愛ダービー衰退の要因(アイルランド)【開催・運営】
6月28日の愛ダービー(G1)が競争の乏しいものとなったことには、いくつかの要因が挙げられる。それは仏ダービー(G1 ジョッケークリュブ賞)の競走距離短縮からクールモア牧場の支配にまで至り、競走時期、出走登録料の体系、代わりとなるレースの増加も含まれる。
実際にはこれらの要因がすべて合わさって壊れやすい構造に重くのしかかった。その構造は、キングストンヒル(Kingston Hill 英ダービー2着馬)の最終段階での出走取消というほんのわずかな事で破綻した。近年では2008年と2009年の愛ダービーも、それぞれニューアプローチ(New Approach)とシーザスターズ(Sea The Stars)の不参加で同様の打撃を受けた。
アイルランド競馬界の実力者であるブライアン・カヴァナー(Brian Kavanagh)氏が、仏ダービーの競走距離短縮が大きな違いをもたらしたと考えていることは興味深い。カヴァナー氏は、10年前に仏ダービーの競走距離変更を認めたヨーロッパ・パターン競走委員会(European Pattern Committee:EPC)の会長であり、古風な委員会の者が、重要な方針転換はうまく機能しなかったと告白するのは珍しい。
公平のために言えば、EPCはパターン競走構造を徐々に崩し始め、数年前にはその形が無くなってしまっていた。しかし、EPCがその多くを重賞として承認した代わりとなるレースの増加が、愛ダービー衰退のもう1つの理由となったことに誰も驚かないだろう。
愛ダービーは今や10年前の仏ダービーの状態にある。仏ダービーは2005年に競走距離を2400mから2100mに短縮した。以前のように“2ヵ国ダービー制覇”の肩書欲しさに愛ダービーに挑戦する仏ダービー馬は、今日ではほとんどいない。
しかし、仏ダービーがなぜそのような方向に向かったのかについては忘れられている。それは、これに先立つ15年間凡庸なダービー馬が目立ったからで、フランスでは、アガ・カーン(Aga Khan)殿下を除き、長らく中距離タイプのクラシック馬を生産することをやめていたのである。1990年代と2000年代初めの仏ダービー馬であるポリテイン(Polytain)、セルティックアームズ(Celtic Arms)、ラグマー(Ragmar)やブルーカナリ(Blue Canari)を思い出せる人はいるだろうか?
さらに、仏ダービーの競走距離短縮は、7月中旬に施行されるパリ大賞典(G1 2400m)の改編(競走距離延長と競走日程の固定)と連係していると見るべきである。改編されたパリ大賞典は成熟の遅い3歳馬に少し時間を与えることに加え、EPCがこれまでほとんど是正してこなかった欧州競馬の何か物足りない側面に対処している。
どの調教師も、愛ダービーの後には成熟の遅い3歳馬が出走できる機会は存在しないと言うだろう。パリ大賞典はそれを是正する一助となり、もう1つはギヨームドルナノ賞(G2)の突然の華々しい地位向上によってG1昇格が間近に迫っていることである。このG2競走は8月中旬にドーヴィル競馬場で施行される3歳限定戦であり、昨年は桁外れの総賞金40万ユーロ(約5,600万円)が提供された。
G1馬が不都合なく出走できるということは、このレースが必要なレーティングを獲得するとすぐにG1への昇格を申請するだろうという紛れもない兆候である。G2競走でG1馬を不都合なく走らせるというアイデアは、英国の競馬場の中でもアスコット競馬場が喜んで飛び付く手品のようなものであり、本来の重賞競走の精神に反する目に余る行為である。しかし、問題はそれよりも根深い。愛ダービーはかつて強い英国調教馬を惹きつけていた。しかし、中東の競馬事業団体(マクツーム一族)以上にそのような種類の馬を作り出す生産者はほとんどいないので、もはやそのようなことは起こらない。そして重賞を勝った中距離馬と、ぎりぎりのところで重賞勝利を逃した中距離馬とでは、その後与えられるチャンスに大きな違いがあることを考えればあまり意外でもない。
英国の競馬番組は残念ながらこのような馬を見捨てている。その成績ゆえに総賞金2万ポンド(約340万円)の短距離ハンデ戦でトップハンデを背負わせられることになる可能性が大きいのに、なぜ重賞馬を持つというわずかな可能性のために5万ポンド(約850万円)以上の種付料を支払わなければならないのだろうか?
その一方で、豊富な賞金が提供される馬鹿げた一連の2歳馬セリングレースの影響を受けて、高額賞金を提供する2歳限定の短距離重賞競走がある。これらの馬は、2歳馬の時のような成績を収めないとしても、毎週土曜日に総賞金6万ポンド(約1,020万円)の短距離のハンデ戦で走ることで残りの競走生活を過ごすことができる。
このような中距離馬とスプリンターに与えられるチャンスの不均衡は、彼らを送り出す種牡馬の運命によく似ている。初年度種付料4万ポンド(約680万円)で供用される中距離チャンピオン馬の行く末はおそらく、障害競走のサイアーズランキング入りだろう。一方、初年度種付料1万ポンド(約170万円)で供用されるスプリンターは、飼料代ほどしか稼がない総賞金6万ポンド(約1,020万円)の短距離ハンデ戦の出走馬しか送り出さないとしても、種付料が安いと不平を言いつつも採算性はある。
このような不利があるにもかかわらず、これまで英国の中距離レースが競争性を保ってきているのは驚くべきことだ。このことに関しては、中東の後援者とジョン・マグニア(John Magnier)氏のクールモア牧場のチームに感謝しなければならない。しかし、クールモア牧場の100年以上続くこのような伝統維持への貢献は彼らが成功し過ぎているという非難にもつながっている。
我々は不思議な世界に生きている。
By Julian Muscat
(1ポンド=約170円、1ユーロ=約140円)
[Racing Post 2014年7月2日「Pattern tinkering has done Irish Derby no favours」]