英国の合意なきEU離脱により馬産業に及ぶ影響(イギリス)【その他】
ボリス・ジョンソン氏が7月24日に首相に就任してから、英国のEU離脱(ブレグジット)の交渉の見通しはますます不透明になっている。ジョンソン新首相は8月21日にベルリンに赴き、バックストップ(訳注:英国のEU離脱後も、英領北アイルランドとアイルランドの間に厳しい国境管理を復活させないための安全策)を除外すべきと要求したが、EU(欧州連合)の消息筋によればこの要求が合意されることはなさそうだ。
さらにジョンソン首相は、EU離脱合意の再交渉に全力を尽くすことを明言する一方で、10月31日には"死ぬ覚悟で"EU離脱を断行するとも誓った。
10月31日はちょうど、タタソールズ社の秋現役馬セール(Tattersalls Autumn Horses in Training Sale)の最中である。またそれに続いて、英国・アイルランド・フランスにおいて障害競走馬・平地当歳馬・繁殖馬のセールが始まる。これらに向けて、生産者・販売者・購買者は、この三ヵ国およびそれ以外の国々の間で馬が自由に行き来できることを望んでいる。
合意なき離脱により、英国・アイルランド・フランス間の馬の自由な移動を可能にしていた三国協定が有効でなくなり、英国とEU諸国間の馬の輸出入に支障をきたすかもしれない。
雇用できるスタッフや利用できる動物用医療品など、競馬界・生産界には他にも多くの複雑な事態が待ち受けている。
サラブレッド生産者協会(Thoroughbred Breeders' Association: TBA)のCEOクレア・シェパード(Claire Sheppard)氏は、サラブレッド産業ブレグジット問題対策グループ(Thoroughbred Industries Brexit Steering Group)の議長を務めている。本紙(レーシングポスト紙)は同氏に対し、合意なき離脱が馬産業にどのような事態をもたらすかについての最新情報を尋ねた。
レーシングポスト紙(以下Q):11月1日以降、馬の輸送にどのような事態が生じますか? 国境に長い行列ができるでしょうか?
クレア・シェパード氏(以下A):英国が当初の離脱期限である今年の3月か4月に合意なき離脱を断行した場合と、基本的に同じ状況になるでしょう。英国政府は、合意なき離脱がなされた場合、英国に入国するサラブレッドに追加的な検疫措置が行われることはないと述べていました。私たちはその立場を全面的に支持します。輸入通知はEUの制度から英国の制度に変更されます。
EUは、英国が合意なき離脱に踏み切るのであれば、三国協定はもはや有効ではないと述べています。それにより、EUは英国を第三国と見なし、EU域内に入ろうとする英国馬に対して規制と関税を適用します。それには、税関・動物衛生および植物検疫基準の検査&管理、EU基準の順守の確認が含まれます。
環境・食料・農村地域省(Defra)は、第三国である英国からEUに動物を輸出する際に、EU動物衛生条件を満たすための措置を導入します。
動物の検疫・衛生管理は、EUがその第三国リストに英国の動物衛生状態・血統書をどう位置付けるかに左右されます。英国は、合意なき離脱の可能性があった4月に衛生分野で最高のカテゴリーに分類され、10月にも同じように分類されることを望みますが、EU離脱(10月31日)の直前にならなければ決定されないようです。
EU動物衛生条件と同様に、関税・運転手・輸送者・車両許可のチェックが行われ、これにより移動の遅延が生じる可能性がかなり高いでしょう。
Q: 合意なき離脱のために馬の輸送に支障をきたすのであれば、セリ会社はセリの開催国を変更する必要がありますか?
A: 問題が生じる可能性があるのは、実際のセリに対してではなく、セリに上場させる馬をどのようにEU地域と非EU国の間で行き来させるかに対してです。それゆえ、セリ会場を別の場所に移すことは解決策とはならないようです。
Q: せん馬とそれ以外の馬は、『合意なき離脱の場合の英国へのモノの輸入に係る関税』(2019年3月発行)には掲載されていませんでした。この取決めは依然として有効でしょうか?
A: たとえ英国が合意なき離脱に踏み切ろうとも、この取決めは保たれます。純血種の繁殖馬以外の馬でEU外の国からの馬の輸入だけが、第三国からの輸入に課される11.5%の関税の対象となるでしょう。我々はその取決めが変更されるとは聞いていません。
一方EUは、純血種の繁殖馬以外の馬に対して、最大11.5%の関税を適用できます。したがって現時点では、英国からEUへのせん馬の輸出が関税の対象になる可能性が残っています。
Q: 合意なき離脱の場合には、医薬品の不足が生じる可能性があると聞きました。馬の治療にも影響が及ぶ可能性はありますか?
A: 政府の規制機関である獣医学研究局(VMD Defraの一機関)は、英国のEU離脱に向けて綿密な準備を行ってきました。
英国動物医薬品産業の業界団体は、「各企業は混乱を避けるために、在庫を公正かつ適正に分配することを目指して、多くの取組みを行いました」と声明を出しています。
今後の計画を適切に立て、供給者とコミュニケーションを取ることで、通常の注文パターンに対応する供給が期待されています。この計画が実行されつつあることで、英国における動物用医薬品の供給を確実に継続させるために最大限の努力を行ってきたことに、私たちは自信を持っています。
Q: 英国外からのスタッフを雇用している競馬・生産事業の現状はどのようなものですか?
A: 現時点では、欧州経済領域(EEA : EU加盟国のほかノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインが参加)外からのスタッフは、適切なビザを取得することが義務付けられています。厩舎スタッフは英国で働くために、ポイント制の就労ビザ(Tier 2 General)を申請しています。BHA(英国競馬統轄機構)は、調教師と騎手がビザ取得の承認を得るための要件について英国入国管理局と連携して取り組んでいます。
現在のところ、EU法に基づきEEA域内の国からの労働者の入国は自由です。英国政府は、EU離脱後に新たな移民制度がEEA労働者に適用されると述べています。
英国の競馬界・生産界は、サラブレッド産業ブレグジット問題対策グループを通じて、またデジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS)からの支援を受けて、将来の移民制度の確立について、移民諮問委員会(Migration Advisory Committee)に対して申入れを行なってきました。
私たちは、① 競走馬や産駒の世話をして調教を施すために求められる熟練技能の役割、② 英国の農村経済を支えるにあたり、競馬産業が担う重要な役割、③ すでに英国に住んでいるEEA労働者とEEA外労働者の地位を損なわないシステム、を認識するよう要求しています。
Q: 今後何が起こるのでしょうか?
A: 英国政府は現在、10月31日に合意なき離脱が行われる場合に備えた詳細な指針を見直しています。9月になれば、この指針は英国のEU離脱日の後に馬をEU・英国間で移動させようとする人々に適宜配布されるでしょう。
英国の競馬界・生産界はこの数ヵ月間、Defraをはじめとする政府関係者と定期的に話し合ってきました。そして、すべての馬産業関係者に対して、合意なきEU離脱の場合にすべき準備について十分認識してもらうために指針を送付する予定です。
それまで、BHAのウェブサイトに掲載された"競馬界・生産界向けの詳細情報"を閲覧してください。(https://www.britishhorseracing.com/regulation/brexit/)
By Martin Stevens
[Racing Post 2019年8月22日「What no-deal Brexit means for bloodstock: the TBA answers the big questions」]