現役の牝馬を妊娠させることの利点(イギリス)【生産】
カッサンドラゴー(Cassandra Go)は、2001年に妊娠中でありながら、キングススタンドS(G1)を制して大きく報道された。さらに2014年10月、その1歳産駒(父シャマルダル)がジョン・ファーガソン(John Ferguson:モハメド殿下の生産アドバイザー)氏に170万ギニー(約3億2,130万円)で購買され、再度新聞の見出しを飾った。
牝の競走馬は競走生活を終える際、しばしば将来の繁殖牝馬として馬主の手元で繋養される。時には、馬主は牝馬の現役中に交配を選択し、現役引退から初仔出産までの期間を短縮することもある。
北半球の種付けシーズンを目前に控えた今、この記事では、現役の牝馬を交配させる理由と、それによるメリットとデメリットに関して言及する。
関係者が現役牝馬の交配を決断をする理由、すなわち、レースで勝つチャンスがある牝馬を受胎させる理由の1つ目は、大抵の場合、待ち時間を最大限に活用したいからである。現在のBHA(英国競馬統轄機構)のルールでは、牝馬は妊娠120日目までの出走が認められている。
理由の2つ目には、癖のある牝馬の行動と気性を改善する試みがあげられる。種付けシーズンに行動が激変する牝馬の存在は知られており、著しい場合は発情サイクルである21日中5日間は、調教が困難になることもある。現役の牝馬を交配させて受胎させることは、発情サイクルのない期間を延長させる方法の1つであり、気性によって妨げられることなく調教と競走を続行できる。
理由の3つ目は、妊娠による生理的効果を活用することであり、このことによって競走中のパフォーマンスが向上し、牝馬自身と仔馬の価値が高められる。
現役の牝馬を交配させる手順
まず、牝馬の生殖器が正常であることを確認するため、獣医師による検診が義務付けられている。発情サイクルを観察する方法には、様々な選択肢がある。種馬場における試情馬(あて馬)の使用と牝馬の生殖器の超音波検査の実施により、獣医師と馬主は発情の段階を推定できる。
現役牝馬の場合、発情期の見極めは容易である。複数回の血液サンプルの採取によってプロゲステロン(progesterone)の血中濃度を測定し、発情サイクルを追跡する方が、直腸検査の実施よりベターである。
現役牝馬の交配には、二重の効果が知られている。牝馬は所定の調教メニューを消化しやすくなり、安全面においても獣医師と当該馬の双方に利点をもたらす。厩舎における牝馬の生殖器検査は、危険を伴う作業である。このような検査に厩舎スタッフは慣れておらず、施設もそのために設計されたものではないため、牝馬も獣医師も事故発生のリスクに晒される。この検査を完了するためには、しばしば鎮静剤の使用が必要となる。
種付けシーズンの初期においては、牧場で繋養されている繁殖牝馬に比較し、現役牝馬が発情サイクルに入る可能性は低い。これは、牧場の繁殖牝馬は放牧地での自由採草により、十分な日照時間を得られるからである。(訳注:日照時間の増加が、脳下垂体ホルモンの分泌を促進させる。)一方、現役牝馬の場合、厳しい調教が発情サイクルに悪影響を及ぼす可能性もある。このため、種付けシーズンの末期にならなければ、排卵しないこともある。
不自然な環境において牝馬の発情サイクルを促進するためには、卵巣の刺激処置が必要となるかもしれない。競馬施行規程を遵守するため、使用薬物はすべて調教師のメディカルブックに記録されなければならず、その多くは投与後から出走許可までに休薬期間が設けられている。
時には、出走日が排卵日に一致し、交配期に種馬場に搬送できない可能性もある。
交配に備えて牝馬の後肢の蹄鉄は、徐鉄する必要がある。また、種馬場までの搬送を手配するが、鎮静剤の投与と交配後の処置が必要となることもある。不受胎の場合、この手順は2〜3週間後に繰り返される。
現役の牝馬を妊娠させることの潜在的な利点の1つは、生理的なメリットである。しかし、妊娠中の牝馬のすべてに、これらの効果の発現は保証されておらず、妊娠しても行動に変化が認められない場合もある。
ホルモン変化は、プロゲステロンの増加として認められる。この変化は、気性を落ち着かせる効果をもつことが知られている。このため、癖をもつ牝馬が従順になり、調教が容易となるとともに、精神的および肉体的に騎手の指示に素直に反応するため、レースでも好走する可能性がある。
以上を要約すれば、現役牝馬を交配させる最も大きな利点は、競走生活の終了から1年を待たずに、仔馬を出産できることである。また多くの場合、受胎後にパフォーマンスレベルの改善が証明されている。殆どの牝馬の発情サイクルは比較的単純であるが、調教を負荷されている環境下での交配は不自然な手順を踏む必要があることから、しばしば関係者に負担がかかる場合がある。
現役牝馬の交配は、多くの妊娠中の牝馬がレースで好走しており、さらに出産時期を早期化できる利点をもつ。このことから、競走生活の終わりに近い牝馬の交配は、意欲的なオーナーブリーダーに対して興味深い提案となるであろう。
妊娠中に活躍した牝馬 ・カッサンドラゴー グリーンデザート(Green Desert)の仔を妊娠中、2001年キングズスタンドS(G1)で優勝。 ・チャイニーズホワイト(Chinese White) ケープクロス(Cape Cross)の仔を妊娠中、2010年プリティポリーS(G1)で優勝。 ・インディアンクイーン(Indian Queen) ナイトシフト(Night Shift)の仔を妊娠中、1991年アスコットゴールドカップ(G1)で優勝。 |
By Tom O’Keeffe
(1ポンド=約180円)
[Racing Post 2015年2月19日「Racing mares in foal can aid performance but adds to expenses」]