欧州の主要セリ会社:アルカナ社(フランス)【生産】
不動産を購入する際、最も心惹かれるのは"ロケーション"である。サラブレッドを購買する際もそれが同じぐらい重要だとすれば、アルカナ社(Arqana)はとびきり魅力的なセリ開催地と言えるだろう。
アルカナ社は、フランス北西部の海岸沿いの洗練されたリゾート地ドーヴィルにある。ドーヴィルは、何マイルにもわたる砂浜、有名レストランの数々、素晴らしい一連のゴルフコースを誇る。同社の最も重要な1歳セールが開催される8月半ばには、誰もが足を運びたくなる場所である。
実際のところ、アルカナ社は最近とりわけ好調であるが、裕福な人々がリゾート地に落とすお金に頼っているわけではない。アルカナ社に匹敵する英国のタタソールズ社(Tattersalls)とアイルランドのゴフス社(Goffs)は昨年、2008年の不況のために損なった財政基盤をやっと取り戻した。一方で、アルカナ社はちょうど同じ時期に目を引くような増益を達成した。
アルカナ社の総売上げは、不況前の2007年には8,850万ユーロ(約115億500万円)だったが、2016年にはそれから46%増加して1億2,940万ユーロ(約168億2,200万円 プライベート取引を含む)となった。一方、タタソールズ社とゴフス社の総売上げは、同時期にそれぞれ8.5%と33%増加したが、ゴフス社の大幅増加には昨年11月のウィルデンシュタインステーブル(Wildenstein Stables)の処分セールの売上げが寄与している。
アルカナ社の売上げ増加は幸運な偶然によってもたらされたものではない。2000年代前半には安定した取引を行っていたにすぎなかったが、2006年に変貌を遂げたのだ。当時はアジャンスフランセーズ社(Agence Francaise)として知られており、その株主の中には持株を売却したがっている投資家がいた。
同時に、2001年にドーヴィル市長に選出された同社の会長兼CEOのフィリップ・オジエ(Philippe Augier)氏は政治のキャリアを積むことを望んでいた。そのときはちょうど変革の時であり、2006年春にアジャンスフランセーズ社とゴフスフランス社(Goffs France パリにあったゴフス社の子会社)の間で話し合いがもたれた。
統合前にゴフスフランス社を運営し、現在アルカナ社の会長を務めるエリック・オヨー(Eric Hoyeau)氏は、「統合に必要なすべての要素が1つに集まり、あっと言う間に現実のものとなりました。ゴフスフランス社は主に障害競走馬と調教馬のセリを開催し、アジャンスフランセーズ社の最も重要なセールは1歳馬と繁殖馬のセリでした。2社が統合するのは道理に適っていました」と語った。
新しい投資家をもたらしたこの統合は、新会社の再編とブランド再構築を促進した。ゴフス社の株を40%所有していたアガ・カーン殿下は、統合後に新会社の同一割合の株を正規に手に入れ、その後2010年にゴフス社からさらに28%購買し、新会社の持株比率は50%を上回った。
アルカナ社の他の25%の株は、美術品のオークションハウスであるアールキュリアル社(Artcurial)の所有会社の株主が持つ。アールキュリアル社の主要出資者は、フランスで航空機、新聞社、テクノロジー、ワイナリーに多額投資を行うことで有名なダッソーファミリー(Dassault Family)である。また、ゴフス社は依然として5%の株を所有しており、残りの株は個々の生産者やアルカナ社の経営陣に分配されている。
アルカナ社はすぐに改編を実施した。最も売上げの多い8月1歳セールの上場馬を一層厳選して合理化を図り、上場できなかった馬は次の10月1歳セールに送られた。これにより、10月1歳セールも売上げを伸ばした。また同社のトレーニングセールは、欧州中で同様のものが開催されているにもかからず、それらに引けを取らないほど繁盛している。今年5月には、米国を拠点とする2人のコンサイナー(上場人)が初めてこのセリで馬を販売した。
もちろんこの成果は、アルカナ社の有能な経営陣によるものだが、これらの売上増加の背景には、ますます繁栄するフランス生産界の存在がある。
オヨー氏はこう語った。「過去20年間にわたってフランス生産界の景気が回復してきています。サラブレッド経済が順調であることは、フランス全体にとって大変喜ばしいことであり、馬産業に信頼をもたらします」。
フランスの生産者は景気が回復するまでは、有望な種牡馬を売却し、優良繁殖牝馬を主に米国などの外国で繋養した。ヘッド家(Heads)、ヴェルテメール兄弟(Wertheimers)、ニアルコスファミリー(Niarchos family)、ムーサック家(de Moussacs)、シャンビュール家(de Chambures)のような傑出した生産者たちは、ケンタッキー州の生産者たちと強い提携関係を築いた。
驚くほどのことではないが、ケンタッキーに牧場を持つ生産者もいた。1980年代に遡れば、ケンタッキー州の名門牧場は欧州で活躍した馬を種牡馬として供用していた。ウォルマック牧場(Walmac)はベーリング(Bering)とヌレイエフ(Nureyev)、ゲインズウェイ牧場(Gainesway)はブラッシンググルーム(Blushing Groom)、アイリッシュリバー(Irish River)、リファール(Lyphard)、リヴァーマン(Riverman)、トランポリーノ(Trempolino)、レーンズエンド牧場(Lane's End)はキングマンボ(Kingmambo)といった具合である。これらは皆、フランスの戦後最強馬とされた馬だが、種牡馬としてのキャリアを築くためにフランスに留まらなかった。
この大量出国の理由の1つは、フランスにおいてシンジケートが所有する種牡馬に課される不利な税制であったが、後にその税制は見直された。その結果、フランスで供用される種牡馬の質はたちまち改善された。6年前、イルーシヴシティ(Elusive City)はフランス最高の種付料1万5,000ユーロ(約195万円)で供用されていたが、今では多数の種牡馬がもっと高い種付料で供用されている。
その中には、今年の種付料が6万ユーロ(約780万円)のルアーヴル(Le Havre)、4万5,000ユーロ(約585万円)のシユニ(Siyouni)などがいる。アガ・カーン殿下は豪州の優良種牡馬リダウツチョイス(Redoute's Choice)をフランスに呼び寄せ、2013年から2年間、種付料7万ユーロ(約910万円)で供用した。
オヨー氏はこう語った。「状況はがらりと変わりました。以前はまるで、1980年代半ばにダーレーが優良種牡馬グループを供用し始める前の英国のようでした。これは励みとなりますが、フランスにはこれまでそのような優良種牡馬グループがいたことはありませんでした」。
「現在、フランスの生産界にはアガ・カーン殿下がいて、優良種牡馬が揃うエトレアム牧場(Haras d'Etreham)、ルアーヴルやラジサマン[Rajsaman 今年の仏2000ギニー(G1)優勝馬ブラムト(Brametot)の父]を供用するコーヴィニエール牧場(Haras de la Cauviniere)があります。それにブクト牧場(Haras de Bouquetot)も注目されています」[訳注:ブラムトはその後、仏ダービー(G1)も制した]。
ブクト牧場はカタールのジョアン殿下が所有する。5年前に馬主となった同殿下は、所有馬にアルシャカブレーシング社(Al Shaqab Racing)の勝負服を背負わせ、数頭がG1を制している。その中にはムシャウィッシュ(Mshawish)や米国のサンディーヴァ(Sandiva)がいる。他の多くの中東の権力者とは違い、ジョアン殿下は欧州の生産拠点をフランスに置いている。ブクト牧場には、2月から種付料2万7,500ユーロ(約358万円)で供用されているシャラー(Shalaa)など、すでに5頭の種牡馬がいる。
このような状況の変化は、生産者たちに良質の繁殖牝馬をフランスに留めるように促している。そして、それらの産駒が上場されたときには、アルカナ社が恩恵を受けることになる。オヨー氏は、「フランスの生産者たちは今、素晴らしいチャンスに恵まれています。フランスでも馬がよく売れると確信できるのは、彼らにとって重要なことだと思います」と語った。
同氏はこう続けた。「繁殖牝馬の質が明らかに向上しているのを目の当たりにしています。モンソー牧場(Haras de Monceaux)のマネージャーであるグザヴィエ・ボゾ(Xavier Bozo)氏は、アルカナ社の最大のサポーターの一人であり、他のコンサイナーたちに我々のセリに参加するよう勧めてきました。今や8月1歳セールは大変堅調であり、もはや国内の購買者に向けたセリというよりも、国際的なものになっています」。
フランスのトップレベルの競走は、英国やアイルランドと同様に、各国から集まった馬主の小集団を中心に展開する。しかしセリの環境は、ほとんど表裏一体として見られる英国やアイルランドとは全く異なる。英国とアイルランドは島国である一方、フランスは欧州本土の国である。フランスはそれほど多くはないが重要な取引を、隣国であるベルギー、ドイツ、イタリア、スペインと行っている。これらの国のトップレベル競走馬はしばしば、フランスの競馬場で優良馬を相手に自らの力量を示そうと奮闘する。
しかしフランス国内の場合、大きく異なる点はフランス独特の馬主および生産者に対する報奨金スキームである。このスキームは、フランス産馬やプログラムに該当する馬の馬主に報奨を提供する。フランスの優勝賞金は、平均的には英国やアイルランドよりも高額であるが、このスキームはさらに多くの金額を上乗せする。
生産者プログラムだけでも1年間で追加的に3,000万ユーロ(約39億円)の報奨金を提供している。フランス産馬でG1競走を制した馬主は、追加的に優勝賞金の80%を獲得できる程である。言うまでもないが、これはフランスの馬主がフランスで若馬を購買する最高のインセンティブとなる。
オヨー氏はこう認めた。「馬を所有するにあたって賞金は鍵となり、報奨金も重要な役割を担っています。これは人々にフランス産馬の購買を促すだけでなく、フランスで馬を生産することも促します」。
この10年間にフランスで見られた英国・アイルランドと異なる点は、馬の販売に関して、より安定した状況にあったことである。フランスはサラブレッドを大量に生産しないので、不況の間に英国とアイルランドの生産者を苦しめた生産過剰の問題に直面していない。
アルカナ社の生産担当部長であるフレディ・パウエル(Freddy Powell)氏はこう語った。「英国とアイルランドでは、市況が良くなれば生産頭数が増加し、市況が悪くなれば誰もが生産をやめます。それはフランスでは生じていない問題をもたらします」。
「英国とアイルランドでは、生産者はセリによって収入を得ているので、どうしても商業的な視点にとらわれてしまいます。フランスにもその傾向はありますが、ここでは良質馬を生産することも重要です。賞金と報奨金があることで、私たちは市場の変動に簡単には惑わされません」。
11年前のアルカナ社の設立以来、同社の運営はより安定してきている。以前は"非厳選馬"が8月1歳セールに上場していたが、今ではそれらの馬は10月1歳セールに回される。昨年の8月1歳セールの売上げは4,060万ユーロ(約52億7,800万円)に上った。そして、10月1歳セールでは昨年1,940万ユーロ(約25億2,200万円)を売り上げ、同社の1年間で3番目に販売額の多いセリとなった。
オヨー氏は、「1歳セリを2段階に分けたことで、上手く機能しています。10月1歳セールにも外国人購買者が来ますが、望んでいるものをどこで手に入れられるかを顧客がきちんと認識していることが重要です」と断言した。
アルカナ社は若い障害競走馬やトロッターのセリも開催しており、いずれも利益を上げている。
オヨー氏にとって、顧客サービスは中心的課題である。同氏はアルカナ社については明確なビジョンを持っているが、とりわけ競馬を運営するフランスギャロ(France Galop)のようなフランス競馬界の他の分野も、同じ考えを持ってもらうように期待している。オヨー氏のモットーは"質"である。それは、馬の生産においても、馬主を迎える施設においても当てはまる。後者においては、同氏のアルカナ社設立における提案の1つに、ドーヴィルのセリ場の全面改装があった。
オヨー氏はこう語った。「フランスで馬主になることの素晴らしさを伝えなければなりません。フランスでは競馬は人気があり、賞金が足りなくなることはなく、美しい競馬場があります。家族向けの多くのイベントが用意され、人気があるのは確かです。しかし、それでもさらに改善すべきことがあります」。
細部にこだわる同氏はこう語った。「顧客に質の高いサービスを提供することが、特に重要です。競馬の全体的な向上を目標にして皆に競馬ビジネスに関わるように促すのであれば、まず私たちが質の高いサービスを提供しなければなりません」。
「ロンシャン競馬場(フランスで最も重要な競馬場で、2015年10月から改修工事を行っている。2018年に再オープン予定)の工事が完了すれば、馬主を迎えるために重点的に取り組むことになるでしょう。そのために、質の高いマーケティングも必要となるでしょう」。
オヨー氏はその点ではほとんど疑念を抱いていない。アルカナ社の設立に際し、同氏はアジャンスフランセーズ社に入ったばかりのオリヴィエ・ドロワ(Olivier Delloye)氏と一緒に取り組んだ。ドロワ氏は鋭い営業戦略を持ち、それによりフランスギャロに引き抜かれて営業部門のトップに立っている。
ドロワ氏は2006年にアルカナ社をスタートさせたチームにおいて中心的存在であった。その頃の勢いはオヨー氏の指導の下、今も保たれたままである。
By Julian Muscat
(1ユーロ=約130円)
[The Blood-Horse 2017年6月10日「ARQANA'S ADVANCE-French sale company's revival is no accident」]