セネガルの競馬開催に感じられるまじり気のない競馬への愛(セネガル)【その他】
セネガルの国旗の緑・黄・赤で派手に彩られたグランドスタンドに観客が入場するとき、リズミカルなドラムの音、熟したマンゴー、乾燥した泥が出迎えてくれる。中央にあるVIPエリアには、出馬表を軽やかに扇ぐカラフルな民族衣装の波が、男性ばかりの群衆の観客席に挟まれている。人々はコース脇の柵に肘をつき、コースを囲む競馬場の外周壁に座り脚をぶら下げる。ここは西アフリカだが、円形の左回りコースはチェスター競馬場を彷彿とさせる。それを見下ろす近隣の建物の屋上には、たくさんの人影が見える。
この日はセネガルの競馬開催日程(全30日 1月~6月 毎週日曜日)の中で最も重要な日のひとつであり、ティエス(首都ダカールから東に約70km)にあるンディアウマコドゥディオップ競馬場(Ndiaw Macodou Diop)のコースは深い砂馬場で、ところどころにペットボトルが散らばっている。気温は32度でジトジトしている。1日中穏やかなカーニバルの雰囲気が続き、マナーの良い観客たちが6レースの中でも最も注目されるメインレース、ルネッサンスアフリケーヌ大賞(フュージョンG1 2650m)を心待ちにしている。
複雑な競馬の歴史
国際競馬を考えるとき、セネガルは最初に思い浮かぶ国ではないかもしれない。しかしアフリカ大陸の最西端に位置するこの国には長くて複雑な競馬の歴史があり、現在の競馬に忘れられぬ痕跡を残している。
若い生産者でセネガル馬に関する本の著者であるモクタル・バ(Moctar Ba)氏は、「セネガルの熱狂的な競馬ファンはサラブレッドにはあまり興味がなく、競走馬の多くを占める交配種に強い関心を持っています」と述べ、交配種への偏愛は植民地政策に根差していると説明する。
「入植者が村から最高の種牡馬を奪ってしまったため、もはや村では牝馬を優秀な種牡馬と交配させることができなくなってしまったのです。第2次世界大戦中、フランス軍は優良馬の供給を使い果たしてしまい、その後国内各地に種牡馬の収容所を設置し、1948年に"セネガルのニューマーケット"と言われるダラ・ジョロフ(Dahra Djoloff)に最初の種馬場を創設しました」。
時を現在までに進めてみると、輸入サラブレッドと地元馬との交配がセネガルの種馬場で盛んに行われている。そしてバ氏のようにインターネットを利用できる若い世代の生産者たちが、この慣行を専門化するのに貢献している。
「私たちはフランスで種牡馬を見つけて、セネガルに連れて帰ります。一番安い馬を購買します。脚に問題があっても優良血統であれば買うことしています。たとえば、私が最近生産した牡駒の父はケナクロス[Kenacross 競走生活で唯一のレース(シャトーブリアン競馬場)において12頭中11着]ですが、その父はケンダルジャン(2020年のフランス種牡馬ランキング3位。昨年の英チャンピオンS(G1)2着馬スカレティの父)でした。私はそれを調べるためにインターネットを使います。ある馬に関心をもてば、その父を調べて、特徴をチェックします。スピードのある馬だったか?早熟な馬だったか?などです。次はガリレオの産駒を手に入れようと思います」。
その日の出馬表を調べてみると、目を引くのはサラブレッド血量の割合が「1/2」~「63/64」の範囲で掲載されていることだけではない。小柄な交配種に騎乗できるのは最軽量の騎手だけであり、その日の第1競走(2歳牡馬戦)の最低負担重量はわずか38kgだった。
レユニ厩舎(Ecurie Reunies)は、セネガルで最も大きく、最も成功を収めている厩舎の1つである。196頭が在厩し、国内で最も権威あるレース、シェフドレタ大賞の最多記録19勝を達成している。同厩舎の渉外・管理責任者であるアブダラ・フォール(Abdallah Fall)氏はこう説明した。「私たちは体重によって騎手を選んでいますが、2歳馬は38kgほどの騎手を乗せなければなりません。そのため騎手の多くは10代であり、厩舎は彼らが滞在して食事して学んで働く場所を提供しています」。
「騎手は厩舎と契約します。そして私たちはレースごとに騎手を選ぶのですが、ほとんどの馬の主戦騎手は決まっています。たとえば、ビュラークス(Buraax)にはいつもオマール・サ(Omar Sa)が乗ります。そうでない場合は、1回の騎乗につき1万CFAフラン(約2,000円)と賞金の15%を支払って、別の騎手を乗せることができます」。
また出馬表には、種牡馬・獲得賞金・勝利数が記載されており、リーグ制のように勝利数によってレースへの出走資格が決定される。たとえばグループ1には、1勝している4歳馬に加えて、最も多く勝っている2歳馬と3歳馬が出走できる。
興味深いことに出馬表には騎手名も調教師名もないが、馬主名は記載されている。それは、競馬がお金のかかる趣味であり、ほとんどの馬主が自らの厩舎を持っているからである。フォール氏は、「馬主は調教師を住まわせ、食事・交通・ガソリンを提供しなければないのですが、それでもあまり稼ぐことができません(馬主は賞金の65%を受け取る)」と説明する。
今日の出馬表には、レユニ厩舎のビッグレースでの有望馬の1頭であるメジャー(Major)が、馬主兼調教師のサキール・ティアム教授(Pr Sakhir Thiam)ではなく、生産者のマンスール・シラ(Mansour Sylla)氏の名義で記載されている。
シラ氏はこう語った。「私はメジャーをレユニ厩舎に売却しましたが、彼らは馬主として私の名前を残したがりました。セネガルでは馬主がよくこのようなことをします。迷信のためや縁起をかつぐためでもありますが、競馬振興や人々の参加を促すためでもあります。テレビで同じ名前の馬主ばかり見ていると、若者は興味を持たなくなるでしょう。アイルランドではいつも、クールモアやゴドルフィンが登場します。セネガルでは関心を高めて投資を促進するために、さまざまな名前を使っています」。
根本的な課題を浮き彫りにする前座レース
投資の促進が競馬産業にとって主な優先事項である。シェフドレタ大賞の前に施行された4つの前座レースがその課題の大きさを露わにする。
まず気候である。第1競走の発走時刻は午後4時であり、グランドスタンドは西アフリカのきつい日差しを遮ることができる。しかし馬と騎手は、馬場内にあるコーンで仕切られたパドックでも、コース上でも、直射日光を浴びることになる。
また、競馬の安全性や質の面での課題もある。この日の第1競走である2歳牡馬限定戦(1650m)では、著名な馬主兼調教師のウマール・バオJr.(Oumar Bao Jr.)氏が手掛けたディオフォール(Diofor)が勝ち時計2分28秒で優勝した[参考までに、4月29日にサウスウェル競馬場で行われたクラス6のマイル戦(ファイバーサンド馬場)で優勝したスージージャヴェア(Susie Javea)の勝ち時計は1分46秒]。
レースの早い段階で実力の格差がどの程度かはっきりしていた。½マイル(約800m)を過ぎた地点で2頭が30馬身後ろを走っており、最後の1周はまるで平地のマイル戦ではなくグランドナショナルの終盤のように馬はバラバラになっていた。1頭が予後不良となり(この日の唯一の予後不良事故)、救急車は砂に埋もれて動けなくなり、サリフ・コバ騎手(21歳)は明らかに頭に打撲傷を負っていたが、その日の残りのレースで騎乗を続けた。
マンスール・シラ氏はこう語った。「この10年間でセネガルの競馬は大きく発展しましたが、現状はまだ私たちが目指しているものからかけ離れています。多くの理由から、理想的な競馬を実現するのはここでは難しいのです。サハラ以南のアフリカには、水があまりありません。そのため馬に与える乾草がなく、藁やピーナッツで代用しています。また、馬を調教するのに適した土地もありません。現在はラックローズ(レトバ湖)の近くにある砂コースを使用していますが、砂が深く、馬が悪戦苦闘して怪我することもあります」。
馬の栄養状態にしても、スキーゴーグルを装着して勝負服が破れた騎手にしても、すべて財源の問題である。セネガルの競馬は、国家競馬管理委員会(Comité National de Gestion des Courses Hippiques:CNG)によって運営されている。CNGは競馬開催日程を作成し、出走登録を管理し、競走当日の運営を担当し、そして重要なことであるが、賞金を配分している。
CNGの第一副理事長であるビボ・シー(Bibo Sy)氏はこう語った。「大統領は、セネガル国営宝くじ(Loterie Nationale Sénégalaise : LONASE)の収入の2%をCNGに与えると宣言しています。これは毎月末に行われますが、CNGとLONASEの間では常に争いが起きています。私たちは収入の2%を要求するのですが、LONASEは利益の2%であると主張します。CNGは現在、年間約2億CFAフラン(約4,000万円)の収入があり、これで予算の60%を賄っており、残りはスポンサー料・出走登録料・寄付などで補填しています。それにより合計で毎年約50万ユーロ(約6,500万円)の収入があり、競馬開催日は1日につき約1万5,000ユーロ(約195万円)の費用が掛かっています」。
この財源不足により、オールウェザー馬場で施行されるナイター競馬の賞金はまるでパンデミックで賞金が大幅減少した英国チャンピオンズデーのようになっている。たとえば、現在大半のレースの総賞金は200万CFAフラン(約40万円)であり、ルネッサンスアフリケーヌ大賞の総賞金は500万CFAフラン(約100万円)である。このようにわずかな賞金しか提供されないことは、競馬産業全体に連鎖反応をもたらしている。
マンスール・シラ氏は「賞金は少額なのに、維持費は高額となっています。そのため、調教師はその他のすべての費用を支払うために管理馬を月に2~3回出走させたがっています。それは馬にダメージを与えるもので自滅的です」と語った。
欧州に所有馬を出走させる数少ない馬主の1人であるムーサ・エムバク(Moussa Mbacke)氏の厩舎の一員、カディム・サル(Khadim Sall)氏も同意見である。「賞金を倍増させる必要があります。そうすれば騎手はいっそう努力するようになり、調教師はより良い仕事をするようになり、私たちはより良い飼料を購入できて、馬と競馬の水準を向上させることができるでしょう。またレストラン、広場、パドックを備えた本格的な競馬場が必要です。それに、騎手と馬が日陰で涼める場所も必要です」。
問題の解決に向けて
ンディアウマコドゥディオップ競馬場は確かに機能的で、夕日を浴びて荘厳な雰囲気を醸し出しているが、セネガル競馬界の期待に応えるにはツールが不足しており、新たな競馬場の建設がCNGの最優先課題だとビボ・シー氏は述べる。
「私たちはディアムニアディオの近くに土地を持っていましたが、国はその土地を返却するように求め、ラックローズの近くのもっと大きい土地を提供してくれました。そこにはセネガルの競走馬の80%がいます。私たちにとってシャンティイのようなものです」。
「CNGが次に望んでいることは、馬の価格を引き上げること、欧州にあるような将来の調教師や騎手のための公認の競馬学校の創設すること、競馬メディアを発展させることです。現在はYouTubeチャンネルでライブ配信をしていますが、エキディア(Equidia フランスの競馬チャンネル)などと契約して、そのような競馬チャンネルが放映するものをセネガルの視聴者に見せたいと思っています」。
マンスール・シラ氏は、より充実した競馬放送は、競馬の人気を支える新たな市場を開拓することで、競馬の発展に貢献するだろうと考えている。
「競馬は現在2STVで放送されていますが、3~4ヵ月前まではライブではなく、30分程度のダイジェスト番組にとどまっていました。セネガル人の10人中9人は馬が好きですが、テレビ放映されないのであれば、競馬人気を高めるのは難しいでしょう。サッカーとリュット(セネガル相撲)に次いで、競馬はセネガルで3番目に人気のあるスポーツです。適切な投資がされれば、リュットを超えられるかもしれません」。
そのうえ競馬産業を発展させれば、人口の約70%が30歳未満の国において、主に農村地域で数々の職を創出できる。フォール氏は、競馬産業を発展させるひとつの方法は民営化だと述べる。
「競馬の民営化が必要です。LONASEからの2%の補助金では十分ではありません。10%か11%をもらえるとすれば結構な話ですが、競馬が民営化されればもっと多くの収入を得られますし、他国のようにサラブレッドだけの競馬に移行することもできます。そうすれば、国際水準への到達の一歩になるでしょうし、専門家が規制を担当することでドーピングを撲滅できます。生産大臣およびスポーツ大臣と話したところ、彼らは関心を持ってくれていますが、政治的な意志が必要です」。
競馬の水準が向上して規制が強化されれば、セネガル競馬の馬券発売の道も開けるだろう。競馬産業の多くの人々は馬券発売を収入を生み出すための至高の目標と考えている。モクタル・バ氏は、「PMU(フランス場外馬券発売公社)は現在、セネガル人が購入したフランス競馬の馬券の売上げの約2%を私たちに提供してくれています。私たちはそのお金を取っておいて、私たち自身の競馬の馬券を購入しようと言っています」と語った。場内馬券発売のある新たな競馬場があれば、素晴らしいスタートが切られるだろう。
メインレース
その一方で、競馬場に馬券発売所がなく酒類が提供されないことも、観客たちの穏やかな興奮の理由の1つとなっている。グランドスタンドからは拍手の音や束の間の仲間意識が発生し、競馬ファンはミカエル・バルザローナに早くに喜びを表現するコツをいくつか教えてくれそうな演出上手な騎手たちを見て楽しんでいる(訳注:バルザローナ騎手は2012年ドバイワールドカップをモンテロッソで制したとき、ゴールを通過する前に鐙に立ち上がり派手に喜びを表現した)。
第2競走の優勝ジョッキーはゴール手前で観客に向かって手を叩き、満面の笑みを浮かべている。第4競走の優勝ジョッキーはゴール手前と入線後に観客に投げキッスを送る。有名なレスラーとその側近が観客にシンクロナイズドダンスを特別に披露する。優勝馬関係者のために、砂馬場にレッドカーペットが敷かれる。
シャーガーカップの西アフリカバージョンさえも開催される。第1回アンテグラシオンアフリケーヌ大賞では、セネガル・マリ・ブルキナファソの馬と騎手が参加した。3ヵ国の国歌斉唱のために観客が起立し、アナウンサーが「アフリカ競馬万歳!アフリカスポーツ万歳!アフリカ万歳!」と高らかに宣言する。
軍楽隊が準備を整え、出走馬20頭とそれらの騎手がビッグレースに先駆けグランドスタンドの正面をパレードすると、一部の観客がウマール・バオJr.調教師の出走馬に元気いっぱい声援を送った。コースの一番奥にある発馬機が開くと、一斉に揃ったスタートが切られ、進級のための第一関門はパスした。そしてメジャーが序盤に他馬をリードしていった。最初の2周では先頭から最後方の馬まで10馬身ほどの差で進んでいたが、最後の¼マイル(約400m)では先行する2頭が後ろの馬群を8馬身ほど引き離していた。
スリリングな一騎打ちとなりそうだったが、そこにウマール・バオJr.調教師が手掛ける黄と青の勝負服のアミナーウマー(Aminah Oumah)がストラディバリウスの誇るような終盤でのダッシュで迫ってきて、この2頭をとらえ、最終コーナーを回って大きなストライドで走り7馬身引き離した。アミナーウマーは内ラチから離れたところへ進路を変え、騎手は最後の直線で後方を確認して3分57秒の走破タイムでゴールするとき、拳を上げて喜びを表現した[ガリレオクロームはおおよそ同じ距離の2020年英セントレジャーS(G1)を3分37秒で制している]。メジャーは5着となり、その他の馬は15馬身以内でゴールした。
観客や関係者が砂のコースに殺到する。優勝ジョッキーは、観客に向かって胸当てを叩いて見せる。優勝馬の厩務員たちは笛を吹きながら、アミナーウマーのブランケットをマタドールのマントのように揺らしてコースを駆けまわる。警察はこのお祝いを鎮めようとするが、心配は無用だった。なぜならこの競馬開催日全体で見られたのと同様に、これはお祭り騒ぎであり、喜びであり、プライドだったからだ。まじり気のない競馬への愛。その本質としての競馬である。
By Beetle Holloway
(1CFAフラン=約0.2円、1ユーロ=約130円)
[Racing Post 2021年6月26日「Revelry, joy and passion as racing struggles on in the toughest circumstances」]