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2022年04月21日  - No.4 - 6

ファーラップとセクレタリアトの心臓(オーストラリア・アメリカ)【その他】


 本質的なことは目には見えない。ある馬がほかの馬より速く走れるかどうかは見ただけではわからない。素晴らしい馬格は助けになり良い血統はヒントになるが保証はない。本質的なものは精神・意志・心とはいえ、抽象的なお話からは少し離れないと、そうした資質の価値といったものは把握できない。

 馬の心臓の重さは平均10ポンド(約4.5kg)、だいたい体重の1%である。ときどき"この馬はライオンのような心臓をもっている"と言う人がいるが、馬の心臓がライオンの3倍もあることを考えると、それは明らかに不利ということになる。平均的な馬というのはこれくらいにしておこう。平均的ではない馬もいるのだ。

 豪州の偉大な競走馬、ファーラップの死後に切開されて取り出された心臓は14ポンド(約6.3kg)にもなると言われている。この石でできたような心臓、そしてこの臓器の鼓動による巨大なポンプが、彼の競馬場での輝かしいパフォーマンスの主な生理学的理由とされてきた。キャンベラのオーストラリア国立博物館にファーラップの心臓は展示されているが、それが本物であるかどうかについては議論の余地がある。

 エクリプスの心臓も同じ大きさであると伝えられており、やはりこの身体的な優位性が傑出したパフォーマンスを生んだとされた。トップクラスの米国の競走馬シャムは解剖の結果、心臓が18ポンド(約8.1kg)もあったというが、彼はセクレタリアトと同じ年に生まれた不運な馬だ。競馬場でも解剖の結果でも二番手に甘んじてしまう運命にあった。セクレタリアトは考えられるありとあらゆる点で偉大だったのだ。

 セクレタリアト(父ボールドルーラー)は大きな栗毛の機関車、とてつもないマシーンだった。彼が1973年のベルモントSで無慈悲にも時計を破壊したことは、先の「電子タイマー」の章で紹介したとおりだ。

 彼の胸は樽のように膨れ、巨大な筋肉の金庫があり、その中にあった心臓が彼を超自然的な偉大さへと向かわせた。その重さは22ポンド(約9.9kg)もあると推定される。ウィリアム・ナックのセクレタリアトに関する本に引用されている獣医学の教授、トーマス・スウェルチェク博士はこう語った。「我々は衝撃を受けました。それまで見たこともないような馬でした。見た目は普通で、ただ大きかっただけです。なぜ彼があんなことができたのが分かったような気がします」。

 彼が成し遂げたことは伝説となった。セクレタリアトは地上にそびえ、永久に抜きんでて、250年にわたる血統をぎゅっと抽出して完璧な標本に進化したものである。言葉は肉体として具現化される。その言葉は「うわー」である。

 2歳シーズンを終えて年度代表馬に選出されたセクレタリアトは着実にその期待値を高め、その翌年に最も輝かしい形でその期待に応えた。ケンタッキーダービーとプリークネスSでかわいそうな大きい心臓のシャムを撃退して優勝し、ベルモントSでシャムの心と精神を打ち砕き三冠を達成した。そのベルモントSでのパフォーマンスは、歴史上のあらゆる時間・場所におけるすべての競走馬のパフォーマンス中で、唯一無二、最高のものであったと広く認められている。大胆な表現であるが、レースを見てください。もし地球が丸くなかったら、彼は地球の果てを駆け抜けていったことだろう。

 セクレタリアトはベルモントSを31馬身差で制した。ロン・ターコット騎手が鞭で触れることはなかった。それまでのコースレコードを2.5秒近く縮めての圧勝だった。有名な競馬ライターのチャーリー・ハットンは震える手でこうタイプしている。「グランドスタンドの屋根から落ちてきたとしても、あれ以上の速さで移動できなかっただろう。彼の唯一の評価基準は彼自身なのだ」。

 その日の終わりに集計が済んだ。セクレタリアトの的中馬券の5,600枚ほどが払い戻されていなかった。人々は記念のために取っておいた。お金には換えられない価値あるものを受けとっていたのだ。

 セクレタリアトの競走成績は無傷ではなかった。デビュー戦でやむをえない敗戦を喫し、そのほかにも3敗している(失格1回)。それ以外はすべて完璧だった。セクレタリアトが種牡馬として供用されていた名門クレイボーン牧場のオーナー、セス・ハンコックはとても「雄弁」な賛辞を贈った。その雄弁さは、賛辞を贈る相手であるセクレタリアト級だった。

 「セクレタリアトを人間で例えるなら誰になるか知りたいですか?ただ世界一のアスリートを想像してください。最強のアスリートです。6フィート3インチ(約190cm)という完璧な身長で、知的で親切です。そのうえ、これまで現れた中で最高のルックスをもつ男です。彼は馬としてすべてを兼ね備えていたのです」。

 もちろんセクレタリアトはふたたび年度代表馬に選ばれた。そして現役を引退して種牡馬となった。種牡馬として大成功といえるようなものを収めることはなかったが、その牝駒や牡駒は父の名を血統の中に伝え残していけるだけの資質は有していた。1989年10月に蹄葉炎のために死んだ。そして解剖の結果、彼の秘密が明かされることになったのだが、彼が走るのを見たことのある人にとってそれは秘密でもなんでもないことだった。

 馬の外観にはある種の特徴を暗示すると考えられる要素がある。大きな耳は寛大で意欲的な性格を示すと言われ、黒目の部分が白っぽく見える「魚目(さめ)」はその反対を示すことがある。大きな骨格で並外れて長い脚をもつ馬は呼吸器と肢の不健全と関係することがある。1992年グランドナショナル優勝馬パーティーポリティクスは18ハンド(約183cm)ほどの異常な体高でこの説を裏付けていた。走っているときはまるで大きなラブラドールの子犬のように跳ね回っているように見えた。

 しかし見えないことこそが重要なのである。ライオンの心臓?馬の心臓はもっと大きくて強い。それは馬を栄光に向かって走らせ、私たちを道連れにするのだ。

By Steve Dennis

[Thoroughbred Racing Commentary 2022年4月11日「History of Horse Racing in 100 Objects: The word made flesh - the heart of Phar Lap (and Secretariat)」]

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