米国年度代表馬ニックスゴーを生んだK-Nicksプログラム(韓国)【生産】
韓国馬事会(Korea Racing Authority: KRA)について少しはご存じかもしれない。なんと言っても、昨年ペガサスワールドカップ(G1)とBCクラシック(G1)を見事に制した米国年度代表馬ニックスゴーという競走馬を所有しているからだ。しかしこれから数年間で、KRAについてもっと多くのことを知るかもしれない。
100年の歴史をもつKRAは、2017年に韓国におけるサラブレッドの輸入規制の大部分が解除され、先駆的なK-Nicks研究(優良馬を選別し生産するための革新的な遺伝的アルゴリズム)の実践に着手して以来、競馬の国際舞台で大きな進歩を遂げている。
ニックスゴーはKRAにとって最初の偉大な看板競走馬であり、KRAがこの馬の成功を思うままに再現できるようになれば可能性は無限である。
KRAは韓国の競馬産業を監督し、韓国の農林畜産食品部の傘下で競馬を運営している。
国内推定2万5千人が馬産業に従事しており、北はソウル、南は釜山でサラブレッドのダート競走が施行される。また済州島では在来馬の競走が行われ、そこにはKRAの主要種馬場がある。
香港ジョッキークラブ(HKJC)と同様に、KRAは国内のパリミューチュエル競馬賭事権を独占しており、その発売金は60億ドル(約6,900億円)以上と推定される。またKRAの広報担当者は、「KRAは納税による農村・農業地域の最大の支援者のひとつであり、韓国最大の慈善団体のひとつでもあります」と述べた。
しかしKRAが最もよく知られているのはニックスゴーによってだろう。ハナを切って颯爽と走るこの芦毛馬はケンタッキー州を拠点とするブラッド・コックス調教師に手掛けられ、総賞金600万ドル(約6億9,000万円)の2021年BCクラシック(G1 デルマー)を制した。
BCクラシックでニックスゴーはG1・5勝目を達成した。ほかにもBCダートマイル(G1)やペガサスワールドカップなどで勝利を収めている。つまり1月29日に防衛戦となるペガサスワールドカップ(ガルフストリームパーク)に挑んだあと、この馬は来春最もホットな候補として種牡馬生活を開始する。
ニックスゴーは種牡馬生活も韓国ではなく米国で送ることになり、これは韓国の馬産業を"発展・強化"させるというKRAの何よりも重要な目標と合致しないように思われる。
疑いようもなく、独自の遺伝子識別システムであるK-Nicksにより選ばれ、G1を何度も制した馬を自国内で供用することほど良い方法はないだろう。
韓国出身でケンタッキー州を拠点にKRAのレーシングマネージャーを務めるエージェント(馬売買仲介者)、ジュン・パク氏はこう語った。「議論はされましたが、KRAは長期的にほかの種牡馬を購買して韓国に輸入したいと考えています。そのため経済的な観点から言えば、ニックスゴーは米国で供用されることで、韓国に行くことになるほかの種牡馬を購買するだけの資金を生み出すことになるかもしれません」。
「また、すでにいる繁殖牝馬をただ種牡馬のもとに送るのではなく、遺伝学的に最適な繁殖牝馬を見つけることにより、別の方法で種牡馬をサポートすることも考えているようです」。
「それはK-Nicksプログラムにとってもう1つの挑戦ですが、実現できれば生産界に大きなインパクトを与えるでしょう。その野心を叶えるには米国を拠点にすることが最適なのです」。
パク氏は何年にもわたって韓国の顧客のために米国で馬を購買しており、KRAと協力関係を徐々に築いてきた。そして2017年の輸入規制の解除がK-Nicksの出発点となったとき、彼は"現場の男"として重要な地位についた。
パク氏はこう続けた。「KRAはこのシステムを証明してみるときが来たと感じたのです。彼らは将来レースで活躍しそうな若馬をそのシステムを用いて購買しようと考えていて、結果的には、米国で優秀な競走馬を手に入れ、そして韓国の競走馬の能力を向上させるのに役立てようと思ったのです」。
「私も自分の知識と経験をKRAにもたらそうとしてきました。それが彼らの成功に寄与していたのなら嬉しいです」。
パク氏は10年間、米国でトップクラスの馬分析・ゲノム解析の会社でも働いていた。そのためK-Nicks選別システムの実施に気後れせずに携わることができる立場にいたのだ。
K-Nicksは最も基本的なレベルにおいて言うと、優秀な競走馬/繁殖馬の生産に結びつく可能性が高いと思われる遺伝的交雑・特性を特定することで、セリに上場される数千頭を選別する手段となるということである。
KRAの国際サラブレッド開発担当シニアマネージャーであるジン・ウー・リー氏により考案されたこのシステムは、「遺伝的能力評価」と「ゲノミック選抜」の2つのパートに分かれている。
リー氏はこう語った。「遺伝的能力評価とは、競走馬が親から受け継いで将来子孫に伝えるだろう遺伝的能力を、血統や過去の競走成績の徹底的な分析を通じて、さらには統計的な手法で親子間の遺伝子の類似性を評価して検討することです」。
「過去の競走成績だけでなく直系・傍系の繁殖馬としての価値も考慮するため、最も科学的な馬の遺伝的能力指数と考えられます」。
「ゲノミック選抜とは、DNAを用いて優秀な繁殖馬を選抜することです。馬のDNAチップを用いて、馬のDNAと遺伝子型のデータベースを作成することから始めます」。
「そして競走能力(獲得賞金総額)と各遺伝子型の相関関係をもとに、競走馬がもつさまざまな遺伝子型の影響力を特定する統計モデルを作成します」。
「このモデルから計算される遺伝的能力を既存の優良種牡馬と比較して、その馬を選択するか否かを決定します。K-Nicksは生産者たちに、競走馬の総合的な能力向上につながる生産における最良の選択肢を提供できるのです」。
パク氏はセリが開始される前から多くの下準備をしなければならない。KRAが優先的に検査するために選択した150頭ほどの1歳馬から遺伝子サンプルを採取する必要があり、これに馬の販売者は喜んで応じるようである。
K-Nicksプログラムが計算して、成功が見込まれる候補馬のリストが作成され、馬体の調査のために準備が整えられる。
データ・検査・ホースマンシップを組み合わせたアプローチはKRAがどれか1つの側面に偏りすぎることなくより良い結果を出すことを可能にしていると、パク氏は考えておりこう語った。
「牧場を回って毛根サンプルを収集します。それでKRAが選択した150頭の若馬の全ゲノムを解析できるようにします。これがセリの約1ヵ月前に行うプロセスであり、KRAが利用しようと考えているシステムなのです」。
「その解析結果をもとに重要視したいと考える上位10%の馬を割り出します。それらの馬は調和のとれた馬体でなければならず、それはセリで常にチェックされるようなことです。私はそういうことを行っているのです」。
「遺伝的構成は直接馬の見た目に関係ないので、個々の馬を区別するため、将来の健全性といったようなものを測定しなければなりません。そのためには組み込まなければならない要素がたくさんあるのです」。
「競馬はいつも、利用可能になっているデータや、ほかのスポーツや産業が使っているデータを活用するという点で大きな遅れをとってきました。ただ、それは否定的なことにはなりません。優秀なホースマンが多くいて、たくさんのスキルが使われているからです。しかし同時に、私たちはテクノロジーを駆使してスキルを向上させることができ、またそうする必要があります。かなり重要なことだと思います」。
結果がもたらされることも重要だ。KRAはニックスゴーによって、開発・導入したシステムが実を結んでいる明白な証拠を示すことができた。またこの馬の大々的な成功によって、KRAはK-Nicksプログラムに関する知識をさらに広め、韓国全体の競馬産業に対する認識を高めることができた。
ジン・ウー・リー氏は、BCクラシックを制したあとの2週間でニックスゴーはメディア 72社により143回も報道されたと述べ、これは通常地元であまり報道されない競馬にとって14億ウォン(約1億4,000万円)相当の宣伝効果をもたらしたと語った。
同氏はこう続けた。「K-Nicksプロジェクトが開始された当初、私たちはステークス勝馬を選抜する能力に自信を持っていました。そしてニックスゴーの成功により、このプロジェクトはその仮説の正しさを証明したのです」。
「もちろん、将来的にニックスゴーのようなプロフィールをもつ馬をふたたび所有できる保証はありませんが、K-Nicksシステムにより分析されたほかの馬の能力を活用して、今後も新たなG1馬を見いだしていけると信じています」。
KRAは今年100周年を迎え、新型コロナの感染拡大により2年間中止となっているコリアスプリントとコリアカップを9月に開催することを計画している。これらの主要国際競走はこれまで英国やアイルランドからの遠征馬を引き付けてきた。
KRAが収めた成功を記念してレースと祝賀会が開催される一方で、KRAは2022年にK-Nicksプログラムへのさらなる投資、国内で繋養する種牡馬と繁殖牝馬の獲得、米国で出走させる有望な競走馬のさらなる獲得を推し進めることを模索している。
しかしリー氏が語るところによれば、KRAが欧州に進出する見込みは薄い。「米国の競馬場が韓国の競馬場と最もよく似ているので、米国でK-Nicksプロジェクトを始めました。そして米国の血統に精通しており、韓国にいる種牡馬と繁殖牝馬の大半は米国から輸入されています」。
「米国以外では、KRAの存在をアピールできる国として日本が候補に挙がるかもしれません。日本の強豪ぞろいのダート競走では、多くの米国産馬が活躍しています」。
「KRAは長期的な計画として、米国に種馬場を創設し、米国でも韓国でも私たちの馬を活用できる生産システムを構築し、結果的には韓国の競走馬全体を向上させたいと考えています。またK-Nicksの技術そのものと、その分析を使って生産された最高級の競走馬を輸出することも計画しています」。
KRAのこの壮大な計画が実現すれば、パク氏にはいっそう重要な未来が待っていることだろう。
パク氏はこう付言した。「ニックスゴーのBCクラシックでの勝利は"KRAを国際的なレベルに押し上げた瞬間"であり、今後さらに発展させていく意欲をかきたてるものです。私たちは信じられないような素晴らしい道のりを歩んできました。KRAのチームの一員であることをただ光栄に思っています」。
By Peter Scargill
(1ドル=約115円、1ウォン=約0.1円)
(関連記事)海外競馬ニュース No.42「ニックスゴー、BCクラシックを制して米国年度代表馬に(アメリカ)」
[Racing Post 2022年1月9日「The extraordinary innovation behind a US champion and Korea's global ambitions」]