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2019年06月21日  - No.6 - 1

スコットランドで育まれた牝系から出た日本ダービー馬(イギリス・日本)【生産】


 日本はスコットランドから、ウィスキーやスモークサーモンなど多くの高級品を輸入している。しかし、スコットランドにいた牝馬カルノーマズレディ(Cal Norma's Lady)の娘が日本の裕福な生産者の間でマストアイテムになることを誰が予想できただろうか?

 驚くべきことに、安く買われてエアシャー地方(スコットランド南西部)で繋養されていたごく平凡な血統の牝馬カルノーマズレディが、日本の生産界で誰もがほしがる牝系の起源となっている。この牝系からは、この10年間において最強牝馬の1頭ジェンティルドンナ、5月26日の日本ダービー(G1)で衝撃的な勝利を達成したロジャーバローズが出ている。

 カルノーマズレディの父リファーズスペシャル(Lyphard's Special 父リファール)はセプテンバーS(G3 ケンプトン 芝約2400m)を制した良血馬であり、1976年米国最優秀短距離馬マイジュリエット(My Juliet 父ギャラントロメオ)の半弟であったが、種牡馬としてはほとんど活躍しなかった。また、良くも悪くも1歳セールで1,020万ドル(約11億2,200万円)もの価格が付いた悪名高きスナーフィダンサー(Snaafi Dancer 父ノーザンダンサー)の半兄でもあった。

 カルノーマズレディの母ジューンダーリン(June Darling)は、ミドルパークS(G1)優勝馬ジュニアス(Junius)を父とする未出走馬である。ジュニアス(父ラジャババ)はリファーズスペシャルと同様に才能に溢れる良血馬だったが、やはり種牡馬としては大成しなかった。チェヴァリーパークS(G1)優勝馬ジェントルソーツ(Gentle Thoughts 父ボールドラッド)は、同馬の3/4兄である。

 カルノーマズレディは、エア(エアシャー地方の中心都市)のジョン・ウィルソン(John Wilson)調教師に手掛けられた。同調教師は1985年にハリーヘイスティングス(Harry Hastings)をシュプリームノヴィスハードル(G1 チェルトナムフェスティバル)優勝に導いてスコットランドに勝利をもたらしたことでよく知られている。

 カルノーマズレディは2歳のとき、デビュー戦となったレスター競馬場のセリングレースで凡庸な馬を相手に6馬身差の勝利を収めた。その後、ハミルトン競馬場の2歳戦で7馬身差の勝利を収め、ニューマーケット競馬場の2歳戦でも1馬身差で優勝して3戦3勝を果たし、レーシングポストレーティング(RPR)97を獲得した。しかしその後勝利を挙げることはなく、格下のハンデ競走で競走生活を終えた。

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 カルノーマズレディはエアシャー地方のニューホールスタッド(New Hall Stud)のオーナーであるゴードン・トム(Gordon Thom)氏により、わずか3,000ポンド(約42万円)と顧客の借金を帳消しにすることで購買された。同馬は種付料の安い平凡な種牡馬と交配し、最終的に9頭の勝馬を送り出した。

 同馬の初仔~第6仔のうち、2頭がマジックリング(Magic Ring)産駒であり、その他はビジューダンド(Bijou D'Inde)産駒、フリートウッド(Fleetwood)産駒、キーン(Keen)産駒、セイバーヒル(Sabrehill)産駒が1頭ずつである。これら全てが勝馬であり、マジックリング牡駒の1頭マジカルは米国に輸出されてウィルロジャーズH(G3)を制している。

 カルノーマズレディは、オーバーバリースタッド(Overbury Stud)で供用初年度だった一流スプリンターのベルトリーニ(Bertolini)とわずか4,000ポンド(約56万円)の種付料で交配し、その結果ドナブリーニが生まれたことで繁殖生活がグレードアップした。ドナブリーニは、ドンカスターの1歳セールにおいてジョニー・マッキーヴァー(Johnny McKeever)氏により2万ギニー(約294万円)で購買された。そして、ブライアン・ミーハン(Brian Meehan)調教師に管理され、チェリーヒントンS(G2)とチェヴァリーパークSを先行して制した。

 ドナブリーニは3歳シーズン最初の2戦である英1000ギニー(G1)とコロネーションS(G1)で敗れたが、競走距離を5ハロン(約1000m)に縮めて臨んだニューマーケット競馬場でのレースでマジェスティックミサイル(Majestic Missile)を退けて優勝し、自らが有能なスプリンターであることを証明した。

 同馬は3歳シーズンの終わりに、吉田勝己氏により50万ギニー(約7,350万円)で購買された。これはわずかとは言えない額であるが、リーマンショック前の熱気ある2006年タタソールズ社12月繁殖セールにおいては、20番目の高価格馬に過ぎなかった。一方、ミーハン厩舎のもう1頭のチェヴァリーパークS優勝馬マジカルロマンス(Magical Romance)は、ドナブリーニよりも410万ギニー高い460万ギニー(約6億7,620万円)で購買された。ただ不釣り合いなことに、マジカルロマンスの初仔(父ピヴォタル)はわずか6万5,000ポンド(約910万円)で購買されることになる。

 実際、ドナブリーニの自己最高のRPRはマジカルロマンスよりも5ポンド上回っていた。それでもマジカルロマンス(父バラシア)は、英国とアイルランドのオークスを制した馬アレクサンドロヴァ(Alexandrova 父サドラーズウェルズ)の3/4姉であり、その血統に大きな魅力があった。

 吉田氏はセリ名簿でドナブリーニの競走成績に注目することで、かなり報われた。1989年米国年度代表馬サンデーサイレンスを現役引退後に手に入れたときと同様のアプローチが吉田ファミリーに大きく貢献した。米国の生産者たちは、ケンタッキーダービー(G1)・プリークネスS(G1)・BCクラシック(G1)の優勝馬サンデーサイレンスを、牝系が控えめであることと馬格に欠点があるために、手放すことをいとわなかった。

 言うまでもなく、サンデーサイレンスは長年にわたって日本のトップサイアーとして君臨した。その最高傑作ディープインパクトとドナブリーニの組合せは、G3・2勝馬でヴィクトリアマイル(G1)2着のドナウブルー、桜花賞・オークス・ジャパンカップ(2勝)・ドバイシーマクラシックなどのG1競走を7勝したジェンティルドンナなどを送り出した。

 ドナブリーニが繁殖牝馬として日本で大成功を収めたことで、生産者とエージェント(馬売買仲介業者)は当然のことながら同馬の近親馬を探す衝動にかられた。このことにより、意外であるが、トム氏はエアシャーにおいて国際的に渇望される血統のブローカーとなった。

 ドナブリーニが購買されてから3年後、世界不況で1歳市場が落ち込んでいる2009年に、ニューホールスタッドは同馬の半妹リトルブック(父リブレティスト)をラバブラッドストック社(Rabbah Bloodstock)にわずか6万ギニー(約882万円)で売却した。これは、ドナブリーニの娘であるドナウブルーとジェンティルドンナが重賞初勝利を達成する3年前のことだった。

 リトルブックは当初、エド・ヴォーン(Ed Vaughan)調教師と馬主アリ・サイード(Ali Saeed)氏のもとではあまり活躍しなかった。3歳シーズンの半ばに、同馬はイルーシヴブラッドストック社(Elusive Bloodstock)を通じてトム氏に7,000ギニー(約103万円)で買い戻された。同馬はエア競馬場のハンデ競走(クラス6)でなんとか3着に入り、その後繁殖入りしてインヴィンシブルスピリットの仔を受胎し、2012年12月セールに上場された。それは、ジェンティルドンナがジャパンカップでオルフェーヴルを破って勝利を収めて華々しい3歳シーズンを終えた約1週間後のことだった。

 リトルブックの主なセールスポイントは、その血統背景が競走成績に影響を与えるということだった。株式会社ジェイエスはリトルブックを23万ギニー(約3,381万円)で落札し、同馬は日本の飛野牧場で繋養された。セリのときに受胎していた初仔はマダムクレアシオンと名付けられ、2歳で1勝を挙げた。

 リトルブックはその後、ドナウブルーやジェンティルドンナの近親馬を出産するためにディープインパクトのもとへ送られた。その結果生まれた第2仔が、5月26日の日本ダービー(G1 東京競馬場)で首差の勝利を収めたロジャーバローズである。それまで重賞未勝利だった同馬の単勝オッズは93倍とされていた。

 ロジャーバローズが、その衝撃的なダービー制覇がまぐれではないことを証明し、今後もG1勝利を積み重ねることができたなら、種牡馬として絶好のチャンスを与えられ、それによって日本でカルノーマズレディの影響をさらに深められるだろう。ロジャーバローズの1代~3代母の父は、いずれも英国・アイルランドで平地の種牡馬として供用されていたが、その後その他の国に輸出されたか障害の種牡馬に転向している。

 カルノーマズレディの日本で繋養されている娘も多くの仔を出産している。リトルブックには2歳と1歳の牝駒(父ディープインパクト)がおり、ドナブリーニにもダブルアンコールという名の2歳牝駒(父ディープインパクト)と1歳牡駒(父キングカメハメハ)がいる。

 ドナブリーニの全妹であるドナパフューム(Donna Perfume 父ベルトリーニ)も、トム氏により日本に売却された。初仔の4歳牝駒(父オルフェーヴル 未勝利)をはじめ、3歳牝駒と2歳牡駒のゲームアルアル(いずれの父もハーツクライ)、1歳牝駒(父ディープインパクト)がいる。

 これらの牝馬の娘たちの繁殖牝馬としての活躍も楽しみである。とりわけ、ジェンティルドンナは初仔の3歳牝駒モアナアネラ(父キングカメハメハ)が勝利を挙げており、2歳牡駒(父キングカメハメハ)と1歳牝駒(父モーリス)もいる。

 レスター競馬場のセリングレース勝馬に過ぎなかったカルノーマズレディがクラシック勝馬の牝系の起源へと変身したのは、驚くべきことだ。しかしこれは後知恵だが、私たちは同馬の平凡な血統とまずまずの交配以外に、気付いていることがあるかもしれない。同馬が頑丈だったこと(ドナブリーニはその特徴を受け継いでいる)、そして体高は15.2ハンド(約154㎝)とあまり大きくはなかったが見本になるような馬体をもっていたことだ。また、父リファーズスペシャルや母父ジェニアスが種牡馬として大成しなかったものの、カルノーマズレディには多くの優秀な祖先がいる。

 トム氏は2014年、26歳で老衰のために安楽死措置が取られたカルノーマズレディに別れを告げた。しかし同氏には、自らがエアシャー地方で育てあげたファミリー(牝系)がたちまち日本を魅了したという、誇りではちきれんばかりのものが残された。同氏はその牝系をすでに手放し、3年前にニューホールスタッドの主要部分をGVCホールディング(GVC Holdings)のCEOケニー・アレクサンダー(Kenny Alexander)氏に売却したが、生産と競走にまだ関与し続けている。

 トム氏のニューホールスタッドでは、カルノーマズレディのほかにも"立身出世物語"があった。ロジャーバローズの日本ダービー優勝の1年前に、ソフィーピー(Sophie P)がサンタアニタ競馬場でゲームリーS(G1)を制したのだ。同馬の父はトルコに輸出されたブッシュレンジャー(Bushranger)であり、母はセリに上場されたが買い手がつかず1万4,000ギニー(約206万円)で主取になった牝馬である。

 エアでは何かが空気中(エア)を漂っているにちがいない。

By Martin Stevens

(1ポンド=約140円、1ドル=約110円)

[Racing Post 2019年5月28日「The strange story of the modest mare from Ayr who made it big in Japan」]


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