アイルランド初の牧場公開、大勢の訪問者を魅了(アイルランド)【生産】
「フランス人の行くところには誰もがついて行く」とは、ファッション業界以外の多くの人々にとって耳慣れない言葉だが、“大成功”としか言いようがない“第1回アイルランド種牡馬トレイル[Irish Stallion Trail 1月22日(木)〜24日(土)]”の成果は、この言葉が真実であることを物語っているのかもしれない。
この“第1回アイルランド種牡馬トレイル”は、定評のある“種牡馬の道(Route des Etalons 訳注:フランス・ノルマンディー地方の牧場公開プログラム)”をもとに詳細計画が立てられ、アイルランド・サラブレッド・マーケティング社(Irish Thoroughbred Marketing:ITM)によりほぼ完ぺきに運営された。そしてアイルランド中の牧場では、数百人もの訪問者が温かく迎えられた。
なんと素晴らしいもてなしだろう。牧場のスタッフはビジネスの話よりも先にサンドイッチと紅茶をそれぞれの手に持って来訪者を待ち、生産者・競馬ファン・近隣住民・観光客の誰もが歓迎された。
“ビジネス”という言葉は種牡馬トレイルの雰囲気を適切に評価していない。多くの牧場は「種付権利が売れ、緊密な関係ができた」と報告しているが、全体の雰囲気は旧交を温め、新しい友人を紹介する新年会のようなものだった。
今年バングルインザジャングル(Bungle Inthejungle)やエスケラブ(Es Que Love)を新種牡馬として供用するラサスカー牧場(Rathasker Stud)のマデリン・バーンズ(Madeline Burns)氏は次のように語った。「とても有益でした。ITMは馬主をターゲットにしていて、牝馬を持つかなり多くの馬主が種付権利を購買しました。また、必ずしも生産に興味を持っているわけでなく1歳セリの前に種牡馬を見るために訪問した人も数名いました」。
「このプログラムはとりわけ、牧場は少し近寄りがたいと感じていた人々に対して、牧場をより身近なものにしました」。
アイルランドの馬主はITMが引きつけた一集団に過ぎず、種牡馬トレイルの“巡礼者”にはチェコ共和国から来た総勢70人のグループをはじめ日本や米国の生産者もいた。
コーク州にある互いに隣接したグランジ牧場(Grange Stud)とキャッスルハイド牧場(Castlehyde Stud)では、多くの地元生産者が絶え間ない列を作り牧場の門をくぐって行った。そこには人気あるアスコットゴールドカップ(G1)優勝馬の3頭フェイムアンドグローリー(Fame And Glory)・リーディングライト(Leading Light)・イエーツ(Yeats)がいるのだ。
ビジネスを生み出すことが種牡馬トレイルの中心目的であるのはもちろんだが、このプログラムは単に種牡馬を披露する機会を牧場に与えるだけのものではないことが分かった。それは、我々にとって偉大なスポーツである競馬を支えているものの、ともすると近寄りがたいという印象を与えることもある生産界を披露する機会をアイルランドに与えたのである。
多数の名馬の生誕地であるクールモア牧場は競馬界の枠を越え、当然のことながら地理的にも関心の面でも広範囲の群衆を引きつけた。時々しか競馬場に足を運ばないファンや好奇心旺盛な観光客を本格的な競馬ファンにすることができる場所があるとするならば、このクールモア牧場であることは間違いない。
どんよりと曇った金曜日の朝でさえも、よく手入れされた8フィートの(2.4m)の生垣と豪華なランプが、まるでナルニア国のような場所に続く入り組んだ道に訪問者を導いた。そして角を曲がったところに広がるのは全くの別世界だった。視界に入る種牡馬はほぼすべて馬世界のホテルリッツに相当する馬房に収まり、その中には過去2年のダービー馬オーストラリア(Australia)とルーラーオブザワールド(Ruler Of The World)がいた。この2頭の父ガリレオ(Galileo)はショーには参加していなかったが、それでもやはり馬房の外に群がる多くのカメラマンのためにポーズを取っていた。その他すべての種牡馬は、牧場内をぶらつく訪問者の前に連れ出されていた。
バリーリンチ牧場(Ballylinch Stud)も同様に、生産者の注目を引くためにトップクラスの種牡馬を誇らしげに披露したが、それだけでなく、近接するマウントジュリエット・ホームの開放はすべての訪問者に対するもてなしとなった。リーディングファーストクロップサイアーであるロペデヴェガ(Lope De Vega)などがショーに参加し、チームによる心のこもった歓迎があれば、この時期の悪天候で風景が見えなくても問題はないことが分かった。
美しい眺めだった。何かと言えば、アイリッシュナショナルスタッド(Irish National Stud)で上海から来たダン・ゾウ(Dan Zou)氏とチャーリー・チェン(Charley Chen)氏を引きつけた日本庭園のことである。しかし、最も印象を与えたのは種牡馬であった。仕事でダブリンに来ていた2人は、種牡馬トレイルに参加するよう同僚に説得され訪れていた。
10頭の種牡馬を見た後に、チェン氏は「本当に美しい。このような馬は中国にはいません」と言った。
種牡馬がもはや出走せず牧場では賭事が行なわれないことを知り、2人は翌日レパーズタウン競馬場で競馬を観戦する計画を立て牧場を去った。
ギルタウンスタッド(Gilltown Stud 訳注:日本の名牝ウオッカが繋養されている牧場)では、ある訪問者が「シーザスターズ(Sea The Stars)の子供はレースで良い結果を出していますか?」と尋ねた。競馬に詳しい人々のあいだでこのような質問は笑われそうなものだが、好奇心旺盛な訪問者の質問にはすべて親切な回答がなされ、誰もが競馬についての深い知識を得ることができた。そして、多分たくさんのサンドイッチももらって牧場をあとにした。
種牡馬トレイルの主な目的は、生産者に向けて牧場を宣伝することであった。しかし、競馬ファンと一般の人々の多大な関心を引き、国営ラジオ局・テレビ・新聞によって大きく報道されたことを考えれば、この取組みに間違いはなかった。
ダーレーのキルダンガンスタッド(Kildangan Stud)は、スプリント界の王様スレードパワー(Slade Power)を新種牡馬として供用するキルデア州の歴史的な牧場であるが、クールモア牧場やギルタウンスタッドのように、多人数のグループを迎えることに慣れており、毎日200人以上の訪問者を迎えた。所有する牝馬が毎年訪れている生産者から、片手で幼児の手を引き、もう一方の手でピンクの子供用キックボードを持った親までその訪問者の層は広い。
後者の層はすぐに生産界に恩恵をもたらさないかもしれないが、温かいもてなしと印象的な種牡馬の姿は競馬に新しいプレイヤー(賭事客や参入者など)を上手く引きつけることができるかもしれない。
そしてそれは、生産界を後押しするのと同時にITM・牧場・アイルランドの大きな誇りに繋がるだろう。
By Katherine Fidler
[Racing Post 2015年1月26日「Inaugural open house showcases so much more than stallions」]