ジェイソン・サーヴィス氏が歩んできた道は長くて非常に骨の折れるものだった。私立探偵とFBIの盗聴によって発覚した、長期にわたる管理馬へ競走能力向上薬（PED）投与に関する容疑について、サーヴィス氏が12月9日に有罪を認めたことで騒ぎは沈静化した。どこから手をつけていいか分からないので、カレンダーにピンを刺してさかのぼってみる。

　2019年12月31日　―　サーヴィス氏は調教師として遅咲きのキャリアで圧倒的に成功した年を締めくくる。168勝を挙げ勝率は29％であり、獲得賞金は合計1,100万ドル（約14億8,500万円）に上る。大晦日を祝うために、ステークス競走で1戦したことのあるマイケル・ダブ氏所有のコルタンドミシシッピー（せん4歳）をアケダクト競馬場の総賞金2万5,000ドル（約338万円）のクレーミング競走に出走させる。馬は譲渡され、その後3つの厩舎を渡り歩いて13戦以上するが3着以上に入ることはない。

　2020年1月23日　―　ガルフストリームパーク競馬場のスポーツオブキングスシアターのステージで、最優秀3歳牡馬マキシマムセキュリティの馬主として2019年エクリプス賞を受け取るゲイリー＆メアリー・ウエスト夫妻の横に、サーヴィス氏が腕を組んで立っている。ゲイリー・ウエスト氏はこう言ってサーヴィス氏を称賛した。「馬の調子が悪くて休養が必要なときは休ませ、馬の調子がいいときは走らせるタイミングがわかる尋常ではない才能の持ち主です。馬主としてはこれ以上望むものはないでしょう。そして、もっと多くの馬主が調教師のことを思いやり、彼らがやることについての意見に耳を傾けてくれればと思います」。

　2020年2月29日 ― 当時ウエスト夫妻はクールモアの馬主グループと一緒にマキシマムセキュリティを所有している。マキシマムセキュリティは総賞金2,000万ドル（約27億円）の第1回サウジカップ（キングアブドゥルアジーズ競馬場）で、最優秀ダート牝馬ミッドナイトビズーに¾馬身差をつけて優勝。ウィナーズサークルにこの馬を連れてくるサーヴィス氏は、TVインタビュアーのミッシェル・ユー氏から「この瞬間を言葉に表わせますか？」と聞かれて、「いいえ、できません。思いつくのに1週間はかかるでしょうね」と答えている。

　2020年3月9日 ― ニューヨーク南部地区連邦検事の命令により、サーヴィス調教師、そして同じく高い勝率を誇るホルヘ・ナヴァロ調教師のほか25名が、競走能力向上薬を使用した、もしくは不当表示・偽ラベルの貼付の容疑で逮捕または起訴される。また、マキシマムセキュリティは競走後検査で陽性反応を示したことが一度もなかったが、そのような薬物を投与された出走馬として起訴状に明記される。

　2020年3月10日 ― ウエスト夫妻はマキシマムセキュリティをカリフォルニアのボブ・バファート厩舎に移籍させる。この移籍について夫妻は声明でこう述べている。「昨日、私たちが5年にわたって所有馬を預託してきた調教師、ジェイソン・サーヴィス氏が馬への禁止薬物使用についての複数の容疑により起訴されました。このニュースにより極めて動揺させられており失望しています」。

　2020年4月9日 ― サーヴィス氏とナヴァロ氏はそれぞれ20万ドル（約2,700万円）の保釈金を支払い、留置所から釈放される。

　2020年4月13日 ― サウジアラビア当局はウエスト夫妻に支払われるサウジカップの1着賞金1,000万ドル（約13億5,000万円）を保留にすると発表。この措置は、マキシマムセキュリティの競走後に採取された検体へのさらなる検査の結果と、南部地区連邦地裁で今後この馬に関して新たな事実の報告を待つあいだのものである。ゲイリー・ウエスト氏は、疑惑を晴らすためにさらなる検査を行うことに同意する。

　2020年8月12日 ― 4ヵ月が過ぎてもサウジカップの賞金の発表について音沙汰はない。ウエスト氏は弁護士にただちに次のような書簡を送付させる。「透明性を高めることは競馬の公正確保と、サウジカップとマキシマムセキュリティの評判のためになります。いずれの評判も前例のない進展の遅れと奇妙な状況によってひどく損なわれています。全体のプロセスは不公正で、国際的な競馬社会は何ヵ月も前に結果を知らされてしかるべきだったのです」。

　2020年8月22日 ― マキシマムセキュリティが単勝1倍台の1番人気でパシフィッククラシックS（G1　デルマー）を制覇。

　2020年8月28日 ― 米国第6巡回区控訴裁判所は、2019年ケンタッキーダービー（G1）で1位入線したマキシマムセキュリティの走行妨害による降着を覆そうとするウエスト夫妻の申立てを否定した下級裁判所の判決を支持する。ウエスト氏は声明にこう記している。「言うまでもなく裁判所の所見には同意できませんが、前に進むべき時であり、上訴しないことに決めました」。

　2020年11月7日 ― 新型コロナ感染拡大防止の移動制限のために観客がまばらのブリーダーズカップ開催で、マキシマムセキュリティはBCクラシック（G1）に現役最後の出走を果たし、オーセンティック（同じくバファート厩舎）の5着に入る。その後まもなくマキシマムセキュリティは種牡馬広告で、「世界最高の試験所での包括的な検査を受けたが、レースキャリアにおいて違法薬物や禁止薬物に陽性反応を示したことのない馬」と謳われるようになる。

　2021年1月16日 ― マキシマムセキュリティがヴェコマ、インプロバブル（バファート厩舎）とともに、最優秀ダート牡馬としてエクリプス賞にノミネートされる。なお、インプロバブルが最終的にこの賞を受賞する。

　2021年2月20日 ― 第1回の1着賞金1,000万ドル（約13億5,000万円）が保留されたまま、第2回サウジカップが終了する。ファイサル殿下のミシュリフが勝利を収め地元チームに優勝をもたらす。サウジアラビア・ジョッキークラブの会長であるバンダル殿下は、国際中継でニック・ラック氏（競馬キャスター＆ジャーナリスト）にこう説明する。「現在米国当局がこの件についての捜査を進めているため、ある種の保留状態にあります。今後6週間以内に何らかの動きがあり、それによって私たちは前進しこの件を終わらせることができると考えています」。

　2021年8月11日 ― その24週間ほど後、ホルヘ・ナヴァロ氏は法廷で減刑を条件に有罪を認め、こう言明する。「管理馬の競走能力を向上させるために、FDA（食品医薬品局）に認可されていない偽ラベルが貼付され変造された薬物を自ら投与し、また時には私のもとで働く人たちに投与するよう指示しました」。

　2021年12月17日 ― ナヴァロ氏は5年の禁固刑を言い渡され、違法薬物を投与している期間に獲得した賞金を返還するために2,580万ドル（約34億8,300万円）を支払うよう要求される。

　2022年1月17日 ― マキシマムセキュリティの初めての産駒がデルリッジファーム（ケンタッキー州レキシントン）で誕生する。ウエスト夫妻が生産したこの牝駒の母プッシーフット（父ティズナウ）は、2010年のペンシルベニアダービー（G2）勝馬モーニングラインの全妹である。

　2022年2月26日―第1回の1着賞金1,000万ドル（約13億5,000万円）がリヤドの金庫に保管されたまま、第3回サウジカップが開催される。サウジアラビアのサウード殿下が所有するエンブレムロードが優勝。キーンランド9月1歳セールにおいて23万ドル（約3,105万円）で購買された馬で、米国での単勝オッズは100倍。

　2022年3月10日―ジェイソン・サーヴィス氏の裁判が2023年1月9日に連邦地裁のメアリー・ケイ・ヴィスコチル判事の前で行われることが決定。

　2022年12月9日―ジェイソン・サーヴィス氏はクレンブテロールに似た化学物質の偽ラベル貼付と変造という重罪、そして配合物質SGF-1000の偽ラベル貼付と変造という軽罪について有罪であることを認める。65歳のサーヴィス氏は2023年5月18日に判決を受ける予定であり、最長で4年の禁固刑が言い渡される。

　これでおしまいということになるだろうか？全米を騒がせた長い悪夢は終わった。ただ、サーヴィス氏とナヴァロ氏が既存の州主導の検査プロトコルを通じてなぜもっと早く摘発されなかったのかについて、競馬産業はまだ誠実に向き合っていない。そしてマキシマムセキュリティが勝ったとされる2020年サウジカップの1着賞金1,000万ドル（約13億5,000万円）という「些末な」問題もある。

　ジェフ・ブルーム氏のブルームレーシングは、サウジカップでミッドナイトビズーが大健闘して2着に入ったことで、2着賞金350万ドル（約4億7,250万円）を獲得した。ただ1着賞金との差は650万ドル（約8億7,750万円）であり、それはずっと宙ぶらりんの状態になっている。

　ブルーム氏はこう語った。「もちろん、いらだたしいです。しかし、ミッドナイトビズーをもっと高く評価することができます。彼女は求められて全力を出し切り、競走能力向上薬をある時点で投与されていた馬に少し及ばなかっただけです」。

　ブルーム氏は、2020年の春以降にサウジアラビアの関係者と賞金の再配分について直接連絡を取ったことはないと述べ、こう続けた。

　「私の理解では、サウジアラビアの関係者は第1回サウジカップの正式な優勝馬を宣言したいとずっと言い、裁判の結果を待っていたのです。今や有罪が認められているので、賞金に関して"早い"措置が取られることを期待しています」。

　"早い"といっても色んな場合があるものだのだ。実際起きてしまったことはより奇妙なことだった。タイムラインを遡って見てみると、もし最初の起訴が数週間"早い"ものであったならば、きっとマキシマムセキュリティはサウジカップに出走しなかっただろうし、ミッドナイトビズーの独り舞台となっていたことは間違いない。

　ブルーム氏はため息まじりに「実を言えば、私もそのようなことを思わなかった訳ではありません」と語った。