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2022年03月23日  - No.3 - 3

種付頭数制限ルール撤回も血統の健全性への懸念は残る(アメリカ)【生産】


 遺伝子プール縮小に潜む悪影響を防ぐために種牡馬1頭あたりの年間種付頭数に上限を設けるという米国ジョッキークラブ(TJC)のルールは、2月17日に撤回が決定された。このルールの支持者たちは、この決定を理解するものの血統の健全性に対する脅威は残存するとの懸念を示した。

 クレイボーンファームのウォーカー・ハンコック会長はこう語った。「今後どのようなステップが取られるかは分かりませんが、TJCが軽減しようとしていた問題、つまり血統の遺伝的多様性が狭まっているという深刻な懸念は依然として存在します。現在は深刻ではないかもしれませんが、何も変わらなければ20年かそこらで悲惨な状況になるでしょう。この問題をどのように解決していくか、すべての関係者とオープンな会話を続けることに意味があると思います」。

 TJCは2019年9月、種付頭数を140頭に制限することを初めて提案し、生産界から意見を募集した。それとともに、2007年に北米の全種牡馬3,865頭のうち37頭の種付頭数が140頭を超過していたと報告した。2010年以降、全種牡馬の頭数が2007年の半分以下となり、うち43頭の種付頭数が140頭を超過したことで、その割合はほぼ倍増している。

 繁殖牝馬に関しては、TJCによると2007年に種付頭数140頭超の種牡馬と交配した繁殖牝馬は5,894頭(全繁殖牝馬の9.5%)だったという。2019年にその数は7,415頭(全繁殖牝馬の27%)となり、割合は3倍に増加している。

 意見募集期間中に大多数の支持が表明されたことに基づき、TJCは2020年5月にこのルールを制定した。種付頭数制限は2020年以降に生まれた牡馬から適用され、2019年以前に生まれた牡馬には適用されなかった。

 TJCは新ルールを発表する声明でこう述べていた。「理事たちは寄せられた意見を慎重に検討し、サラブレッドの遺伝子プールの多様性を促し、血統の長期的な健全性を守るルールを策定しました」。

 種付頭数制限には反対派もいた。彼らは2021年2月に訴訟を起こし、このルール変更は"恣意的"で"非競争的"であり、多くの牝馬所有者がトップクラスの種牡馬を使う機会を減らし、種付料を上昇させると主張していた。またサラブレッドの血統登録が行われているほかの国では種付頭数は制限されていないので、このルールによって最高級の種牡馬が海外に流出する危険性があるとも訴えている。この訴訟はケンタッキー州でスペンドスリフトファーム、アシュフォードスタッド[ビーマックN.V.(Bemak N.V.)名義]、スリーチムニーズファームにより起こされた。

 ケンタッキー州議会は2月14日に下院法案を提出して、このルールを巡る議論に加わった。この下院法案は血統登録機関が年間種付頭数に上限を設けたり、種付頭数に基づいて産駒の登録を拒否したりすることを禁止する。またケンタッキー州競馬委員会(KHRC)に対し、"サラブレッドの血統登録機関の役割を果たす団体を選定・利用すること"、"ケンタッキー州の司法権とその法律に従うこと"を課すというものだ。この法案は、ケンタッキー州プロスペクトのオーナーブリーダーであるデヴィッド・オズボーン下院議長と、ケンタッキー州パリス近郊のショーハンプレイス牧場の所有者マシュー・コック下院議員が共同提案したものである。

 法案提出の3日後、TJCはルールの撤回を選んだ。

 このルールの熱心な支持者であるレーンズエンド牧場のビル・ファリッシュ氏は法案と闘い続けることについてこう語った。「とても混乱した経緯があったのでしょう。現時点では、競馬の公正確保と安全に関する統括機関(Horseracing Integrity and Safety Authority: HISA)に関連するより大きな問題がありますが、長期的には業界の公正と安全にとって大きな勝利をもたらすと期待されています。TJCは議員たちとこちらの道を歩むのではなく、それらの問題をもっと追求すべきとの決断をしたのです」。

 「現在競馬界では賞金体系、1歳馬価格やセリ全般でポジティブなことが沢山あります。もしこのルールが実施でき、HISAが最後まで目標を達成するのを見届けることができれば、業界の多くの悩みは解決できたでしょう。ところが現状では、ケンタッキー州の種牡馬は30年前から57%減少しており、州にとって経済的に良くありません。この種の問題がこれまで議員たちによって議論されてきたとは思えません」。

 なお3牧場が起こした訴訟はまだ係争中であるため、TJCは種付頭数制限に関連する意思決定プロセスについてコメントを控えている。

 TJCの理事長兼COO(最高執行責任者)であるジェームズ・ギャグリアーノ氏はこう語った。「北米のサラブレッド遺伝子プールが縮小し続けていることを裏付けるのに使える情報がふんだんにあるので注視しています。TJCの上級副理事長兼専務理事マット・ユリアーノ氏がブラッドホース誌(2019年9月発行)のコメントでその多くを指摘しました。さらに遺伝子プールが縮小し続けているという事実は、より最近の研究によって裏付けが強化されており、『世界のサラブレッド集団におけるゲノム近親交配の傾向、影響力のあるサイアーライン、選別(Genomic inbreeding trends, influential sire lines, and selection in the global Thoroughbred horse population)』と題された論文で発表されました」。

 いくつかの近親交配分析は、サラブレッドの遺伝的多様性が減少していることに対する懸念を提示している。

 ボブ・ロージー博士は ルイビル大学のトーマス・ランバート博士との共著による近親交配分析において、 近親交配の増加は"突然変異による荷重"の増加につながり、それは全般的な遺伝的質の低下と関連し、競走能力・繁殖において望ましくない形質に血統を晒すことになると述べている。ロージー博士とランバート博士は独自のスコアリングシステムを用いて、2000 年~2020 年のブラッドホース種牡馬登録(BloodHorse Stallion Register)に記載されている種牡馬のあいだで近親交配が中程度に増加していると記録した。

 マシュー・ビンズ博士とアーニー・ベイリー博士が2011年に実施した研究では、種付頭数が100頭以上の種牡馬の増加に伴い近親交配が顕著に増加していることが明らかにされている。

 その研究論文にはこう記されていた。「ここで観察された近親交配の増加状況は憂慮されるものです。40年にわたって増加してきたのではなく、1990年代半ばに繁殖方法の劇的な変更が行われたあとに集中しているのです」。

 論文の結論は、観察された遺伝的多様性の損失は過度なものではないが、10年間における急激な増加は心配の種であるとしている。

 ギャグリアーノ氏が引用した前述の論文『世界のサラブレッド集団におけるゲノム近親交配の傾向』は、2020年にベアトリス・マクヴニー博士とほか6名により発表された。そのチームには、スプリンターかステイヤーかの適性を示すミオスタチン"スピード遺伝子"を特定したエメライン・ヒル博士が含まれる。この論文は1970年~2017年の間の豪州・ニュージーランド・欧州・日本・北米・南アフリカの1万118頭の遺伝子サンプルの多様性を調査している。

 その論文にはこう記されている。「この集団に実施された最も包括的な遺伝子解析で、過去50年間に世界のサラブレッド集団における近親交配と地域差が時間とともに著しく増加していることが示されています。 20倍以上のサンプル数を用いて直近10年まで時間軸を拡大したところ、業界が近親交配を認識し、これまで注意を喚起してきたにもかかわらず、近親交配の増加率に歯止めがかかっておらず、それが世界のサラブレッド集団全体の現象であることが示されています」。

 マハマーホールでオーナーブリーダーとして活動するキャリー・ブログデン氏は、2021年の北米の繁殖牝馬報告書(RMB)をチェックすると警告フラグが見えると思いますと述べた。種付頭数別で上位16頭の種牡馬に、北米リーディングサイアーに3回輝いた名種牡馬イントゥミスチーフ(214頭)、その産駒のゴールデンセンツ(230頭)、オーセンティック(229頭)、プラクティカルジョーク(223頭)、インスタグランド(190頭)、オーディブル(189頭)、イントゥミスチーフの半弟メンデルスゾーン(197頭)が含まれていたからだ。

 ブログデン氏は「イントゥミスチーフはまだ17歳です。10年後にはいったいどうなっているでしょうか?」と問いかけた。

 スタンダードブレッド生産界は14年ほど前に近親交配の懸念と格闘し、ケンタッキー大学のグルック馬研究センターのガス・コスラン博士にスタンダードブレッドのヘテロ接合性の傾向分析を依頼した。ヘテロ接合性とは、ある形質や特性に関連する遺伝的多様性の度合いを指す。

 スタンダードブレッドにおいては、人工授精が許可されていることで生産者がより狭い範囲の種牡馬に集中する可能性が高まっていた。

 米国トロット協会(USTA)の理事長であり、ハノーバーシューファームの社長兼CEOであるラッセル・ウィリアムズ氏はこう語った。「コスラン博士は実際に遺伝子の多様性が失われていることを発見しました。彼とともに種付頭数の制限に取り組み、彼は制限が適切であることを監視し続けるように注意を促しました」。

 USTAは2009年に種付頭数の上限を140頭に定めた。ウィリアムズ氏によると、コスラン博士の研究結果と、特定の種牡馬の産駒が離脱性骨軟骨炎(一般的にOCDと呼ばれる)を発症しやすいという厄介な傾向が見られたことにより、USTAはほとんどの生産者から種付頭数の上限についての賛同を得たという。

 種付頭数の上限については法廷で争われ、この制限が"合理的なルール"であり商業的な理由で採用されたのではないため、USTAが勝訴した。

 種付頭数制限による影響を評価するためのフォローアップの遺伝子研究は現在進行中であり、その結果は1年後に出ると見られている。

 ウィリアムズ氏は、「この研究でなにかが明らかになると思いますが、私たちがやったことが間違っていたと示すようなことはないと考えます。最終報告書が出ればわかるのでしょうが、現時点で懸念があるとすれば上限を高く設定しすぎたかもしれないということでしょう」と語った。

 ケンタッキアナファーム(ケンタッキー州レキシントン近郊)のオーナー、ボブ・ブレイディ氏は繁殖牝馬所有者と種馬場は長らく種付頭数を制限してきて、それにより血統は改善されていると考える。同ファームは2021年の繋駕競走の年度代表馬テストオブフェイスを共同所有する。

 ブレイディ氏は、「私たちは自らを窮地に追い込んでいたのです。種付頭数の制限はほかの種牡馬に種馬場でのチャンスを得る道を開いたと思います。また欧州から精子が流入し、遺伝子の基盤が大きく広がりつつあります。目標は達成されたと思いますね。種付頭数の制限は正しい方向への措置だったと認識しています。それに、牧場運営には基本的にほとんど影響がありません」と語った。

By Eric Mitchell

[bloodhorse.com 2022年2月23日「Mare Cap Rule Shelved, But Inbreeding Still a Concern」]


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