競走馬の再調教は新たなファンを引き込む手段ともなる(イギリス)【その他】
8月は、どこに住んでいようと栄光の名馬に逢える月である。
それは、ダブリンホースショー(Dublin Horse Show 8月7日~11日)から始まった。そこで開催された"競走馬から乗馬へ"チャンピオンシップ(racehorse to riding horse championship)において、以前ヘンリー・ド・ブロムヘッド厩舎の屈強な競走馬として活躍したサイジングオーストラリア(Sizing Australia)が優勝した。現役時代にチェルトナムフェスティバルで1勝、パンチェスタウン競馬場のクロスカントリー競走で2勝した同馬は、その優秀な成績に箔をつけた。
8月24日(土)にはエイントリー競馬場で、"RoRゴフスUKナショナルチャンピオンシップス(RoR Goffs UK National Championships)"が開催された。リチャード・ハノン調教師とジェフリー・ハーカー(Geoffrey Harker)調教師に手掛けられたマムフォード(Mumford)は、現役時代の4シーズンでウィナーズサークルに立つことは一度もなかったが、この大会で総合優勝を勝ちとった。これにより、競走馬には引退後も充実した生活があることが示された。このショーには他にも多くの著名馬が参加し、中でもキューカード(Cue Card 障害G1・9勝馬)とコニーグリー(Coneygree 2015年チェルトナムゴールドカップ優勝馬)が注目された。
このショーで馴染みある馬を見つけられなかったとすれば、10月6日にバーミンガムで開催されるホースオブザイヤーショー(Horse of the Year Show)の"ガラ・パフォーマンス"に出場する有名馬はどうだろう?ビッグバックス(Big Buck's ワールドハードルズ4連勝)、スプリンターサクレ(Sprinter Sacre タイムフォーム社のレーティングで1970年代以降最高の192ポンドを獲得した歴史的名障害競走馬)、ザニューワン(The New One 通算20勝を果たした優秀な障害競走馬)、コニーグリーのほかにグランドナショナル優勝馬3頭という豪華な顔ぶれだが、いかがだろうか?
8月25日(日)にはフランスのドーヴィル競馬場において、引退競走馬の再調教を行う慈善団体オードゥラデピスト(Au-Dela des Pistes:ADDP)が今年で第4回目となる引退馬パレードを開催した。パレードに参加した名馬には、衰え知らずのシリュスデゼーグル(Cirrus Des Aigles)とソロウ(Solow)、そして新入りのサインズオブブレッシング(Signs Of Blessing)が含まれていた。この日行われたADDPの以下のイベントはうまくアレンジされていた。
・ 懐かしのヒーローとの再会。午後、パレードに参加する名馬に会いに行くツアーが実施される。それらの馬は、ドーヴィル競馬場の前の道路を渡ったところにあるアルカナ社セリ複合施設に入厩している。
・ 再調教された引退馬による馬場馬術、ホースボール(馬に乗って行うハンドボール)、その他の馬術競技のデモンストレーション。
フランスは多くの英語圏の国々と比較して、引退競走馬のアフターケアの水準を高める取組みが大きく遅れていたが、他国が長年の取組みから考え付いたアイデアを実行している。実際、ADDPはこの4年間で大きく進化した。
ADDPに関わる種々の団体が抱く目標は、次の考え方を広めることである。「競走馬は、現役時代は神経が過敏だが、適切に再調教されれば卓越した乗馬・競技馬になりうる」。
フランスで最も熟達した総合馬術の競技者の1人クララ・ロワゾー(Clara Loiseau)氏は、ドーヴィル競馬場のパドックで牝馬ウルトラマイユ(Ultramaille)とともに素晴らしい馬場馬術を披露した。ウルトラマイユは非サラブレッド(AQPS)である故、クロスカントリー(総合馬術の2日目の競技)で要求される飛越力や持久力を当然のように備えているのかもしれない。しかし同馬はむしろ、ゆっくりとしたペースで走っているときに驚異的なバランス感覚を見せつけた。
サラブレッド(あるいは障害競走のために生産された非サラブレッド)から競走馬の要素を取り除き、速く走るよりも大事なことがあると分からせることが、本当の意味での再調教である。
新しい技術を教える前のこの暫定的な段階は、専門的な取組みである。すべての競走馬が以前の習慣を捨てられるわけではない。そのため一定数の元競走馬は、乗馬スクールや馬術と関係のない自らに合った引退生活を見つけなければならない。
数々の再調教団体の支援者の中に、大物生産者やセリ会社が見られるのは偶然ではない。競走馬として生産されたものの将来繁殖馬となるには十分な信頼を得ていない馬が第2のキャリアを歩むときに、生産界にはその馬により良い活動の場を提供する義務があると、彼らは皆認識している。
馬主はすでに収支が悪化している状況で馬を所有している。したがって、引退競走馬のために第2のキャリアを準備しようとすれば、直接的もしくは間接的な経済負担が降りかかってくる。
英国では、競馬界が利用できる全体的な資金は落ち込むことが見込まれる。なぜなら、ベッティングショップのゲーム機"FOBT(固定オッズ発売端末)"の収入が大幅に減少することで、競馬の財政が打撃を受けるからである。しかし、私たちは今こそ引退馬の受入れと再調教に一層の努力をすべきである。
私たちが政治家に向けて送っている"経済全体に対する競馬産業の重要性"、"賭事分野における社会的責任の問題"についてのメッセージは、現役競走馬が高水準のケアを受けているという評判を高めることによって裏打ちされる。
競走馬が引退後に受けられるケアに、私たちは自信を持ち、誇りに思うべきである。
競走馬の再調教(Retraining of Racehorses: RoR)は、この分野においては世界的なリーダーである。RoRが監督・支援する団体や個人も同様である。現在の状況は、世紀の変わり目にRoRが慈善団体としてのステータスを付与されたときよりも、はるかに先を行っている。10年前には元競走馬の競技会に300頭が登録されていたが、2019年にはその数は3,500頭に上っている。
現在のところ、RoRの取組みは競馬財団(Racing Foundation トート社売却により得られた資金を分配するための競馬界の慈善資金団体)からの資金の提供を受けて実行されている。そして主要プロジェクトの資金調達と運営におけるRoRの功績について異論を差し挟む者はほとんどいない。
しかし、競走馬福祉センター(Racehorse Welfare Centreウスターシャー州マルバーン)が閉鎖予定であるというニュースが8月に流れたことで、慈善分野が全体的に追い詰められていることが明らかとなった。10年間の緊縮財政を経た今、いくつもの分野で国および地方におけるギャップを埋めることが求められている。
引退競走馬、そして引退競走馬をケアする人々と接することで、私が手に入れた教訓はシンプルなものである。それは、「道徳的に正しい取組みであるだけでなく、今後競馬に新たなファンを引き込むのに必要不可欠な方法でもある」ということである。
近年のチャンピオン馬は競馬というスポーツを代表する存在である。一般の人々がこれらの馬の引退後のキャリアを目にする機会が増えるほど、良い影響がもたらされる。
引退競走馬のキャリアについての取組みを伝えることで新たな競馬ファンを獲得することは、20年前にはこの活動のコンセプトですらなかった。
これは新たな傾向であり、私が見てきたことが証拠に、それは少しずつではあるが機能している。
By Scott Burton
[Racing Post 2019年8月27日「Retraining of racehorses must become a bigger priority for sake of our sport」]