世界最高賞金レース創設までのサウジアラビアの競馬(サウジアラビア)【開催・運営】
サウジアラビアは純血アラブの生産では成功を収めているが、サラブレッドの生産を試みている様子は見られない。隣国のUAEはサラブレッドの生産事業を確立しようとし、エクリプスS(G1)や英インターナショナルS(G1)を制したホーリング(Halling)を種牡馬として供用したが、その取組みは継続しなかった。
第1回サウジカップ[総賞金2,000万ドル(約21億円)]が2020年2月29日にキング・アブドゥルアズィーズ競馬場で開催予定であることは、8月7日にファシグ・ティプトン社の午餐会(ニューヨーク州サラトガスプリングス)で正式発表されたばかりである。このレースがサウジアラビアにどのような副産物をもたらすかは、長い年月を経て明らかになるだろう。
サウジカップの開催に向けて中心的役割を果たす人々は、今後この国の競馬の歴史を作っていく中で重要な存在となるだろう。その1人であるバンダル・ビン・カリド・アル・ファイサル殿下(Prince Bandar bin Khalid al Faisal 以下 バンダル殿下)は、サウジアラビア・ジョッキークラブ(Jockey Club of Saudi Arabia)の会長を務める。
バンダル殿下は、日刊紙アルワタン(Al Watan)を刊行する新聞社の会長などを歴任するメディア界の大物でもある。
多くの事業に関わるバンダル殿下
バンダル殿下は多くの重要な事業に関わっており、競馬事業はその1つである。国家を統治するサウード家において大臣に相当するアドバイザーを果たす傍ら、アラブ・ソート・ファウンデーション(Arab Thought Foundation)の共同創設者兼理事長も務めている。
殿下はサウジカップのプロモーションに熱心であるが、ファシグ・ティプトン社の午餐会で「サウジカップは私のアイデアではありません」と述べた。そして、サウジアラビア・ジョッキークラブを代表して、サルマン国王とモハメド・ビン・サルマン皇太子(Crown Prince Mohammed bin Salman)に敬意を表した。
しかし、殿下がどれほど熱心にこの計画の舵取りをしてきたかは、他の人々の発言によってうかがわれる。
競馬事業に深く関わってきたアブドゥラ・ビン・カリド・アル・サウード殿下(Prince Abdullah bin Khalid al Saud)はこの午餐会において、「バンダル殿下と一緒に取り組むことができて非常に嬉しく思っています。私たちがここまで到達できたのは、殿下がすべて指導してくれたからです」と語った。
サウード家の一員であることと、以前馬主だったという背景から、バンダル殿下はサウジアラビアの歴史とこの国の馬への長年の愛を語るのにふさわしい人物である。そしておそらくメディア界で働いてきた経験から、かなりの表現力でこれを伝えた。
バンダル殿下は、「このことを話すと父は嫌がるでしょうが、父は60年前、サウジアラビアでレースの騎手をしていました。わずか10歳でした」と説明した。父であるカリド・アル・ファイサル・ビン・アブドゥルアズィーズ殿下(Prince Khalid al Faisal bin Abdulaziz)は現在、マッカ州知事でありサルマン国王の顧問でもある。
バンダル殿下はこう続けた。「その当時、父たちがレースに使っていたのは谷間の4 ~5 kmの真っ直ぐな道でした。発走地点は全く見えず、人が集まるのはゴール地点だけでした。鞍はなく手綱だけしかありませんでした。ただゴールに向かって走るだけでした。私たちの国で競馬はそのように始まりました」。
「故アブドゥラ国王は、競馬をサウジアラビアの1つの産業に変えた人物で、キング・アブドゥルアズィーズ競馬場建設の立役者でした」。
サウジアラビアの馬との長い関わり
しかし、サウジアラビアの馬との関わりはもっと長くて深いものである。サウジカップを紹介するパンフレットにおいて、バンダル殿下は次のように述べている。「曾祖父、つまりサウジアラビアの建国者のアブドゥルアズィーズ国王は、馬に騎乗して勝利を収めた世界最後の軍事指導者です。20代だった祖父もその横で騎乗していました。そして信じられないでしょうが、父は9歳から10代後半まで騎手でした」。
砂漠を背景に自らが栗毛馬の肢をもつ写真が添えてあるバンダル殿下の直筆の声明は、サウジカップを創設することの背後にある様々な目標について説明を続けている。
「世界中の馬・競馬を愛する人々がやって来て、我々の文化と国を一層間近で見てもらうことを目標に、サウジカップを創設しようとしています」。
「今後何年にもわたって、サウジカップが優良馬を引き付けて人気レースになれば光栄です。皆様をリヤドで迎えるのをとても楽しみにしています」。
バンダル殿下は午餐会において、「サウジアラビアの競馬は約60年間、組織的に運営されてきました。競馬は一般的に一家揃って観戦するもので、その代表的なプログラムは家族連れを引き付けてきました」と語った。しかし現在、サウジアラビア・ジョッキークラブの役員たちは変化を思い描いている。
殿下はこう続けた。「競馬は、私たちの文化・遺産・文学の大きな部分を占めています。私たちはこのように家族で楽しむ競馬を産業に変化させて他の一流競馬国のレベルに成長させることに意欲を持っています。それがジョッキークラブにおける私たちの主な焦点です」。
殿下は自信をのぞかせながら意見を述べた。「今後数年以内に私たちの能力を示さなければならないと考えています。私たちにはふさわしいチーム、適任者がいると考えています。それに、世界最高級の施設があります。私たちは目標を達成するのにすべてを持っています」。
早い段階での興味
ドバイワールドカップ(G1)2着馬グロンコウスキー(Gronkowski フェニックスサラブレッズ社所有)は、サウジカップに挑戦する予定の馬としてすでに確認されている。
バンダル殿下は午餐会において、一般の人からサウジアラビアの女性について聞かれてこう答えた。「女性についての質問をよく受けます。妙な話ですが、サウジアラビア競馬は女性が参加できた最古のスポーツです(実際は馬術競技全般である)。我が国はオリンピックの障害飛越競技に女性選手を出しています。私の娘も障害飛越競技をしています。それに多くのサウジアラビアの女性が競走馬の馬主となっています。競馬ではまだ女性ジョッキーはいませんが、サウジカップが行われる週末には女性ジョッキーが2人ほど騎乗することをほぼ確信しています」。
バンダル殿下は、20年ほど前に馬主だったが、公平でなければならない立場にいるので、今では馬を所有していないと語った。そして「将来馬が持てるチャンスがあれば良いと考えています」と付言した。
By Michele MacDonald
[Racing Post 2019年8月8日「Saudi Cup breeding implications unknown but Prince Bandar keen for sport to grow」]