プレッチャー調教師とバファート調教師、薬物改革を支持(アメリカ)【その他】
これまで数々の賞を獲得してきたトッド・プレッチャー調教師とボブ・バファート調教師は長年、それぞれの管理馬が対戦することも多く切磋琢磨してきた。2人は12月11日、アリゾナ大学競馬グローバルシンポジウム(アリゾナ州ツーソン)という全く異なる舞台で顔を合わせ、彼らの職業と競馬産業に影響を及ぼす課題について意見を述べた。
座談会『競馬の過去・現在・未来についての個人的見解』には、ストロナックグループの副理事長兼放映担当理事のエイミー・ジマーマン(Amy Zimmerman)氏、プレッチャー調教師、バファート調教師、アリゾナ大学競馬産業プログラムの卒業生が参加し、いくつかの緊急課題を含む競馬界の様々な話題について話した。2人の調教師は1時間半の座談会で、競走当日にラシックスなどの薬物の使用を禁止することを支持した。ラシックスは肺出血を抑える薬物であり、この薬物の使用が依然として有効であると考えている調教師や競馬場常駐獣医師がいる。
プレッチャー調教師は管理馬が追切りやレースの後に肺出血を発症したことがあると認めたが、競走当日の薬物使用を禁止することは一般の認識からすれば良いことだと考えている。そして競馬の評判を落とすような事故が起こった場合、馬に薬物は投与されていないと公言できることが重要だと述べた。そして、現在の競馬施行規程の下では、競馬界はそのようなメッセージを送ることができないと指摘した。
今年は競馬について否定的な評判が広まった一年だった。サンタアニタパーク競馬場の冬開催での予後不良事故頻発に始まり、クライマックスのBCクラシック(G1 11月2日)ではモンゴリアングルーム(Mongolian Groom)が致命的な怪我を負った。春には、カリフォルニア州において広範囲にわたる安全・薬物改革が実行された。これを推し進めたのは、同州にサンタアニタ競馬場とゴールデンゲートフィールズ競馬場を所有するストロナックグループとカリフォルニア州競馬委員会(California Horse Racing Board:CHRB)である。
バファート調教師はこう語った。「手に負えなくなった山火事のようでした。完全に鎮静化させる方法がありませんでした。誰彼問わず非難の矛先を向けていました。今では多少収まってきたと思います」。
また、ニューヨークタイムズ紙は9月、バファート調教師が手掛けた2018年米国三冠馬ジャスティファイが2018年サンタアニタダービー(G1)優勝後に禁止薬物スコポラミン(scopolamine)の陽性反応を示していたと報道し、その話題は多くの紙面の見出しを飾ることとなった。CHRBとバファート調教師は汚染が原因だったと考え、制裁や失格は科されなかった。
CHRBは数年前、寝藁の中にヨウシュチョウセンアサガオ(訳注:熱帯アメリカ原産のナス化植物。幻覚・昏睡状態を起こす麻薬が採れる)があればスコポラミンの汚染が起こる可能性があると警告を発していた。
今年、新たに発足したサラブレッド安全連合(Thoroughbred Safety Coalition:TSC)のサポートを得て、薬物改革は他の競馬統轄機関にも広まった。TSCは、ストロナックグループ、チャーチルダウンズ社(Churchill Downs Inc.)、デルマーサラブレッドクラブ(Del Mar Thoroughbred Club)、NYRA(ニューヨーク競馬協会)、ブリーダーズカップ協会(Breeders' Cup Ltd.)などの団体で構成される。コロニアルダウンズ競馬場など中部大西洋岸地域のいくつかの競馬場は薬物制限にすでに着手し、ケンタッキー州競馬委員会(Kentucky Horse Racing Commission)は12月9日の会合で2020年のルール変更に道筋をつける一連の改革を承認した。ケンタッキー州・カリフォルニア州・その他の地域で進められるこれらの計画の中には、競走当日ラシックス使用の段階的禁止が含まれる(2020年には2歳馬への競走当日ラシックス使用を禁止する)。
バファート調教師はラシックスについて、「それについては聞き飽きました。"もうやめにしたい"と思っています」と語った。
2人の調教師は、薬物および馬の福祉に関する有意義な改革を競馬場の外にも広げる必要性を強調している。ジマーマン氏がセリに上場される将来の競走馬へのビスフォスフォネート(bisphosphonate骨吸収抑制薬。骨粗鬆症の治療薬の1つ)の使用について尋ねたところ、プレッチャー調教師はそれを「懸念すべき問題」とし、こう語った。
「ボブや私、その他の調教師たちは、競走馬のエンドユーザーであり、馬がレースに出走して負傷したときに最終的な責任を負わなければなりません。しかし、情報公開はそのずっと前から行わなければなりません。すなわち、馬が生まれたとき、離乳したとき、2歳で調教セールに上場されたときです。私たちは馬をレースに送り込むので、その馬が本来備え持つリスクを負います。私たちが知らない多くのことが行われている馬もいます」。
バファート調教師は、競走させるよりも売るために生産される馬が沢山いると指摘し、生産界に注意を向けた。
「現在全ての資金がセリに注ぎ込まれています。生産者はパイを焼いて販売しているようなものです。販売した後にそのパイを食べたいとは思っていないでしょう」。
この座談会の最後に、プレッチャー調教師とバファート調教師はキャリアにおける最高の瞬間について語り、将来を展望した。
プレッチャー調教師は、2007年ベルモントS(G1)での牝馬ラグズトゥリッチーズ(Rags to Riches)の勝利を懐かしく思い出した。同馬はそのレースでカーリンなどの優秀な牡馬を相手に勝利を掴んだ。バファート調教師は、2015年トラヴァースS(G1)でキーンアイス(Keen Ice)に敗れる前の三冠馬アメリカンファラオの調教をやり直せたらどれほど良いだろうかと語った。
バファート調教師は、「アメリカンファラオが引退してから2ヵ月間鬱状態に陥りました。どのようにそれを克服できたかと言えば、それは2016年BCクラシック(G1)優勝馬で最優秀3歳牡馬のアロゲートのおかげです。それによって再び仕事に力を入れることができるようになりました」と語った。
2人の調教師はいずれも将来有望な馬に目を光らせ続けている。プレッチャー調教師は"安心できる頭数"として175頭を管理していると述べた。一方バファート調教師は管理頭数を110頭に定め、それらの馬をサンタアニタ競馬場とロスアラミトス競馬場に分けて入厩させている。
プレッチャー調教師は、馬を理解するために絶えず挑戦することに依然として意欲的であり、セリにおける若馬の馬格の分析を"究極のパズル"と表現した。
2頭の三冠馬、アメリカンファラオとジャスティファイを手掛けたバファート調教師は次の偉大な競走馬を探し続けている。
この殿堂入りトレーナーは、「競馬が人の血の中に入り込んだら、それを追い出す術はなく、死ぬまで治りません」と付言した。
By Byron King
[bloodhorse.com 2019年12月11日「Baffert, Pletcher Discuss Industry Issues at Symposium」]