異様な雰囲気の英ダービーで勝利を奪取したサーペンタイン(イギリス)【開催・運営】
世界で最も有名なレース、英ダービー(G1)は240年前に創設された。しかしほぼ無音のエプソムダウンズ競馬場でサーペンタイン(Serpentine)が勝利を奪い取った今年の英ダービーほど、異様なものはなかった。
たとえ競馬場が大観衆で埋まっていたとしても、この現実離れした出来事を前に大きなざわめきは起こらならかっただろう。実際のところ、今年の英ダービーに立ち会った関係者たちは、英ダービー初騎乗で10月から勝鞍のないジョッキーが勝利を略奪したことに驚愕および困惑した反応を見せるしかなかった。
エメット・マクナマラ(Emmet McNamara)騎手(30歳)にとっては新奇の体験だったが、英ダービー最多勝記録で単独首位に立った鬼才エイダン・オブライエン調教師にとってはあまりにも慣れ親しんだ勝利だった。サーペンタインは道中力強く走り、バリードイル(クールモアの調教拠点)と偉大な父ガリレオのために勝利を手に入れた。
オブライエン調教師は今やこのレースを通算8勝し、英ダービー歴代最多勝を達成した。また、同調教師にとって最初の英ダービー馬(2001年)であるガリレオは、種牡馬として歴代最多となる5頭目の英ダービー優勝産駒を送り出した。
その上オブライエン調教師とガリレオは、このレースの75分前に行われた英オークス(G1)を圧勝したラブ(Love)も送り出している。
ラブは先行馬から離れた位置でレースを進め、その後破壊的な追込みで勝利をつかんだ。一方、6月27日にカラ競馬場の未勝利戦で今シーズン最初の足掛かりを得たばかりのサーペンタインはそれとは違い、このような先行策をとらなければ勝利に到達することはまずできなかっただろう。サーペンタインはレース半ばに差し掛かる前にリードを広げていき、優美にタットナムコーナーを下っている時には後続馬を大きく引き離した。後続馬15頭の中で1番手を走っていたハリーファサット(Khalifa Sat)は最後までその位置をキープしたが、サーペンタインをとらえられる馬はいなかった。
優勝馬サーペンタインは決勝線で2着のハリーファサットに5½馬身もの差をつけていた。3着となったのはオブライエン厩舎のもう1頭の伏兵アウラーンナヴィーアン(Amhran Na Bhfiann)。世界中のテレビ視聴者は単勝26倍・51倍・67倍の馬が1着~3着で入線したのを目にした。1・2番人気のカメコ(Kameko)とイングリッシュキング(English King)は最後に追走して4着・5着となり、ダービーの栄光には程遠かった。
発走時に2頭が先行し、ゴールでもその2頭が先に入線した。このことについては、敗れたジョッキーに詰問しなければならない。ただ、乗り方を間違えた騎手がいたとしても、マクナマラ騎手が極めて正しい乗り方をしたことに議論の余地はない。同騎手はわずか1週間前、愛ダービー(G1)で同じくオブライエン厩舎のタイガーモス(Tiger Moth)に騎乗して2着となり長いトンネルを抜けだすチャンスを惜しくも逃していた。
スランプを脱したマクナマラ騎手は、「これまで勝利を味わうことを我慢していたんです!」と冗談めかして述べた。素晴らしい答えだ。「英ダービーという大舞台でG1初勝利を成し遂げたことに衝撃を受けていますか?」と聞かれたときも、もう一度同じように答えた。
「オブライエン調教師は私を自信いっぱいにしてくれていたので、これはそれほど驚くことではありません。彼は"正しくレースに臨めば、サーペンタインはダービーを勝てる馬だ"と言いました。実際それを信じていました」。
「レース中、すんなりと先頭に立てたと思いました。一度も後ろを振り返らず、サーペンタインの息遣いだけを聞いていました。猛スピードを出していないことは分かっていたので、他の騎手たちは私を無視しているのではないかと考えていました。レース前半に十分セーブしていたと考えていたので、頭の中にある時計が少しでも正確であることを願っていました」。
実際、マクナマラ騎手はスピードをかなりセーブしていた。
「全く物音が聞こえなかったことが、状況をさらに非現実的にしていたと思います。スタンドは空っぽで、どの馬の物音も聞こえませんでした。正直に言って、少し信じられません」。
オブライエン調教師がエプソムで達成した偉業もまた信じられない。今回、同調教師は自宅での観戦を余儀なくされていたが、息子の一人は何が起こるのかを予想していた。
「家族全員で観戦しました。サーペンタインが5ハロン(約1000m)の地点に差し掛かったとき、ドナカが"エメットが勝つ"と言いました。彼らは先頭で悠々と走っており、挑戦してくる馬はおらず、減速するような様子は見られませんでした」。
「エメットは素晴らしい乗り方をしました。ペースをよく読み、馬が1½マイル(約2400m)を持ちこたえられると信じていました」。
騎手を称賛した後には、他のあらゆる関係者への称賛を続けた。英ダービー最多勝トレーナーはこれまでもいつも、自らに送られる全ての称賛をそらしてきた。
「私たちは、多くの努力が結果に繋がるまでの道のりがとても長いことを知っています。何も予期せず、常に最善を尽くし、幸運を願い、結果を受け入れます」。
たしかに、この結果を理解するのは難しいことである。
アウラーンナヴィーアンで3着となり検量室に引き上げてきたウィリアム・ビュイック騎手は、「どうしてここはこんなに静まり返っているのですか?」と聞いた。優勝したマクナマラ騎手は翌日の仏ダービー(G1 シャンティイ)で騎乗するが、新型コロナウイルスによる移動制限のために、アイルランドに帰国するときに14日間の隔離を受けなければならない。
マクナマラ騎手は極上の笑顔で、「14ヵ月間隔離されも良いでしょう!」と言った。異様な雰囲気のエプソムダウンズ競馬場の午後に起こったことを考えれば、これは十分に理解できるリアクションだ。
By Lee Mottershead
[Racing Post 2020年7月4日「Serpentine stuns Derby rivals for O'Brien to win a race as strange as the day」]