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2020年02月21日  - No.2 - 5

仏競馬界の真のレジェンド、アンドレ・ファーブル調教師(フランス)【その他】


 アンドレ・ファーブル調教師の驚くべきキャリアは40年前に始まったが、もうすぐ終わるような兆しはない。実際、最もワクワクするようなステージに入ったようにも思える。フランスの巨匠は現在74歳である。

 そのキャリアの最終楽章は、同調教師が悪役を演じることから始まった。昨年10月の凱旋門賞(G1)の最後の1ハロンで同レース3連覇を達成しようとしていた名牝エネイブルを、管理馬ヴァルトガイスト(牡5歳)が追い抜いて群衆を当惑させ、パリの祭典の雰囲気を台無しにしたのだ。

 その日、記録を打ち立てたのはエネイブルではなくファーブル調教師である。ヴァルトガイストは同調教師が手掛けた8頭目の凱旋門賞優勝馬となった。

 ファーブル調教師はこの勝利により、仏リーディングトレーナー(賞金額)に輝いた。なんと33年間で30回目のことである。管理馬179頭の獲得賞金総額は1,028万7,625ユーロ(約12億3,452万円)に上り、第2位のジャン-クロード・ルジェ調教師に300万ユーロ(約3億6,000万円)近くの差をつけた。1987年に初めてこのタイトルを手にして以来、ファーブル調教師からこのタイトルを奪ったのは、ルジェ調教師(2008年&2016年)とアラン・ド・ロワイエ-デュプレ(Alain de Royer Dupre)調教師(2009年)だけである。

 フランス競馬界は過去二世代にわたり2人の名伯楽に恵まれた。それは、フランソワ・マテ(François Mathet)調教師とファーブル調教師である。マテ調教師は、1957年からファーブル調教師が初めてリーディングタイトルを獲得するわずか4年前の1982年まで、リーディングタイトルを独占していた。

ヴァルトガイストの快挙の前に、ファーブル調教師のキャリアが再び上り調子になる兆しはあった。凱旋門賞の直前に、管理馬ヴィクタールドラム(Victor Ludorum 父シャマルダル 馬主ゴドルフィン)がフランスの2歳馬頂上決戦ジャンリュックラガルデール賞(G1)を制したことで、2020年クラシック戦線の勢力図に入ってきたのだ。

 これによりファーブル調教師は、今年のフランスと英国のギニー競走で勝負するための2頭のエースを手中に収めた。もう1頭はミドルパークS(G1)とモルニー賞(G1)を制したアースライト(Earthlight 父シャマルダル)であり、この馬もゴドルフィンに所有されている。

 ヴァルトガイストはバリーリンチスタッド(Ballylinch Stud アイルランド)で種牡馬入りしたが、シャンティイに所在するファーブル調教師の勢いのある3つの厩舎からは多くのスター馬が出てきそうだ。2008年にそれら3つの厩舎のうちの1つをモハメド殿下が購買し、ゴドルフィンのフランスでの所有馬をファーブル調教師に預けている。

 ファーブル調教師は、競馬一家の出身ではないが、これまでに試みたすべての分野でかなりの成功を収めている。

 フランスの外交官の子息である同調教師は、法律の勉強中にアマチュア障害騎手として騎乗を始め、1970年代初頭にプロに転身し、1977年にコールアコール(Corps a Corps)でパリ大障害(G1 オートゥイユ競馬場)を制した。そしてメゾンラフィットの厩舎で障害競走馬の調教を始め、障害リーディングトレーナーとしての地位を急速に確立し、1980年~1983年には調教師としてパリ大障害4連覇を果たした。

 ファーブル調教師はその後シャンティイに移り、平地競走馬の調教師に転身した。そして2年も経たないうちに最初の凱旋門賞優勝馬トランポリーノ(Trempolino 1987年)を送り出し、リーディングトレーナーとなった。

 仏クラシック競走も何度も制している。仏2000ギニー(G1)を7勝、仏1000ギニー(G1)を3勝、仏ダービー(G1 ジョッケークリュブ賞)を4勝、仏オークス(G1 ディアヌ賞)を4勝している。さらにパリ大賞典(G1)は13勝、そしてもちろん凱旋門賞は8勝している。

 海外では、2011年にプールモワ(Pour Moi)で英ダービー(G1)優勝を果たすなど、英国のクラシック競走も全て制している。同様に、アイルランド・イタリア・ドイツ・香港・ドバイでもG1レースを制しており、米国ではBCターフ(G1)3勝(インザウィングス、シロッコ、タリスマニック)を含むG1・8勝を挙げている。ファーブル調教師は1993年にアルカングで、欧州人調教師として初めてBCクラシック(G1)を制した。その後2008年にやっと、ジョン・ゴスデン調教師がレイヴンズパス(Raven's Pass)でBCクラシック(サンタアニタ競馬場の人工馬場)を制し、このレースで優勝した2人目の欧州人調教師となっている。

 ファーブル調教師はモハメド殿下、ゴドルフィン、アブドゥラ殿下、ヴェルテメール兄弟などのトップオーナーから200頭以上を預かり3つの厩舎で管理している。同調教師はそれほどの成功を収めていても仕事への責任感を糧にし、より高いところに向かって前進しているようである。

レスター・ピゴットへの恩義

 ファーブル調教師は管理馬が走ってきちんと結果を出すのを見るために、常に競馬場に来ている。この静かに話す男はいつも、競馬のどのような話題についても興味深いコメントをする。たとえば、ラシックス(別名フロセミドあるいはサリックス)について"競走当日のラシックス使用は一種のドーピングである"という見解を公然と表明している。

 シャンティイを拠点に実り多い調教師生活を送り最近引退したジョン・ハモンド元調教師は、フランスでの調教活動を始める際にファーブル調教師のもとで最高の2年間を過ごした。ハモンド氏は1991年にスワーヴダンサーで、また1999年にモンジューで、仏ダービーと凱旋門賞を制した。さらに2011年にサラリンクス(Sarah Lynx)でカナディアンインターナショナル(G1)を制覇するなど、世界中の多くのG1競走で優勝してきた。

 ハモンド氏はこう語った。「1986年にアンドレ・ファーブルのもとで見習いとして働くように提案してくれたレスター・ピゴットには、大きな恩義を感じています。それは素晴らしく豊かな経験であり、2年間彼のもとで働いて独立しました」。

 「調教師を目指す私にとって、アンドレは良き師であり何でも教えてくれました。彼の活動を気ままに観察することができ、馬を調教する方法をよく聞きよく学ぶことができました。彼は、真剣な理論とリズミカルな調教方法を適用して、独自の我慢強いスタイルで馬を仕上げていました。それに馬を出走させるときに感情に惑わされることはなく、レース結果をそのまま受け入れていました。これは私が調教師として独立した時に極めて貴重な知恵となりました」。

 ハモンド氏は調教師生活において欧州の他の調教師と比べてファーブル調教師をどのように評価したかについて、こう断言した。

 「彼の長年にわたる一貫した結果を見れば、フランソワ・マテ以来の最高のフランス人調教師であるはずです。ヴィンセント・オブライエンは例外かもしれませんが、アンドレは彼の時代において欧州最高の調教師です」。

3つの厩舎を運営する最後のトレーナー

 ハモンド氏は次のように続けた。「アンドレ・ファーブルは私が知る中で唯一、国際的大企業でも経営できるような頭脳明晰な調教師です」。

 「シャンティイで3つの主要厩舎を運営する最後の調教師になると思います。なぜなら、フランスの雇用保険料が高いことは多くの厩舎スタッフを雇う際の障害となっており、多数の馬を管理することが難しくなっているからです」。

 ハモンド氏は今後も競馬に関わり続けようとしており、「2つか3つの話が持ち上がっています。そのうちの1つは豪州の競馬シンジケートOTIレーシング(OTI Racing)の欧州代表です」と語った。

 ファーブル調教師が多くの勝利を挙げることには、騎手への的確な評価が少なからず関連している。

 キャッシュ・アスムッセン、ティエリー・ジャルネ、オリビエ・ペリエの各騎手は、同調教師の初期の成功に大きく貢献した。

 現在、ファーブル厩舎には3人の所属騎手がいる。ピエール-シャルル・ブドー騎手、ミカエル・バルザローナ騎手、ヴァンサン・シュミノー騎手である。2014年末まで所属していたマキシム・ギュイヨン騎手はヴェルテメール兄弟の主戦騎手となっているが、今でも同兄弟がファーブル厩舎に預託する馬には騎乗している。

 昨年の凱旋門賞ウィークエンドで凱旋門賞優勝を含む6勝を果たしたブドー騎手は、こう述べた。「アンドレは分かりやすく言えば"巨匠"です。見習騎手として厩舎で働き始めると、レースでの騎乗から馬の世話にいたるまで、経験豊富な彼からすぐに多くのことが学べます」。

 現在レース以外のことで悩まされているかもしれないブドー騎手は、「アンドレは一緒に働きやすい人ではありませんが、彼のことをとてつもなく尊敬しています。アンドレが調教場や競馬場で出す指示には従うしかないでしょう。言葉数は少ないですが、非常に集中して指示を出し行動していて、何もかも熟知しています」と語った。

 ファーブル調教師のキャリアの重要なファクターは、どのようにして馬の実力を最大限に引き出すかを心得ていることだ。

 「特別な調教方法ではありませんが、彼は管理馬をすべて熟知しており、ビッグレースに出走させるのにどのように調教して仕上げれば良いのか理解しています。そしてトップクラスのスタッフがそれを手伝っています。彼は仕事を愛しており非常にひたむきです。毎朝7時に調教場に出て、最初の馬群の調教に指示を与え、監督し、よく見ています。そして午後には管理馬が出走するレースを見に行きます」。

 バルザローナ騎手は、「アンドレ・ファーブルはすべての面でプロの騎手になる方法を教えてくれます。また、見習騎手がキャリアを始めようとするとき、誰にでも同等のチャンスを与えます」と述べた。

 ファーブル調教師は必要であれば厳しい態度を取ることもある。1997年ニエル賞(G2)では、自らが手掛ける1番人気馬パントルセレブル(後の凱旋門賞優勝馬)がラジプート(Rajpoute)の僅差の2着となったとき、イタキ(Ithaki ジョナサン・ピース厩舎 ニアルコス家所有)に騎乗したキャッシュ・アスムッセンの戦術に苛立った。

 同調教師はレース後、アスムッセンが自らの管理馬に乗ることは二度とないと述べた。この米国人ジョッキーはその頃ニアルコス家と契約しており、結果としてニアルコス家はファーブル厩舎に預けていた4頭を引き上げることになった。

 ファーブル調教師は他人がどのように考えようとも自らの判断を押し通すことも恐れない。2015年仏ダービーの前、アブドゥラ殿下/ジャドモントファーム陣営に、彼らの所有馬ニューベイ(New Bay)にはヴァンサン・シュミノーが乗るべきだと提案した。21歳のシュミノー騎手は前年にフランスの障害リーディングジョッキーに輝いており、2ヵ月前に平地騎手に転向したばかりだった。

 ファーブル調教師はその考えどおりにさせてもらい、シュミノー&ニューベイのコンビは大外枠を克服して勝利を手に入れた。シュミノー騎手は仏ダービーとパリ大障害の両レースを制覇したジョッキーとなり、これは100年以上達成されていなかった歴史的快挙だった[同騎手は2014年にパリ大障害をストームオブセントリー(Storm Of Saintly)で制していた]。

 昨年のフランス人騎手たちのリーディング争いではファーブル調教師の影響が色濃かった。マキシム・ギュイヨン騎手が234勝を達成してリーディングタイトルを獲得し、それに201勝のブドー騎手、143勝のバルザローナ騎手が続いた。その前の年もこの3名がトップ3を占めたが、首位に立ったのはブドー騎手で、それにギュイヨン騎手とバルザローナ騎手が続いた。

 アメルランド牧場&ニューセルズパークスタッド(Gestut Ammerland and Newsells Park Stud)が所有するヴァルトガイストは種牡馬入りしたが、ファーブル調教師には2020年に活躍しそうな有力馬が多数いる。アースライトとヴィクタールドラムへの期待は高まっている。またブドー騎手によれば、昨年の仏2000ギニー優勝馬ペルシアンキング(Persian King)は故障を発症したものの現在は調教に戻ってきており、マイルのG1レースで大きな力を発揮するだろう。

 ファーブル調教師が過去40年間にフランス競馬に絶大な貢献をしてきた真のレジェンドであることには疑いようがない。その偉業は、今後長年にわたって超えられることはないだろう。

By John Gilmore

[Thoroughbred Racing Commentary 2020年2月6日「Master trainer Fabre is on the crest of a wave - again 」]


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