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2017年08月20日  - No.8 - 2

欧州の主要セリ会社:ゴフス社(アイルランド)【生産】


 昔から"馬と言えばアイルランド"なので、アイルランド最古の馬のセリ会社が英国よりも100年遅れて創設されたことには少々驚かされる。しかしロバート・J・ゴフ(Robert J. Goff)氏が当時の競馬統轄機関ターフクラブ(Turf Club)の公式競売人に指名された1866年においては、アイルランドを取り巻く状況は現在と全く異なっていた。

 サラブレッド専門のセリ会社が不在だったため、アイルランドの生産者は、とりわけ1766年に創設されたタタソールズ社(Tattersalls)をはじめとする英国のセリ会社との繋がりを深めた。ゴフス社(Goffs)は今でこそ有名企業となっているが、タタソールズ社の競争相手として地歩を固めるために、ただならぬ努力を行ってきた。

 そもそも、ゴフ氏がそのような状況を予測していたかどうかは疑わしい。同氏は、ロイヤルダブリンソサエティ(Royal Dublin Society)の6馬房とその場しのぎのパレードリングで馬の販売を開始した。しかし、このようなささやかな始まりにもかかわらず、2016年に創業150周年を迎えたゴフス社は、1億7,000万ユーロ(約221億円)以上の売上げを記録するほど繁栄している。

 この額には、ウィルデンシュタイン家(Wildenstein)の所有馬の処分セールの売上げが大きく反映されている。その中でもとりわけ優良な馬は、ピーター・ブラント(Peter Brant)氏のホワイトバーチファーム(White Birch Farm)により購買された。それでも、ゴフス社が欧州で最も洗練された血統を含む処分セールを開催したことには、大きな称賛が寄せられた。

 ゴフス社は、このウィルデンシュタイン家の処分セールの3年前に、もう1つの注目の処分セールを開催した。豪州人オーナーブリーダーのポール・メイキン(Paul Makin)氏の優良所有馬が上場されるポーリン社(Paulyn)処分セールの開催権を、入札で勝ち取ったのである。

 ゴフス社のCEOヘンリー・ビービー(Henry Beeby)氏(51歳)は、「私たちが開催権を勝ち取ることには、オッズ34倍がつけられており、全くの伏兵でした」と当時を振り返った。

 そして、「ポーリン社処分セールの担当会社としてゴフス社が指名された時は、結構驚かれたかと思います。弊社がトップに立てることを示さなければならなかったので、これら2つの処分セールの開催権を獲得したことは、大きな功績となりました」と語った。

 生来の楽天家で仕事しか頭にないビービー氏は、以前はドンカスターブラッドストックセールス社(Doncaster Bloodstock Sales:DBS)で社長を務めていた。2007年にDBSとゴフス社が合併した時に、ゴフス社に加わり、この10年間同社の舵取りを行っている。

 多くの点で、この合併はしっくり行った。ゴフス社が事業を英国まで拡大することに意欲的である一方、DBSの株主は好調な経済の波に乗っていたアイルランドに足場を固めつつあった。少なくとも、当時を振り返ればそのような状況だったことは確かだ。

 しかしゴフス社は合併の1年後、英国のタタソールズ社やフランスのアルカナ社(Arqana)よりもずっと深刻な世界金融危機の影響を受けた。巨額の海外投資が拍車をかけ、驚くべき急成長を遂げた建築業は、回収不能金という傷跡を残して、瞬く間に崩壊した。アイルランドの窮状は、多くの名門銀行が破綻寸前となっていたことで、一層深刻化した。まさに失意の時代だった。

 ビービー氏はこう語った。「ゴフス社の売上げはぞっとするくらい激減しました。その後は力強く回復しましたが、その頃の記憶はしばらく付きまとうでしょう。DBSの株主に対して合併を勧めた理由の1つに、アイルランドが当時"ケルトの虎"と呼ばれ、経済が急成長していたことがありました」。

 その騒然とした時期において、ゴフス社の2008年の年間売上げは前年の1億2,700万ユーロ(約165億1,000万円)から44.1%にあたる5,600万ユーロ(約72億8,000万円)以上が減少した。これは同社のセリ開催日数にすぐに反映された。セリ開催日数は2008年には26日だったが、2009年には18日となり、セリカタログに掲載された頭数は30%減少した。

 結果として、ゴフス社の年間売上げは減少し続けた。2010年の年間売上げは4,570万ユーロ(約59億4,100万円)にまで減少し、不良債権額は570万ユーロ(約7億4,100万円)、損失額は600万ユーロ(約7億8,000万円)に上った。ゴフス社は帳尻を合わせるために、保有していたアルカナ社の33%の株のうち5%を残してすべて売却した。

 アガ・カーン殿下がアルカナ社の持株の割合を50%に近づけるためにその株を取得した。アガ・カーン殿下はゴフス社の主要株主でもある。ゴフス社の株は、アガ・カーン殿下が40%、ヘフナーファミリー(Haefner family)のモイグレアスタッド(Moyglare Stud)が20%、カリド・アブドゥラ殿下が4%を所有し、残りは500人以上の個人株主に所有されている。

 ゴフス社は2010年に最悪の状態を経験したが、その後、回復して活気を取り戻し、格上の強豪タタソールズ社に立ち向かおうとしている。

 ビービー氏はこう語った。「まさに正念場でした。今では躊躇することなく、ゴフス社とDBSにとって良い結果をもたらしたと言えます。私たちはそれ以来、驚くべき成長を果たすことができました。そして弊社は、業界リーダーにとって、一層活力のある手強い競争相手になりつつあります」。

 "業界リーダー"とはタタソールズ社のことと思われる。アイルランド生産界は英国生産界よりも規模が大きい。アイルランドは年間生産頭数が英国よりも多く、アイルランド経済にとって馬生産界は不可欠である。ビービー氏はこう説明する。「英国のどのセリ会社も、アイルランドの売り手(コンサイナー)を失えば苦境に陥るでしょう。現在ゴフスUK社として運営されるDBSにおいて、2歳トレーニングセールの売り手の90%、プレミア1歳セールの売り手の50%がアイルランド人です」。

 アイルランドの生産者は英国の生産者に対して優位にある。しかし、欧州のセリのマーケットシェアは、タタソールズ社の48%に対し、ゴフス社は26%である。ビービー氏はゴフス社のCEO就任直後に、アイルランドの生産者と売り手がタタソールズ社をそのようにひいきし続ける理由を明らかにするために、市場調査を基にした報告書の作成を依頼した。

 その報告書には、数十年間で構築されたタタソールズ社へのロイヤリティーについて記されていた。ビービー氏は、このロイヤリティーこそがタタソールズ社のビジネスを強固にしていることを認めた。同氏は、「私たちは50人の顧客に焦点を合わせ、そのうち25人に匿名で質問する調査員を雇いました」と当時を振り返った。

 そしてこう続けた。「私たちが投げかけた質問の1つは、『なぜタタソールズ社に馬を上場したいのですか?』というものです。これに対して顧客の1人は、『ゴフス社に馬を上場して思ったほど良い価格が付かないとすれば、タタソールズ社に上場すれば良かったと考えるでしょう。しかし、もし最高の馬をタタソールズ社に上場して思っていたほど良い価格が付かなくても、少なくとも最善は尽くしたと考えるでしょう』と答えました。それは私たちが叩き壊さなければならない顧客の根深い思い込みでした」。

 ビービー氏は、"鶏が先か、卵が先か"という状態にあることをすぐさま理解した。同氏はゴフス社が最も魅力的な馬に最高の価格を付けることができると確信していたが、それを証明する立場にはなかった。アイルランドの優秀な調教師で生産者のジム・ボルジャー(Jim Bolger)氏への電話は、ビービー氏がどれだけ窮地に陥っていたかを示している。

 2009年12月、ボルジャー調教師は自ら管理したトップクラスの牝馬ラッシュラッシーズ(Lush Lashes)をニューマーケットのタタソールズ社のセリで上場した。この牝馬は180万ギニー(約2億6,460万円)で落札されたが、この出来事がビービー氏を難問に取り組む気にさせた。

 ビービー氏はこう語った。「ジムに電話して、ラッシュラッシーズのような馬をゴフス社のセリに上場してもらうためには、私たちは何をすれば良いのか尋ねました。ジムは『高額で落札されるようにしなければならない』と答えたので、私は『馬が上場されないかぎり、それはできない』と言いました」。

 「そして2011年になって、ようやくジムが電話してきて、『チャンスを与えたい』と言いました。そして、自ら管理し重賞を数回制した牝馬バニンパイア(Banimpire)を販売するように依頼してきました。さらに、シーザスターズ(Sea The Stars)の初年度産駒のうち2頭を私たちのもとに送り込みました。彼は『チャンスを与えたい』と繰り返しました」。

 「バニンパイアは230万ユーロ(約2億9,900万円)で落札されました[この価格はその年の現役引退牝馬の欧州最高価格。後にバニンパイアの仔馬は、85万ユーロ(約1億1,050万円)と80万ユーロ(約1億400万円)で落札される]。今になってみれば、それは本当の突破口でした。私たちはその頃、不況から抜け出した頃で、非常に難しい時期を迎えていました」。

 ゴフス社は新機軸を試すことを恐れなかった。元社長のジョナサン・アーウィン(Jonathan Irwin)氏は1988年、ゴフス社のプレミア1歳セールの出身馬を対象に総賞金100万愛ポンドのレースを設けるという"100万コンセプト"を欧州に導入した。このコンセプトは、ライバルたちにもすぐに採用された。

 さらに2014年には、ウィリアム王子とキャサリン王妃の住まいであるケンジントン宮殿の敷地内で、ゴフス社ロンドンセールを開始した。ロイヤルアスコット開催前日に行われるこのセリには、同開催に出走登録されている馬も上場される。

 実際、第1回ロンドンセールではゴフス社のほぼすべての野望が達成された。ファハド殿下のカタールレーシング社(Qatar Racing Limited)はこのセリでカッペラサンセヴェロ(Cappella Sansevero)を130万ポンド(約1億8,200万円)で購買し、同馬はその48時間後にコヴェントリーS(G2)でザウォウシグナル(The Wow Signal)の2着に健闘した。

 この"混合"セールはすぐにロイヤルアスコット開催前の注目イベントとして定着した。ロンドンセールは新規性を重視する。2014年のロンドンセールではフランケルの最初の産駒が上場された。また昨年の同セールでは、傑出馬ゴールデンホーン(Golden Horn)の仔を受胎した牝馬が初めて上場された。

 ロンドンセールにはもう1つの歓迎すべき副次効果がある。ビービー氏はこう語った。「ロンドンセールは私たちに多くのことをもたらします。このセリはわずかな利益しか見込めませんが、ゴフス社の見解では、英国最大の競馬開催前日に開催することで、英国南部でも国際レベルでも、ブランド認識を高めることができます。これは重要なことです」。

 そしてこう続けた。「私たちにとって貴重なセールです。ゴフス社のセリに参加したことのないロンドンの人々と関わり合うことで、門戸が開かれました。数人の豪州の購買者はロンドンセールだけでなく、アイルランドで開催されるオービーセール(Orby Sales ゴフス社の看板1歳セール)にも参加しました。ゴフス社は今や、彼らの念頭に置かれているのです」。

 「ロンドンセールは、私たちが望んでいる全てのことを達成してきました。この3年間は毎年、欧州最高価格の現役馬を販売しています。さらに、数名の素晴らしいパートナーに協力してもらって、ロンドンセールを拡大させることを計画しています」。

 ゴフス社はその後、9月の愛チャンピオンズウィークエンドの前日と、4月のグランドナショナル(エイントリー競馬場)の前に、小規模だが厳選されたセールの日程を追加した。

 ビービー氏の長期的な主たる野望は、ゴフス社のマーケットシェアを拡大することである。同社は近年、欧州外から購買者を勧誘するために、各地域にエージェントを指名した。豪州はマーク・プレイヤー(Mark Player)氏、日本は木村孝也氏、南米はフアン・パブロ・サリヴァン(Juan Pablo Sullivan)氏、米国はゲートウッド・ベル(Gatewood Bell)氏である。これにより、ゴフス社のセリに国際的な色彩が加えられた。

 ビービー氏はこう語った。「昨年のオービー1歳セールには、これまでにないほど世界各地から大勢の購買者が集まりました。少なくとも他の欧州の主要セリに引けは取りませんでした」。

 「5年~6年前は、オービーセールに層の厚い購買者が集まっているかどうかが課題でした。現在の関心事は、25万ユーロ(約3,250万円)以上のもっと厳選された1歳馬が必要ではないかということです。セリには多くの人々が来ているのに、顧客の注文に応えられていません。最高の馬を送りこんでもらうようにアイルランドの生産者を説得することが、私たちのこれからの挑戦です」。

 欧州のセリはますます洗練されたものになっている。セリの水準がどのようなものであれ、ビービー氏は質の高い馬を上場することが使命だと信じている。

 同氏はこう続けた。「私たちはいつも弊社のセリに目を光らせています。あらゆる水準のセリを提供していますが、すべての水準のセリで比較的高い質を保てるようにセリを区分しています」。

 「これは大きな挑戦であり、私たちはセレクトセールの質を厳しく監視し続けるでしょう。それにより、海外からはるばる来てくださった人々に、一貫して質の高い馬を提供できます。購買が難しい桁違いの高額商品であったり、商品に魅力が感じられないために、購買者の期待に沿えないのであれば意味がありません」。

 ビービー氏はそれと並行して、タタソールズ社の支配的な地位を徐々に崩していくことを目指して、新たなチャンスを模索し続けるだろう。同氏はゴフス社のライバルがかなり手ごわいことを認めるが、不屈の精神を持ち続けている。

 ビービー氏はこう付言した。「ゴフス社のスタッフ全員と同様に、私は生産者と話すときは極めて明確であるよう心がけています。私たちは彼らに『タタソールズ社に生産馬を上場するのにはもっともな理由があります。望むのであれば、あちらで上場すればよろしいでしょうが、ゴフス社も同じぐらい素晴らしい会社です』と言っています。私はゴフス社が世界中のどのようなセリ会社にも引けを取らないと確信しています」。

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By Julian Muscat

(1ユーロ=約130円、1ポンド=約140円)

[The Blood-Horse 2017年6月24日「GOFFS' STOCK IS RISING」]


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