上場馬の詳細情報を提供するため馬房の扉にQRコード(イギリス)【生産】
アンドリュー・ブラック氏はエクスチェンジ賭事(訳注:顧客があるオッズ賭けを提供し他の顧客が承諾すれば個人間の賭けが成立する)を提供するブックメーカー、ベットフェア社を共同で設立したことで、賭事産業の再構築に大きな役割を果たした。それゆえ、自身のチェイスモアファーム(サリー州)で、競走馬を生産・育成するにあたり一風変わったアプローチをとったとしても驚くに値しないだろう。
たとえば、ディープインパクトが種牡馬として名を轟かせるずっと前から日本にその産駒を買いに行くなど、先手を打っていた。また、思いがけないところから牝馬を調達することに大きな喜びを感じていた。牧場の代表的な優良馬セイリングキティ(Ceiling Kitty)の母バルドヴィナ(Baldovina)は、リングフィールドのクレーミング競走で手に入れている。
獣医師のパット・セルズ氏との親密な関係により、チェイスモアファームは率先して比較的新しい治療方法をたくさん採用している。それはダミーフォール(虚弱新生子馬)を治療するためのロープスクイーズ法(胸部圧迫 Madigan Squeeze)や、母馬に拒絶された仔馬の里親探しなどである。この仔馬の里親は引退繁殖牝馬の曾祖母ヴェイルドビューティー(22歳)が務めることになった。
またブラック氏は牧場の最先端の設備に見られるように、最新の技術進歩も早くから取り入れてきた。今度のタタソールズ社10月1歳セールで、彼のチームは小さいながらも重要な最初の一歩を踏み出そうとしている。それは上場馬の詳細情報にアクセスできるように、QRコードを馬房の扉に貼るというものだ。
あなたがテクノロジー嫌いの読者で私の言っていることが分からないとしても、絶望することはない。スマートフォンやiPadなどのタブレット端末さえあれば、QRコードなどは朝めし前である。白黒の模様のついた正方形に端末のカメラをかざすだけで、まるで魔法のようにウェブサイトへのリンクが表示される。
この場合、リンク先にあるのは、通常タタソールズ社が提供する血統やアップロードされた写真や動画だけではない。調馬索運動する1歳馬の映像、出生日からセリの1週間前までの体重やサイズなど上場馬の詳細情報をまとめたグロ-トラック報告(Gro-Trac report)、ファミリー(牝系)の最新情報を掲載したウェザビーズiぺディグリー(Weatherbys iPedigree)が提供されるのだ。
このデジタルデータカプセルは、エージェント(馬売買仲介者)にとって、セリ会場で立ち会えない海外の顧客に情報提供する理想的な方法になると期待されている。また、QRコードはチェイスモアファームのウェブサイトでも公開され、誰でも利用できるようになる。
チェイスモアファームの場長であるジャック・コンロイ氏はこう語った。「購買検討者により多くの情報を提供する方法について議論していたところ、大半の人々が現代のテクノロジーに移行している今、QRコードはとても有益なやり方だろうと考えました。エージェントや調教師にどう受け入れられるかは興味深いところですが、とりわけ調馬索運動の動画は人気を博すに違いありません」。
「もしかすると歩様の見劣りする1歳馬が調馬索をつけて運動するとよく見えるかもしれないので、我々にとって役立つかもしれません。あるいは買い手がいなくなる馬もいるかもしれません。それは誰にもわからないことです。それでも重要なのは透明性を確保することであり、それにより人々が安心して私たちの馬を購買できるようになることを望んでいます」。
チェイスモアファームのスローガンは"透明性"であり、最近の1歳セールで取り入れられたもう1つのイノベーションによっても具現化されている。それは無害だと思われる骨片がX線写真に写っている上場馬についての管理方法である。ここでは昔のシャンプー広告のようなものは払しょくされ、より科学に基づく話になるのだ。
つねに情報に通じているパット・セルズ氏はこう語った。「X線写真に異常があるのは、多くの場合、私たちが表面上の問題と考えるOCD(離脱性骨軟骨炎)であり、調教に支障をきたす可能性は極めて低いと判断されます。そのような1歳馬を販売するとき、保証書を提供しています」。
「保証書は、OCDにより調教中に跛行が引き起こされることが証明された場合、外科手術により骨片を除去する費用を私たちが負担すると定めています。目的は2つあります。1つ目は見かけ上の理由のみで若馬から骨片を取り除くという不必要な行為に反対すること、2つ目は購買者との信頼関係を築くことです」。
「世界最高の"レッグマン"の1人として知られる獣医師のピート・ラムザン氏が、昨年1歳セールが開催される中で、チェイスモアファームの保証書を歓迎するツイートをしたことは喜ばしい先例でした」。
2021年にチェイスモアファームが1歳セールで販売し、最近ジムクラックS(G2)を制した無敗のノーブルスタイルは、まさに保証書付きで販売された。これは判断の材料になるだろう。
もう1つ、この優秀なキングマンの牡駒については興味深い事実がある。母アーサキット(Eartha Kitt 父ピヴォタル 母セイリングキティ)はリステッド勝馬である。筆者のような救いがたいオタクにとっては、この牡駒がタタソールズ社10月1歳セールのブック1の上場番号1番だったことに俄然興味が湧く。
チェイスモアファームのチームは、最も大切にしてきた馬の1頭にそのような上場番号を与えられることに何の不安もなかったのだろうか?
ジャック・コンロイ氏はこう語った。「私たちはいつもこの馬のことが大好きで、きっと高い値で購買されるだろうと思っていました。しかし同時に、少し心配だったことは否めません。誰もセリのリングに最初に足を踏み入れたくはありません。あるエージェントはこの馬がリングを歩いているときに、最初の上場馬に全財産を費やすことはできないと言っていました」。
「1歳馬管理者のバリー・スタフォード氏と一緒にニューマーケットに向かう車の中で統計を見ていたのですが、ある年に上場番号1番の馬が40万ギニー(約6,930万円)で落札されているのを見て、それを破りたいと思いました。そのため、ゴドルフィンが52万5,000ギニー(約9,096万円)で落札したときにはすごく嬉しかったのです」。
運命のめぐり合わせなのだろうか、チェイスモアファームは昨年のブック3の最後の上場馬も販売している。その牝馬(父ロアリングライオン 母ダイナグロウDynaglow)はジュリア・ファイルデン氏により1万3,000ギニー(約225万円)で落札された。
今年のタタソールズ社のセリではチェイスモアファームの上場馬は以下のようにより好ましい広がりを見せている。
≪ブック1≫上場馬4頭。
キングマン牡駒(プレステージS優勝馬ブーマーの弟)など。
≪ブック2≫上場馬4頭。
スタースパングルドバナー牡駒(プレステージS の2着馬ブリージの弟)など。
≪ブック3≫ 上場馬7頭。
前述の急遽里親となった牝馬ヴェイルドビューティーが送り出したテンソヴリンズ牡駒(優秀なスプリンター、ザチェカの半弟)など。
コンロイ氏はこう語った。「彼らは素晴らしくて頑丈な馬です。それにセリ会場のチェイスモアファームの馬房の扉に貼られた独創的なQRコードを見てご自分で判断していただきたいです。後日、牧場のウェブサイトでも公開されます」。
By Martin Stevens
(1ポンド=約165円)
(関連記事)海外競馬ニュース 2022年No.4「母馬に拒絶された牝の仔馬、曾祖母に育てられる(イギリス)」
[Racing Post 2022年9月23日「Get ready for QR codes on stable door cards that give access to enhanced info」]