ロイヤルアスコットで浮彫りとなったペースメーカーの問題(イギリス)【開催・運営】
BHA(英国競馬統轄機構)がペースメーカー利用の是非について検討する時が来たことが、今回のクイーンアンS(G1 ロイヤルアスコット開催)で示された。
競馬施行規程第57条は、"騎手は、同一馬主や同一厩舎の馬を優位にするために策略を用いてはならない"と定めている。しかしこのルールは、"ペースメーカーを利用することの禁止"については、何も触れていない。実際、この規定が何を意味しているかを理解するのは難しい。
より関連があるのは競馬施行規程第45条で、"騎手は、できるかぎり最高順位でゴールするための最大限のチャンスを、確実に馬に与えなければならない"と定めている。ペースメーカーに関しては、この要件が特に重要である。
クイーンアンSにおいて、ポール・ハナガン(Paul Hanagan)騎手とマーティン・ハーレー(Martin Harley)騎手は、それぞれトスカニーニ(Toscanini)とダッチアンクル(Dutch Uncle)に指示通りの騎乗をしたことだろう。さらに競馬ファンは、ゴドルフィンのトスカニーニはリブチェスター(Ribchester)のペースメーカーとして、また、カタールレーシング社(Qatar Racing)のダッチアンクルはライトニングスピア(Lightning Spear)のペースメーカーとして出走すると予期していただろう。ダッチアンクルを管理するロバート・コウェル(Robert Cowell)調教師は実際、「この馬は、率直にレースをリードするので購買されました」と語ったと伝えられている。
レースはまさに私たちが想像していた展開となった。しかし、この2頭の先行馬がすさまじい速度で走ったために、関係者でさえも、2頭は最高順位でゴールするために最大限のチャンスを与える騎乗がなされていたとは主張できなかっただろう。
トスカニーニは、110の公式レーティングが付けられたG3勝馬であり、優秀な競走馬である。それでも16頭中14着となった今回のクイーンアンSでのパフォーマンスには、同馬のキャリアで3番目に低いレーシングポストレーティング(Racing Post Rating: RPR)が与えられた。
2番目に低いRPRが与えられたのは一走前のロッキンジS(G1)である。トスカニーニはこのレースでリブチェスターのペースメーカーを務めたと考えられるが、実際にはゆっくりとスタートした上に先行していかなかった。一方、リブチェスターはずっと先行して押し切った。裏の裏をかく巧妙な作戦が取られたのではないかと見る者もいたかもしれない。
ダッチアンクルは、クイーンアンSでゆっくりとゴールし、優勝馬から52馬身差の最下位となった。これまでの25戦において同馬のパフォーマンスにはRPR49~93が与えられていたが、今回はRPR5しか与えられなかった。
確かに、ペースメーカーは欧州競馬の長い歴史の中で確立された1つの特徴である。欧州以外では存在しない。豪州ではペースメーカーは禁じられているが、いずれにしても、最初は辛抱して様子を見て発進する競馬に豪州人はあまり魅力を感じない。
しかし、ゴドルフィンとカタールレーシング社がクイーンアンSで用いたような戦略が間違いなく許されない豪州では、馬が全能力を発揮するように騎乗していたか厳しく監視されているようだ。実際、調教師はある馬にそれまでとは異なる戦略を用いることを計画する場合、前もって裁決委員に通知しなければならず、馬券購入者にも周知される。
他国の裁決委員の中には、コモンウェルスカップ(G1)におけるインテリジェンスクロス(Intelligence Cross エイダン・オブライエン厩舎)の騎乗方法は認められないとする者もいるかもしれない。同馬は、僚馬カラヴァッジオ(Caravaggio)の最大のライバルとされ常に先行するハリーエンジェル(Harry Angel)のピッタリ後ろにつけて走っていた。
豪州の裁決委員会であれば、インテリジェンスクロスの主な意図は、自らが優勝するチャンスを最大限高めることだったのか、あるいは僚馬カラヴァッジオが勝つ確率を上げることだったのか尋ねただろう。これはどう控え目に見ても、もっともな質問だ。
この議論には確かに二面性がある。ペースメーカーが最初から最後まで先頭に立っていたこともある。ロイヤルアスコット開催自体がそのようなシーンを見られた場所であり、マルーフ(Maroof)とサモナー(Summoner)はそれぞれ、1994年と2001年のクイーンエリザベス2世S(G1)で、穴馬と見なされながらも優勝した。もっと最近では、2012年にカラ競馬場で、もう1頭のバリードイルのペースメーカーとともに楽々と先頭に立ったオッズ66-1(67倍)のウィンザーパレス(Windsor Palace エイダン・オブライエン厩舎)が、オッズ2-5(1.4倍)の僚馬セントニコラスアビー(St Nicholas Abbey)からG3勝利を奪い取った。
"全体的にペースがゆったりしたレースでは最終的に一番強い馬が勝つ"と主張することも全く可能だ。したがって、ダービーで1~2頭にペースメーカーの役割を担わせるバリードイルのやり方は、レースが荒れて番狂わせが生じるのを防ぐと、多くの人々は言うだろう。しかし同時に、大半の馬が正々堂々と戦っているのに、なぜ優秀な馬が他馬の援護を必要としなければならないのだろうか?トップクラスの競走馬なのに戦略的に万能ではないのだろうか?
全体的に見れば、現在ペースメーカーの利用を放任していることには満足できない。
馬が一目瞭然のペースメーカーとして出走し、自らが勝つチャンスを棒に振っている光景は、多くの観客にとって間違ったもののように見える。めったに競馬場に足を運ばない一般的なスポーツファンの1人は、クイーンアンSの後にまさにそう語っていた。ペースメーカーの馬券を買った賭事客(その多くがライトファン)は、現金をどぶに捨てたことにたびたび気付くだろう。そしてあっさりと騙されてしまったと感じるだろう。
競馬が生き残るチャンスは、賭事客の信頼に掛かっている。その競馬が、他の出走馬が勝つチャンスを高めることを主目的とするペースメーカーの出走を擁護することはできない。
容易に解釈できるルールはすでに施行規程にあるが、残念ながら、競馬場の役員はそれを適用していない。それ故、ルールに記されている要件に反して、トスカニーニ、ダッチアンクル、インテリジェンスクロスの関係者は、"何ら間違ったことをしていない"と正当化できるだろう。過去に多くの類似した事例があったのに何の措置も講じられてこなかったのであれば、どうして今さら競馬施行規程に急きょ違う解釈が必要となるのだろうか?
しかし競馬のより大きな利益のためには、これまでとは違う解釈が求められる。それ故、BHAは競馬施行規程、とりわけペースメーカーに対するスタンス、さらにはより幅広いチーム戦術の問題を再検討するべきである。現在の状態を続けることはできない。
By Lee Mottershead
[Racing Post 2017年6月25日「Ascot highlights show the use of pacemakers needs to be reviewed」]