海外競馬ニュース 軽種馬登録ニュース 海外競馬情報 統計データベース 海外競馬場・日程 世界の競馬および生産統計 海外競走登録 申請書類
血統書サービス 引退名馬
twitter FB
TOPページ > 海外競馬情報 > 多くの傑出馬は遅くに生まれているという事実(国際)【生産】
海外競馬情報
2017年06月20日  - No.6 - 4

多くの傑出馬は遅くに生まれているという事実(国際)【生産】


 ずっと牧場に繋養されている繁殖牝馬に苛立ちを感じるだろうか?これらの繁殖牝馬はのんびりと歩いてたっぷりと草を食み、そんなときにはその大きな腹がゆったりと揺れる。一方で、活発に結果を出し続ける繁殖牝馬の多くは、まだ分娩後初発情が始まったばかりなのに、次の交配相手の元に送られている。

 このような出産が遅い繁殖牝馬の次の交配の準備が整うのは、ほぼ真夏である。あるいは1年間繁殖活動を休まなければならないかもしれない。その場合、翌年のバレンタインデー(2月14日)までに交配相手が用意されることは確実だ。

 まあ、ちょっと待ってほしい。ウィンドフィールズ牧場(Windfields)の顧問団は1960年頃、牝馬ナタルマ(Natalma)について頭を悩ませていた。再び出走させるチャンスに賭けて膝の骨片除去手術を行うか、時期は遅いが新種牡馬と交配させるかについて、彼らは検討を重ねたが、ジョー・トーマス(Joe Thomas)氏のこの言葉で最終的に決断した。「仕方ない。ニアークティック(Nearctic)と交配させるのも悪くはあるまい。受胎すれば儲けものだし、上手く行かなければまた出走させるとしよう」。

 彼らがナタルマをカナダに連れて帰ったのは、ほぼ6月末だった。しかし幸運にも、ニアークティックの生殖能力は高かったので、1961年5月27日、ナタルマはノーザンダンサー(Northern Dancer)を出産した。

 これは極端な例としても、非常に多くの傑出馬が、春の日差しに包まれて牧草が最高に育った時期に誕生しているのは確かなようだ。次の表は、包括的なものとは言えないが、優良馬は4月と5月に生まれていると感じられる。

joho_2017_06_01.png


 しかし多くの生産者は、北半球のサラブレッドの聖なる誕生日とされる1月1日に近い時期に生まれた仔馬の早熟性や完成度などの優位性をあえて追求しており、彼らが固執する過度な"直解主義"をこの表が覆すのは難しい。

 スピードと早熟性に夢中になっている商売気のある生産者たちは、この表の多くのサラブレッドは成長してから名声を馳せた長距離馬だと抗議するかもしれない。しかし、満年齢が3歳となる前に、鍛えられた天性の競走馬による究極の決戦、ケンタッキーダービー(G1)を制したのはノーザンダンサーだけではない。他のケンタッキーダービー優勝馬では、ラッキーデボネア(Lucky Debonair)は5月2日、マインザットバード(Mine That Bird)は5月10日、キャノネード(Cannonade)は5月12日、スペンドアバック(Spend A Buck)は5月15日、サンダーガルチ(Thunder Gulch)は5月23日、エクスターミネーター(Exterminator)は5月30日に生まれている。なお、5歳シーズンのBCクラシック(G1)で才能が開花したムーチョマッチョマン(Mucho Macho Man)は6月15日生まれであり、ケンタッキーダービーでは3着だった。

 またこれらの営利本位の保守主義者は、2歳で引退してから種牡馬として見事に成功したダークエンジェル(Dark Angel)も、このような多くの遅生まれの優良馬と同じく4月生まれであることに気づくかもしれない。またメイソン(Mayson)とアクラメーション(Acclamation)は、いずれも5月16日生まれである。

 もちろん、割合から言えばビッグレース優勝馬は2月と3月生まれが多い。しかし、それは平地競走馬が2月と3月に集中して生産されることを反映しているに過ぎない。残念ながら、夏に生まれる馬の多くは障害競走を念頭に生産されているので、誕生日だけではすべてを分析できない。繁殖牝馬報告書(Return of Mares)を見直すと、ある世代の商業的に成功している障害種牡馬の産駒は、1月~3月に37頭、4月に33頭、5月~7月に58頭生まれている。一方で、概ね同じような立場にある平地種牡馬の産駒は、1月~3月に71頭、4月に22頭、5月~7月に7頭生まれている。

 先日、マウントクートスタッド(Mount Coote Stud)のルーク・リリンストン(Luke Lillingston)氏と話したとき、「早く生まれた仔馬は恵まれたスタートを切るという意見に賛成ですか?」と聞いてみたところ、同氏はこう答えた。「必ずしもそうではありません。平地競走の生産者が適用する繁殖シーズンは、自然の摂理に従っていません。春のほうが天候も良く、草を食むにはずっと快適です。しかし、人々は真冬に牧場が泥の海と化しているときに馬を誕生させたがっています。私たちの牧場には、2011年クイーンメアリーS(G2)の優勝馬ベストタームズ(Best Terms)がいますが、彼女は5月19日に生まれました。そして他の5月生まれの2頭も2011年にアスコット競馬場の2歳戦を制しました」。

 それら2頭は、バパクチンタ(Bapak Chinta 5月16日生まれ)とフレデリックエンゲルス(Frederick Engels 5月6日生まれ)であり、それぞれノフォークS(G2)とウィンザーキャッスルS(L)を制した。近年コヴェントリーS(G2)を制したドーンアプローチ(Dawn Approach)とウォーコマンド(War Command)もそれぞれ4月23日と4月27日に生まれている。ただし、5月生まれのエアフォースブルー(Air Force Blue)はコヴェントリーSの頃は未熟であり2着に終わった。本紙は昨年、2000年以降のロイヤルアスコット開催のすべての2歳レース出走馬の誕生日を分析したが、誕生月ごとの着順の状況は、基本的に誕生月ごとの出走馬の頭数を反映したものであった。

 おそらく、すべてはただの自己達成的な予言である。調教師たちはこのような知恵を取り入れ、主として1月生まれの仔馬を立派な競走馬となるように管理するだろう。しかし彼らは、これらの動物が日照時間の短い寒い湿った日に、やせ細った草を食んでその生涯を歩み出したことを忘れている。彼らの先入観はやはり無知によるものかもしれない。

By Chris McGrath

[Racing Post 2017年5月16日「Why late foals can spring to stardom」]


上に戻る