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2018年07月20日  - No.7 - 3

馬の健康・福祉に関するよくある質問(イギリス)【獣医・診療】


馬は鞭で打たれてどのように感じているのでしょうか? 痛みを伴うのでしょうか?

 馬は逃走動物です。つまり、危険・脅威・ストレスから逃げる本能が発達しています。現代のサラブレッドは、捕食動物の脅威にさらされることはほぼありませんが、長きにわたる選抜生産によって逃走反応が著しく高まっています。しかし依然として、鞭が馬体に接触し音が鳴るという合図がなければ、逃走反応を示しません。

 批判者は、現代的なクッション材の入った鞭でさえも馬に痛みをもたらし、疲労しているときに全速力で襲歩をさせることで馬を危険にさらすと言うでしょう。一方で擁護派は、鞭を使用しても痛みを伴わず 、競走中は馬にエネルギーを与え、疲労を感じにくくさせ、怪我をさせにくくすると言います。

 BHA(英国競馬統轄機構)の元馬科学・福祉担当理事のティム・モリス(Tim Morris)氏は、2011年にこう述べました。「BHAは、競走中のアドレナリンが出ている特殊な状況において、馬へ鞭を入れることの効果について動物福祉科学の面から詳しく考察しました」。

 「そこで私たちが見出したのは、馬は生理的・精神的興奮が高まった状態にあるとき、厳格なルールの下で衝撃吸収型鞭を使用されても痛みを感じないということです。スポーツ科学ではしばしば、"スポーツ選手の無痛覚症"という言葉が用いられます。すなわち、鞭は競走中に馬を刺激するが、適切に使用されていれば痛みや苦しみを与えないということです」。

現役競走馬は、出走せず調教も受けていなければどうなりますか?1日中馬房に入れておくと気が変になりませんか?

 「馬房の中で気が変になりそうな馬を見つけたいと言うのであれば、週日いつでも私たちの厩舎にいらしてください。実際には、厩舎を初めて訪れる人のほとんどは、馬がとても落着いて幸せそうにしていることに驚きます。これらの馬は馬房に入れられることに慣れています。私たちは馬が快適に暮らせるようにさまざまな手法を用いていますし、刺激を与える方法も心得ており、他の馬とも仲良くさせています。しばしば隣り合う馬房の馬が窓越しに顔を見合わせています」。

 「馬房の外で長時間を過ごすことを好む馬もいて、私たちはそのような馬にも対応します。ただ、一日の大半を馬房で過ごすことに満足している馬がほとんどです。外に出されても囲い放牧地でわずかな時間を過ごした後に馬房に入りたがる馬がいるほどです。馬は一日中外にいるべきだという考え方もありますが、多くの馬は厄介な天候(冬の冷たい雨・ハエの多い暑い夏)を免れて、干し草ネットがぶら下がり13食が与えられる馬房で過ごすことに満足しています」。

 「これらの馬が年がら年中レースに出走しているわけではないことも、忘れてはなりません。大半の馬はある時点で、そこそこ長い期間放牧に出されます。そして望むのであれば、一日の大半を外で過ごすことができます。私たちの馬は、牡馬以外、毎年2ヵ月~3ヵ月を群れで四六時中過ごします。牡馬には放牧に出す際に、単独で外で過ごす機会を十分に与えます」。

[回答者: ジム・ボイル(Jim Boyle)氏(調教師・獣医師)]

馬に血管破裂が生じるとき、何が起こっているのでしょうか?痛みを伴いますか?

 「馬が襲歩するときには毎回わずかな血管破裂が起こっていると、私たちは信じ込まされています。しかし、私たちが実際に見てきた血管破裂は、かなり太い血管が破れたために鼻孔から大量の出血を生じさせる血管破裂です」。

 「ある学派は、"硬い地面に着地するときに肢が受けた衝撃が肺まで伝わることにより、血管壁が損傷する"と述べています。空気を吐いたり吸い込んだりする際の陽圧・陰圧により、気道に圧力がかかり損傷を引き起こします。馬は一度運動性肺出血(EIPH)を発症すると、その後再発しやすくなります。なぜなら、一度損傷を受けた箇所の柔軟性は低いので、さらに広範囲の破裂を引き起こす可能性が高まるからです」。

 「微量の出血は、全くと言って良いほど不快感を生じさせないようです。しかし、馬をただちに停止させなければならないほどの悪性の出血が生じた場合、馬は何が何だか分からぬうちに肺部が血液で充満していくという、極めて恐ろしい経験をするに違いありません。そして、出血した馬は起こったことを記憶に焼き付けてしまい、激しい運動をすることをとても怖がるようになるでしょう」。

[回答者: ジェームズ・ギヴン(James Given)氏(調教師・獣医師)]


馬はどのように馴致されますか?

 「"馴致する(breaking in)"は誤解を生む言葉だと思います(訳注:"breaking in"には"力づくで押し入る"という意味もある)。この言葉は、人々がその過程について馬に何か無理強いしているような印象を抱く原因となっています。しかし実際には、それは現実を反映したものではありません。 "馴致は馬の精神を鍛える過程だ"と言う人もいますが、経験から言えば、それは全く正しくありません。私たちは別の場所に調教場を持っていて、そこで妻が若馬を馴致しています。私たちにとって馴致とは、馬と一緒になって取り組み、時間を掛け、すべてを少しずつこなし、人に扱われること・ハミなどの馬具・今後起こることにゆっくりと慣れさせる過程です」。

 「私たちは放牧地の中や外に導くために、馬がまだ幼い時期からハミを付けています。ハミを付けられるようになったら、今度は腹帯(馬の胴回りを結ぶパッド付ストラップ)をつけ、そしてその他の馬具一式をつけていきます。一度に手当たり次第に馬具をつけていくようなことはしません」。

 「10日ほどですぐに覚えてしまう馬もいますが(もっと早くできるかもしれませんが、時間を掛けて覚えさせるようにしています)、指示を理解するのに時間を要する馬もいて、数週間かかることもあります。しかし、最後までできない落ちこぼれの馬を出したことはありません。スムーズに馬装でき、分別のある態度で冷静に人を乗せられるようにすることを目標としています。その後、数週間は訓練を休ませてから、私たちの主要調教場に移動させて本格的な調教を積ませます」。

 「ハミを用いるのは、方向変換とスピード制御を容易にするためであり、残酷だと見なされることは決して行いません。馴致の過程において何かを無理強いすることはありません。なぜなら、体重が500kgほどもある馬に嫌がることをさせようとしても出来ないということが分かるからです。さらに、馬が人間に敬意を持って接するようにしなければなりません。馬が騎乗者や地上にいる人々にとって危険な存在であってはなりません。そして、私たちは野生の馬群に見られるような自然な行動を基に、ホースマンシップ(訳注:調教者と馬が信頼関係を構築し、無理なく馬を馴致・調教していく方法)でそれを達成します」。

[回答者: ジム・ボイル氏(調教師・獣医師)]

競走に不向きな馬はどのような生涯を過ごしますか?

 競走馬となるには能力に欠けると見なされる馬には多様な道が開かれています。サラブレッドはひときわ順応性の高い動物なので、さまざまな分野に向けて再調教することが可能です。競馬界には、"競走馬の再調教(Retraining of Racehorses)"という慈善団体があり、元競走馬を他分野に向けて再調教することに専念しています。現在、ポロ・総合馬術競技・馬場馬術・ホースボールのような競馬以外の分野に転身するために再調教を受ける馬は13,000頭以上います。

 他にも、伴侶動物(ペット)になる元競走馬や、アマチュアレベルの競馬に参戦する元競走馬もいます。怪我や問題行動に対する懸念から、あるいは他の理由により、許容可能な行先が見つからない馬もいます。その場合は、馬が放棄されたり、不適切な場所に連れて行かれないようにするために、人道的視点から安楽死措置が取られるかもしれません。

 BHAの馬健康・福祉担当理事であるデヴィッド・サイクス(David Sykes)氏は、競馬福祉戦略に取り組んでいるところです。この戦略は、競馬のために生産されたすべての馬に対するケアを強化し、誕生から現役引退後にいたるまでのケアとトレーサビリティ(追跡可能性)に焦点を合わせています。

成長途上の馬を調教して出走させても大丈夫なのでしょうか? 2歳は子供、3歳は10代の若者に相当するのだとすれば、残酷ではありませんか?

 「断じて残酷ではありません。骨が成熟するまで若馬を放牧させたままにすることのほうが、ずっと残酷です。なぜなら成熟した骨は成長途上の骨に比べ、激しい競走やそこで要求されることに適応するのに時間が掛かるからです」。

 「適切な調教の鍵となるのは、骨を鍛えることです。適量の運動と調教により、若馬の骨は競走で求められていることにすぐに適応し、それに心臓・肺・筋肉が続きます」。

 「宇宙から帰ってきた宇宙飛行士のティム・ピーク氏のことを思い出してください。彼は、車椅子に座らされていました。これは、宇宙空間では骨に重力や体重が掛からなかったため、成熟した長骨(体重支持骨)の骨密度が急速に低下したからです。同様に、競走自体や、競走中に生じる"管骨骨膜炎[訳注:馬の管骨(第三中手骨)の前面に起こる骨膜炎。俗にソエ]"に対処できる良質な骨や緻密質を形成するために、若馬は幼い頃から訓練されなければなりません。

[回答者: ジェームズ・ギヴン氏(調教師・獣医師)]

競走生活を終えたときに乗馬や他の分野で活動するには十分に健康ではなく、気性も向いていない馬はどのように取り扱われますか?安楽死措置を取ることが最善策ではないのではありませんか?

 精神的に不安定な元競走馬は、人にとっても他の馬にとっても危険です。責任ある馬主が所有しているのであれば、このような馬はほぼ確実に安楽死措置が取られるでしょう。しかし、競走生活を終えた健康な馬が他競技のために再調教されるには不向きだっただけの場合は、状況は異なります。

 高齢で衰弱しているために騎乗できない馬は、伴侶動物(ペット)として譲渡するか、馬と一緒に暮らしたい人により飼われます。それ自体、"有用な目的"とみなされるかもしれません。

最近多くの馬が呼吸器に関する手術を受けていますが、何が生じているのですか?英国では手術なしでは適切に呼吸できない馬が生産されているのですか?将来の世代に呼吸器の弱さは遺伝するのでしょうか?

 「さまざまな呼吸器の機能異常があり、さまざまな手術で治療されています。これらはすべて、"呼吸器に関する手術(wind ops"と呼ばれています。シーズン初戦で異常呼吸音が聞かれると、当たり前のように手術室に送り込まれるという報告をよく聞きますが、これは心配な傾向です。この異常呼吸音は必ずしも馬の気道の機能不全により生じているわけではなく、手術が必要でない馬もいます」。

 「最近呼吸器に関する手術が以前よりはるかに多く行われている背景には、さまざまな理由があります。しかし基本的には、私たちは今や、馬をトレッドミルで運動させながらこれら全ての肥大化した組織や喉頭蓋ヒダ(epiglottic fold)を特定し観察する、より多くの科学的方法を有しています。そのため馬を観察すればするほど、手術する理由を多く見つけます。それは通常、馬に恩恵をもたらすためですが、毎回ではありません」。

 「パフォーマンスをわずかに向上させる必要があるだけの馬が、この流行に乗って手術を受けているというような状況も見受けられます。これが血統に長期的影響を及ぼすかどうかについて発言するのは時期尚早です。しかし常識で考えれば、呼吸器疾患のある馬を種牡馬や繁殖牝馬にすることで、血統への影響は起こりうると言えます。したがって長期的には、呼吸器に関する手術の報告は、血統に恩恵をもたらすことになるかもしれません」。

[回答者: ジェームズ・ギヴン氏(調教師・獣医師)]

BHAが引退馬の保護・譲渡と再調教に尽力していることはよく知られています。しかし毎年、競走に不向きだと思われる仔馬が多数生まれ、調教されても出走しない馬がいます。どのようなことが生じていますか?

 引退馬や再調教馬と同様に、これらの馬は満足できる受入れ先に迎えられ、喜ばしい結果を得ています。しかし、世界中の競馬統轄機関にとって、競走馬として登録される前の馬を追跡することは長年の課題となっていました。なぜなら登録前の馬は、競馬統轄機関の監視下になかったからです。

 そのため、私たちはこれまで、競馬のために生産されて未出走で終わる馬がどのような状況にあるか、確信を持って述べることができませんでした。

 それゆえBHAは最近、英国で生まれた馬に関しては誕生30日以内に出生を通知することを義務付けました。私たちは実質上、馬が誕生してからすぐにその居場所を知ることができるので、競馬のために生産された馬すべてを追跡できます。

 これにより私たちは、競馬のために生産されたものの競走に不向きと見なされる馬が心配な状況にあれば、行動を起こすことができます。

馬が人間により不法に虐待されたらどうなりますか?馬には法的権利がありますか?

 ジャスティス(Justice本名:シャドウ)という名のクオーターホースは、元馬主を虐待で訴えることでこの理論を実際に試しています。これは、米国オレゴン州において革新的な事例となるかもしれません。

 ポートランド州の慈善団体である動物法的防衛基金(Animal Legal Defense FundALDF)は、ジャスティスがある女性を相手に今後の医療費として10万ドル(約1,100万円)を求める訴訟を起こすのを手伝いました。この女性は冬の間ずっとジャスティスを放置したため、同馬は外傷を負い、衰弱し、デルマトフィルス症(雨やけど)に罹り、シラミが湧き、生殖器に凍傷を負いました。

 ALDFの弁護士はこう主張しています。「この訴訟で勝利すれば、私たちがすでに認識していることが再確認できるでしょう。それは、馬のような知性のある動物は車やテレビのような単なる財産ではなく、苦しみや幸せを体験することのできる個体であることです。この訴訟は、虐待や放置の抑止に寄与し、私たちの頭の中にある動物の立場を見直し、彼らをより良く扱うことに繋がるでしょう」。

By Peter Thomas

1ドル=約110円)

Racing Post 2018年521日「Racing's welfare issues explained: from the whip to the future of the slow horse」]


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