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2018年03月20日  - No.3 - 3

落馬はどのような痛みを伴うか?(イギリス)【その他】


 毎日職場に行って、いつ何時椅子がひっくり返り、カーペットに時速およそ56 kmで叩きつけられるかもしれないという状況を想像してみて下さい。それでもそこで働き続けますか?おそらく、もうごめんでしょう。しかしそれこそ、騎手がパドックで足上げをしてもらっているときにいつも直面している現実である。

 実際のところ、平均的な障害騎手の落馬の頻度は騎乗15回当たり1回であるようだ。平地騎手の場合は騎乗265回当たり1回で、その頻度は低くなる。しかし平地の場合、より速度が出ている中で落馬は発生し、大体の場合もっと固い地面に叩きつけられることになる。

 競馬において落馬は日常茶飯事だ。私たちは馬と騎手が怪我をしていないか心配するか、馬券が外れて悔しい思いをするかである。しかし、騎手が落馬によって感じる痛みはどのようなものか想像する者はどれぐらいいるだろうか? 20回リーディングジョッキーに輝いたサー・アンソニー・マッコイ元騎手に聞いてみよう。

 華々しいキャリアにおいて、ある程度の落馬を経験してきたマッコイ元騎手はこう語った。「落馬には慣れてしまいます。スタートしたときにはそのような考えはなく、意図しているわけではありません。しかし、落馬は起こりうることだと意識して、"落馬するかもしない。痛い思いをするだろうが、受け入れよう"と考えなければなりません。痛みを和らげるためにできることはしますが、痛みはこの職業の一部です」。

 頑強な体を持ち勝利に貪欲なことで知られる男は、もちろんそう言うだろうが、騎手ではない私たちはそのようなことは言えない。しかし、現役騎手はこれに賛同する。

 アイルランドのリーディングタイトルを獲得したことのあるポール・タウネンド(Paul Townend)騎手はこう語った。「適切なストライド(完歩)で障害を飛越していなければすぐに気付きます。それでも一瞬で落馬して本能が働き、地面にうずくまって、何が起こったか理解する前に終わっています。他馬が走り去って静かになるのを2秒ほど待ちます。地面に横たわり、体のあらゆる部分を揺すって、どこが痛むか確かめようとします。それに慣れてしまっています」。

 騎手たちは落馬に慣れているだけではなく、それを忘れることができる。立てるようなら立ち上がり、体のホコリを払い、その出来事を記憶から消してしまう。

 タウネンド騎手はこう続けた。「毎回、異なるレースで異なる馬に乗ります。すぐに過ぎ去ってしまいます。次のレースのために気持ちを切り替えなければなりません。それでも、落馬して上達することは確かです。小さくうずくまって素早く行動しなければなりませんが、何が起こったか理解する前に本当に全部終わっているのです」。

 騎手からコーチに転向したロディ・グリーン(Rodi Greene)氏はこう語った。「全体的なイメージは、自分の体をボールの中に押し込んでしまうことです。まず首を守ってください。そして寝返りを打ちます。その行動を素早く行えば、あとは本能に頼ってください。このような状況で明らかに重要なのは、本能と自己防衛反応です」。

 騎手協会(Professional Jockey Association)のCEOデール・ギブソン(Dale Gibson)氏はこう語った。「現役のときに、反応時間(訳注:刺激に対して反応するまでの時間)を調べる研究に協力しました。騎手の平均反応時間は0.33秒です。それに対し、運転手の平均的な反応時間は0.99秒です。私たち騎手は大多数の人々よりも、そして他の大多数のプロのスポーツマンよりもずっと素早く反応します」。

 しかし、その反応時間は平地競走においてはもっと重要な意味を持つだろう。

 ギブソン氏は、「落馬はコンマ数秒の出来事です。もし時速56kmで地面に叩きつけられたら、自己防衛のためにほんのわずかなことしかできません。なぜなら、他馬にも地面にもかなり接近しているからです。精いっぱい自分を守るために努めるだけです」と述べた。

 しかし、騎手とりわけ障害騎手にとって落馬は不可避なので、騎手はありふれた落馬に素早く安全に対応する経験をすぐに積むことができる。しかし、尋常ではない落馬事故に遭遇したときはどうだろう?

 グリーン氏はこう語った。「落馬は望ましくない経験ですが、騎手は全員起こりうることとして意識しています。落馬なしで14回、15回、さらには25回と騎乗していると、"もうすぐだ"と考え始めます。そしてとてもソフトな落ち方をしたのであれば"しめたもの"です。なぜなら、"これで済んだ。しばらくは落ちないでいられる"と思えるからです」。

 「しかし、私の最後の落馬は生涯最後の落馬となってしまいました。一度に2回地面に体を打ちつけたのです」とグリーン氏は自身の騎手生活を終わらせた出来事について話した。

 「初めに何が起こったかを脳は察知していましたが、膝が地面を打ち、体は空中で回転しました。脳は"何が起こっているのだ?"と考えていました。態勢が整っていなかったのです。それで、首から地面に落ち、脊椎を損傷し、危うく不随となるところでした」。

 残念ながら騎手が騎乗する上で、怪我は大小問わずごく当たり前のリスクである。幸いなことに、最も一般的な怪我は血腫や打撲などの軟部組織損傷であり、骨折しやすい箇所は鎖骨や肩である。脳震盪ももう1つのリスクである。2012年のスポーツ脳震盪コンセンサス会議(Concussion Consensus Conference)の統計は、競馬における脳震盪の発症率が最も高いことを示していた。それは、ボクシング、豪州フットボール、アイスホッケー、ラグビー、サッカー、アメリカンフットボールを上回っていた。競馬では、馬場状態・障害の種類・スピードなど多くの要素によって、さまざまな怪我を引き起こす。

 「オールウェザーの上では、滑りにくく人は身動きをとれません。芝の上では体を滑らすことができ、トラブルから免れられることも多いのです」とギブソン氏は語った。

 またオールウェザーにはもう1つの問題がある。それは、落馬しても痛みを感じないことがあることである。

 マッコイ元騎手はこう語った。「落馬したときは大体うまく対応できます。厄介なのは、落馬自体ではなく、20頭立てのハードル戦で落馬して後ろから19頭が走ってくることが分かっているときに何が起こるかということです。そのような状況ではどうすることもできません。何かに踏みつけられますが、このときには怪我をするかどうかではなく、怪我の程度はどれぐらいになるかが問題なのです。できるだけ怪我をしないような落ち方はできますし、他にもやりたいことはできます。しかし、それ以上は何もできず、最悪な気持ちにさせられます」。

By Katherine Fidler

「Racing Post 2018年2月13日「Racing Revealed―The facts behind the sport's unanswered questions」]


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