賭事客への経済力チェックが競馬界に及ぼす影響(イギリス)【開催・運営】
英国の成人のおよそ4人に1人がグランドナショナル(G3 4月9日)の馬券を購入する。社会のあらゆる層にとって毎年恒例の伝統であり、誰もが世界最高峰のレースのドラマ、駆け引き、刺激に魅了される。
それが毎年唯一買う馬券だという人々もいるだろう。しかし本紙(レーシングポスト紙)の数十万人もの読者を含む多くの人々にとって、馬券購入は年がら年中続く趣味、使命、あるいは娯楽の一種なのである。
しかし現在、競馬と競馬賭事は存亡の危機にさらされている。英国政府の賭事法見直しの一環として、賭事に関するきわめて厳しい制約がまもなく設けられようとしている。その中には経済力チェック(affordability check)と呼ばれるものもある。それが導入されれば、賭事客は週25ポンド(約4,125円)という少額を賭ける余裕があることを証明するために、給与明細や銀行取引明細書のような機密情報をブックメーカーに提出しなければならないようになるかもしれない。
これらの構想は広い人脈をもった反ギャンブルのロビイスト連合により提唱されている。彼らはいつも賭事をタバコに例えており、それによりすべての賭事客が根本的に不健康なものに関わる中毒者であるという信念を示している。彼らは数百万もの賭事を楽しむ人々が賭事を刺激的で楽しめることのできる娯楽の一形態と考え、分相応に賭けを行っていることを理解できないのである。
こうしたロビイストが提唱する経済力チェックには多くの問題があるが、中でも2つの反論が目立つ。第一は、国民が自らのお金を使う能力を"証明"しなければならない支出限度額を設定する権利は政府にないというものだ。
最も声高な反ギャンブルのロビイストの1人、元保守党リーダーのイアン・ダンカン・スミス氏によれば、こうした押しつけがましい経済力チェックを正当化するのは、"人々が支払えないほどの損失を被らないように保護する"ためだという。
そのような言い方をされれば、誰も意義を唱えることはできないかもしれない。しかしそれが個人の支出決定を政府が監視すべきだという意味であることを理解すれば、英国のような自由な国では考えられないようなまったく不吉な提案である。
同様に不審に思われるのは、なぜここでギャンブルだけが取り上げられるのかということである。当然のことながら、どれだけアルコールを購入するのか、どれだけネットショッピングをするのか、どれだけ株で資金運用するのかについてはチェックされない。しかし、これらすべては余裕をもって支払える以上を人々に支出をさせる可能性がある。なぜ反ギャンブルの議員たちは賭事客だけを自らの支出決定に責任を持てない者として判断するのだろうか?
もう1つの大きな懸念は、経済力チェックが競馬に及ぼす影響である。調査によると、大多数の賭事客は、もっともな話だが、財務に関する機密情報をブックメーカーに渡すことをプライバシーや主義主張の観点から望んでいない。したがって経済力チェックが導入されれば、多数の人々が賭事を大幅に減らすか、闇市場に流れるか、もしくは不本意ながら賭事という娯楽を完全に捨てることになる。
これが競馬に及ぼす影響は破滅的なものになるだろう。競馬界は資金の多くを馬券収入に頼っており、その収入源が著しく減少することとなれば、おそらくそうなるのだが、競馬というスポーツの大半が財政的に成り立たなくなるだろう。そして、農村地域の数千もの雇用と何世紀にもわたる歴史をもつスポーツの未来が脅かされることになる。
政府は賭事法見直しによって競馬界に損害を与えるつもりはないと述べる。国民に支出チェックを強制することは反自由主義的でひどく侵襲的な提案であることも政府には理解してもらいたい。消費者・子ども・脆弱な人々の保護を強化しつつ、資金の使い方を決定する個人の権利を尊重する、賢明で釣り合いのとれた賭事法見直しであれば好ましい結果をもたらすだろう。
それでもなお、反ギャンブルのロビイストは賭事法見直しを乗っ取るためにあらゆる手段を尽くして闘い続けている。悪意のない大臣たちがこの禁止論者の圧力団体の憤りを恐れるあまり、たとえ実行不可能で過酷な措置であろうと勧告せざるを得ないと考える中で、いつの間にか競馬界に取り返しのつかない損害を与えるという懸念が残っている。
ありがたいことに、競馬界は業界内と競馬ファンの声をとことん聞こうとしている。レーシングTV(Racing TV)の親会社であるRMG(競馬場メディアグループ)は、競馬ファンや賭事客の懸念の深さを下院議員に理解してもらうためのキャンペーンを展開している。
By Tom Kerr
(1ポンド=約165円)
(関連記事)海外競馬ニュース 2021年No.4「賭事客への経済力チェックが競馬界に甚大な打撃を与える可能性(イギリス)」