ケンタッキーダービーでの優勝は運なのか(アメリカ)【その他】
我々がサラブレッドビジネスから何かを学んでいるとすれば、それは運をつかむためには大変な労働がともなうということである。
ナイキスト(Nyquist)はケンタッキーダービー(G1)の最後の直線で猛攻して優勝を収めた。馬主のポール・レッダム(Paul Reddam)氏は、ケンタッキーダービー2勝目を挙げたことについて説明を求められた。
レッダム氏は「ある馬主が私のことを"この10年間において競馬界で一番運のある人だ"と言いました。説明するならば、全くそのとおりです。素晴らしい仲間と一緒に取り組めたことは、まったく運が良かったのです。単純ですが、それが本当のところです」と語った。
レッダム氏は、ダグ・オニール(Doug O'Neill)調教師のチームについて話していた。同調教師は、レッダム氏にとって1頭目のダービー馬でプリークネスS(G1)を制したアイルハヴアナザー(I'll Have Another)も管理した。そのチームの1人である同調教師の兄弟デニス氏は、厩舎で途方もなく長い時間を過ごし、2歳セールでは次の大物を探し回っていた。
レッダム氏は愛するスポーツのために、数え切れない時間と数百万ドルを費やしていた。クラシック勝利以外でも、ウィルコ(Wilko)、レッドロックス(Red Rocks)でブリーダーズカップを制し、そのG1優勝馬リストには他に、エロラヴ(Elloluv)、スクエアエディー(Square Eddie)、グレートハンター(Great Hunter)などの名前が連なる。
運が良いだけでこのようなことは達成できない。
競馬場で優勝を手にするには、気の遠くなるような労働が必要である。炎天下で岩を砕くような重労働とは違い、種付け・出産・育成・馴致・調教・競走のすべての段階で長時間の労働が強いられる。そして馬はまた繁殖のために牧場に戻ってくる。さらにセリも忘れてはいけない。
ケンタッキーオークス(G1)出走馬8頭と、ケンタッキーダービー出走馬10頭(ナイキストを含む)は、キーンランド協会(Keeneland Association)のセリに上場された。しかし、両レースの優勝馬キャスリンソフィア(Cathryn Sophia)とナイキストを販売したのは、ファシグ・ティプトン社(Fasig-Tipton)であった。キャスリンソフィアは2014年ミッドランティック秋1歳セールにおいて3万ドル(約330万円)、ナイキストは2015年フロリダ2歳セールにおいて40万ドル(約4,400万円)で購買された。
ファシグ・ティプトン社は運が良かったのか?もちろんイエスだが、その裏には多大な努力があった。
同社のCEOボイド・ブラウニング(Boyd Browning)氏はこう語った。「弊社の1歳セールには3,000頭以上が候補として登録されます。どの馬の上場を認めるかを決めるために、私たちはそれらの馬を精査して血統を評価します。2歳セールでは、おそらく約500頭の精査を行います。これは絶え間のないプロセスです。馬を売買する人々との関係を構築し強化するように常に努めています」。
ファシグ・ティプトン社のブラウニング氏のチームは、電話・Eメール・個別訪問などの手段を使い、また競馬場にも足を運んで、一年中セリのプロモート活動を行っている。同社は昨年ガルフストリームパーク競馬場と提携し、フロリダダービー優勝馬が同社のフロリダ2歳セールの出身馬であれば100万ドル(約1億1,000万円)のボーナスを提供する制度を開始した。そのボーナスはナイキストが獲得した。
ダービーウィークエンドには、トム・ヒンクル(Tom Hinkle)氏とその一族が経営するヒンクルファーム(Hinkle Farm)にも幸運が訪れた。同ファームはオークス出走馬のウィープノーモア(Weep No More)の共同生産者であり、ウッドフォードターフクラシックS(芝G1)優勝馬ディヴィシデロ(Divisidero)の生産者でもある。さらに2013年キーンランド11月セールでナイキストの母シーキングガブリエル(Seeking Gabrielle)を購買している。
ヒンクル氏はケンタッキーダービー翌日にこう語った。「私たちはハードに働いています。多くの調査に全力を挙げています。優良な仔を生むチャンスがありそうな、素晴らしい血統をもつ牝馬を見つけようとしています。セリや牧場に頻繁に出向いては多くの馬を見ています。私たちは受け入れられる馬を選ぶのに厳しい目を持っています。また、牧場に行き種牡馬をしっかり見て、我々の繁殖牝馬の相手を懸命に選んでいます」。
「一生懸命に働き、良い仲間に恵まれ、確固たる決断をすること。それこそが、成功のレシピです。しかし、これはホースビジネスです。ただ電灯を切って安眠することなどできません。私たちがどれだけ幸運かは分かっていますが、それを当たり前のようには考えていません」。
サラブレッドを生産し、育成し、競走させることに"当たり前"はない。時にはせっかくニワトリを捕えたのに何も得られず手が羽だらけになるだけのこともある。このビジネスは、運をつかむチャンスを得るだけのために、途方もなく大変な労働をともなう。
By Evan Hammonds
(1ドル=約110円)
[The Blood-Horse 2016年5月10日「What's Going On Here―Getting Lucky in Kentucky」]