直腸検査と腹部の超音波検査による手術が必要となる時期の診断について、莫大な研究がなされてきました」。

 「そして今やこれらの近代的な超音波機器で馬の腹部を調べ、腸を視覚化することができます。手術する前の診断の正確さに非常に大きな変化がもたらされました」。

 疝痛による死亡率を低下させたのは、このような機材の進歩である、と同氏は語った。

 そして次のように付言した。「栄養素が良くなり、馬への理解と管理が向上し、寄生虫の除去も改善され、そして調教中の何が疝痛の原因になるかについての理解が進んだことで、疝痛による死亡はありふれたものではなくなりました」。

By Tony Smurthwaite

[Racing Post 2013年6月27日「Combating Colic」]


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