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2021年07月19日  - No.7 - 3

競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(3)(アメリカ)【その他】


 ニューヨークのホースマンたちは、リゾーツワールドカジノの力を利用し続けなければならないというプレッシャーをよく意識している。たとえばニューヨーク・サラブレッド・ホースメン協会(NYTHA)はそのウェブサイトで、その政治活動委員会(PAC)への寄付をメンバーに呼び掛けている。ウェブサイトのトップ画像は、NYTHAのジョー・アップルバウム会長とニューヨーク州上院の民主党多数派リーダーであるアンドレア・スチュワート-カズンズ議員が一緒に写ったものである。そしてビデオロッタリーターミナル(VLT)の収入を"守ること"を最優先課題にしている。

 しかし2020年6月、アップルバウム会長はひそかにNYTHAのメンバーに宛てて、「ウイルスの感染拡大は、賞金のほぼすべてをカジノの補助金で賄っている小規模な競馬場がNYRAのようにカジノの補助金なしで自立できる競馬場の足を引っ張っていることを示しました」と書いた。

 州の記録によると、NYTHAのPACは2010年以降、少なくとも7万2,550ドル(約798万円)を政治キャンペーンに寄付しており、そのうち2万4,500ドル(約270万円)が民主党上下院選挙委員会に、5,000ドル(約55万円)がスチュワート-カズンズ議員に向けられている。ニューヨーク・サラブレッド生産者協会(NYTB)にもPACがあり、アンドリュー・クオモ知事の選挙資金に2万5,000ドル(約275万円)、民主党上院選挙委員会に1万ドル(約110万円)など、合計5万200ドル(約552万円)を寄付している。

 ニューヨークには選挙献金に制限があるが、ペンシルベニアにはない。そのことが、ニューヨーク州よりも競馬場が5場少なく、常に目立つことのない競馬サーキットのある州が、ほぼ同じレベルで競馬に補助金を出している理由を説明しているのかもしれない。記録が残るかぎりでは、2017年以降にペンシルベニア・サラブレッド・ホースメン協会(PTHA)とペンシルベニア生産者協会(PHBA)は100万ドル(約1億1,000万円)以上の資金を集めて60万ドル(約6,600万円)の寄付を行い、ハリスバーグ(州会議事堂)で両党の州議員に資金をばら撒いている。

 シャロン・ウォード氏は筆者に対し、「州議会が彼らの言いなりになっています。恥ずべきことだと思います。彼らが身を守れるのは、人目につかないやり方で実施しているからです」と言った。

 ホースマンが資金を調達する方法は普通とは言えない。ウォード氏が調べたところ、フィラデルフィア郊外の競馬場、パークスカジノでは、PTHAが馬主から1レース1頭ごとに少額の手数料を徴収してその半分をPACに納めていることが分かった。2017年に実施されたPTHAの監査によると、PTHAは数年前にその手数料を10ドル(約1,100円)から20ドル(約2,200円)に引き上げた際、それをメンバーに通知せず、任意の支払いであることも告げなかった。PTHAはこの監査を受け、ハンドブックの54ページ目を修正し、馬主や調教師に対して"PACのための控除には同意しない"という通知を書面で提出できることを知らせた。

 ウォード氏は、「言うのがためらわれますが、馬主から金を巻き上げているようなものです」と端的に表現した。トランスペアレンシーUSAによると、PTHAのPACは2017年以降、これらの手数料から45万2,000ドル(約4,972万円)を調達している。

 これらの賭けが必ずしも的中するとはかぎらない。ホースマンたちはトム・ウルフ知事に2万5,000ドル(約275万円)を献金している。知事は今やホースマンたちにとって宿敵だが、就任翌年の2016年には、現在提案されている年間2億ドル(約220億円)はおろか、州が競馬振興資金から一銭でも金を引き出そうとする行為をできるだけ困難にする法案に署名した。

 2015年までに、ペンシルベニアの競馬サーキットのパリミューチュエル賭事税は1,100万ドル(約12億1,000万円)をわずかに上回るほどの額にまで落ち込み、規制のための費用の半分しか賄えなくなっていた(その後、900万ドルを下回っている)。一方、2003年に5,600万ドル(約61億6,000万円)だった賞金額は2億ドル(約220億円)を上回り、その9割近くが6つのレーシノのスロットマシンから支出されたものだった。この爆発的な賞金の増加はしばらく出走頭数を増やして州外の競馬関係者の関心を引きつけたが、それは他州も賞金額増加合戦に参加するようになるまでのことだった。それでも、競馬場はスロットの発売総額の4%を受け取り、州は何も受け取らなかった(一方、州内競馬場の発売総額は半減した)。

 これについては再考する必要があったのかもしれないが、州議会はその代わりに「第7法(Act 7)」と呼ばれる法律を可決した。この法律により、それまで競馬界がその収入で賄ってきた馬の薬物検査などの事業を競馬振興資金で実施できることになった。レーシノがオープンした当初とは違い、競馬が州の一般財源に資金を提供するというような議論はもはやなされなかった。

 ウォード氏が調べたところによると、競馬界は何も手放さないどころか、新たに独自の執行権限を与えられたのである。新たに設立された州競馬委員会(SHRC)は農務省に組み込まれたが、これは競馬界が意図的に選んだことであり、「ホースマンは、一般の人々が信じる農業にまつわる神話に自分たちを包み込もうとしています。彼らは賞金に注ぎ込まれている膨大な資金については決して語りません」とウォード氏は言う。

  SHRC のメンバー9人のうち5人は競馬界との金銭的な利害関係をもつ。この5人のうち4人はそれぞれ異なるホースマン協会に属し、それらのホースマン協会のメンバーに影響を与える決定を承認できる。5人目はペンシルベニア州の薬物検査を実施する研究所に雇用されている獣医師である。ウォード氏は、「SHRCの公的機関としての倫理規定は"非常に緩い"ものです。メンバーは何が利益相反かあるいはそうでないかを決めることができます。馬や牧場に出資することも許され、彼らが支給を担当する賞金や生産者賞を受け取ることもできます」と述べる。

 ウォード氏は、この組織再編成は不可解であり透明性を失わせるために策定されたもののようだと述べ、こう記している。

 「第7法は、競馬産業の監督責任を担う州職員が農務長官・州知事・ペンシルベニア州民のためではなくSHRCのために奉仕することを明らかにしています。また局長はSHRCのためだけに従事して報告を行い、第7法は、局長が農務省に報告しないことを明確にしています。すべての認可・執行・管理業務はSHRCが請け負います」。

 これらに加えて、第7法の最重要部分は競馬振興資金を信託としたことである。つまり、そこから資金を移すには新たな法律が必要となる。

 「州知事と州議会は、1つの種目から別の種目へと資金を移動させることができますが、競馬振興資金だけはそうはいきません」とウォード氏は語った。

 20年経った今、補助金を擁護する議論は変わった。賭事客を増やして州に税金をもたらすことはもはや約束しなくなり、競馬産業は大きすぎて潰せないという議論になっているのだ。

 ウルフ知事が2月初めに競馬の補助金削減を再び提案したとき、ある業界団体のスポークスマンは「この提案は競馬の終焉をもたらします。競馬は2万の雇用を支え、年間16億ドル(約1,760億円)もの経済効果をもたらし、数十万エーカーの空地を保全します」と述べた。

 しかしウォード氏は報告書の中で、州農務省が委託した調査によると、競馬場の常勤職は1,700をわずかに上回る程度で、直接雇用数は全体で1万に満たないとしている。2019年において比較してみると、直接雇用数31万の観光産業がわずか1,800万ドル(約19億8,000万円)の州資金しか受け取らなかったのに対し、競馬には2億4,000万ドル(約264億円)が投入されたことを、ウォード氏は発見した。

 「さまざまな産業を税金で補助すべきだと考える人でも、この産業はリストの末尾に入れておくべきです」とウォード氏は言う。

 競馬産業は数年に一度、競馬団体やアメリカン・ホース・カウンシル(AHC)のような業界団体が業界資金で実施した経済効果調査を発表する。そのため、そこに記された数字は典拠の確かな資料として、国や州が委託した報告書に掲載されるが、実際にはそうではない。

 2018年にAHCが発表したニューヨークの馬産業についての調査報告は福音書のように扱われているが、それを見たところ、調査の成果と言えるものを示すものでは全くなかった。NYRAの競馬場で撮影された光沢仕上げの馬の写真[クレジットはニューヨーク・サラブレッド・ホースメン協会(NYTHA)]に、太字の数字がたくさん散りばめられていて、出所が疑わしく、分かりにくい内容だった。それは、ニューヨークの競馬は1万2,815の直接雇用と観光を含む約7,000の間接雇用を創出し、合計で30億8,000万ドル(約3,388億円)の経済効果をもたらしていると報告していた。しかし調査報告の後半では、最も関連性が高いと思われる部門である"レースと競馬場の運営"に従事しているのは、わずか2,583人であるとされている。そしてこの調査は、「NYTHAとニューヨーク・サラブレッド生産者協会(NYTB)の"大きな支援を受けて"実施されたものである」と認めている。

 しかし、NYRAのウェブサイトには別のことが書かれている。「競馬産業は1万7,400の雇用を創出し、ニューヨークの都市部と郊外の経済に21億ドル(約2,310億円)以上の貢献をしています」。

 かつてアンドリュー・クオモ知事のもとで競馬・ゲーミング副長官を務めたベネット・リーブマン氏は、2020年に発表した論文の中で、ニューヨークの競馬界で4万の雇用がある(常に疑わしい数字である)という主張が1982年にまでさかのぼることを突き止めている。その後の30年間、競馬産業や州の関係者がこの主張を請け売りし、記者はそれを繰り返してきたのだ。また3万5,200や3万2,500などの同様に出所が疑わしい数字が絶えず繰り返された。これらの想像上のメリットは、州が競馬から得ている実際の収入を含む他のすべての競馬を支える論理的根拠を地味なものとして排除し、引き続き擁護に使われている。

 競馬において、これらの研究はトリクルダウン理論に依拠しているようだ。競走馬を購買するのに大金が必要なのはもちろんのこと、厩舎に預託するのにも数万ドルがかかるため、大半の競走馬の馬主はそもそも裕福である。サラブレッド競馬界の超富裕層は、国や首長国を統治するような人々で、競馬に参加することをステータスシンボルと考えており、賞金がいくらか増えてもそこは変わるものでもない。彼らの馬を預かる調教師の収入は増え、おそらくは、その下にいる低賃金の厩舎スタッフの収入も増えるだろうが、その先はどうだろうか?最も成功している調教師が従業員らから賃金を盗んだとして、連邦や州労働局から訴えられたり罰金を科せられたりしている事実を見ると、いささかお寒い感じがする。

 ウォード氏はこう語った。「これは結局、欲と必要性の問題だと思います。ホースマンや馬主は自らのお金を確保したいのであって、それ以外の人々は列に並んで待つしかなくなっているのです。彼らはいつも列の先頭で両手を広げていますが、ウイルス感染拡大の最中、世界中で多くの人が苦しんでいるときに、それを正当化するのはとても難しいことです」。

 少なくとも当面は、競馬界は政治家よりも彼らが玄関から招き入れたカジノ企業を恐れるべきかもしれない。ペンナショナルのようなありふれた競馬場は消滅に向かっていたが、突如として巨大なゲーミングの拠点となり、そのオーナーであるペンゲーミング社は今や、全米に41のカジノ施設を所有している。ペンシルベニア州には今では競馬場以外にもスロットマシン施設があり、競馬場はスロットからの取り分が無いかそれほど大きくなくなっている。2020年末、南フロリダのコールダー競馬場は50年の歴史に幕を下ろした。オーナーのチャーチルダウンズ社(CDI)がカジノの運営免許を競馬場でのライブのレースから切り離すための法律の抜け穴を見つけたからだ。

 大半の州がスポーツベッティングを導入しているか、導入を予定している。またウイルス感染拡大の影響により、カジノ企業のモバイルゲームへの進出が加速している。競馬は発売金を引きつけるためにこれほど激しい競争に直面したことがなかった。競馬界が政府依存の道を歩んでから25年。そもそもレーシノは毒入りの聖杯だったのかもしれない。

 ロッシ氏はこう予想する。「補助金が減ってくると、競馬関係者はへつらって、『こんなことができるのはすべて我々のおかげですよ。ゲーミング免許を取得するのを許したのも、そもそも競馬場に入ることを許可したのも我々なんですよ』と言って資金を求めてくるでしょう。そして、今後何が起こるのか見守るしかありませんが、州政府が 『消え失せろ』と言うことにはオッズ1.2倍がつくと思います」。

By Ryan Goldberg

(1ドル=約110円)

 (関連記事)海外競馬情報 2021年No.5「競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(1)(アメリカ)」、No.6「競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(2)(アメリカ)

[Defector 2021年4月8日「Is Horse Racing Still Too Big To Fail?」]


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