アダイヤーの活躍で英ダービーの名誉は挽回されるか?(イギリス)【開催・運営】
こう言うのは伝統や国の威信に反しているが、英ダービー(G1)は信頼の危機に見舞われている。
歴史のサイドミラーに映るニジンスキー・ミルリーフ・シャーガー・ナシュワンの黄金時代が見る見るうちに遠ざかって行く中、近年のダービー馬が世界的名馬にならず着外馬として終わる確率のほうがずっと高いというデータに異議を唱えるのは難しい。
2020年に英ダービーを制したサーペンタインは100年来で初めて、いやおそらく史上初めて去勢されたダービー馬という屈辱に見舞われる事となった。かつて崇められていた"エプソムダービーのゴール板"が、もはやフェデリコ・テシオが断言した"サラブレッドの存在意義を定義するもの"ではなくなったという残念な真実をこれでもかというように突きつけるものだった。厳しいことを言うならば、近ごろそれは"ただの木の板"にまで落ちぶれた。
現在サラブレッドの選定過程を左右するのは、2001年のダービー馬で名種牡馬だった故ガリレオの影響力である。そしてガリレオ産駒が現役引退後にサラブレッドの系譜の中で重要な地位を占めるかどうかを判断する際には、ダービー制覇よりもはるかに重要なファクターが数々存在している。
近年タッテナムコーナー(最終コーナー)を回って先頭でゴール板を駆け抜けた馬について私たちが目にしてきたことは、この歴史あるレースにとって芳しくない。プールモワは2011年のダービーを制した後に再出走することはなかった。それから2020年までダービー優勝後にふたたびG1を制した馬はわずか4頭であり、そのうち古馬相手にG1勝利を果たしたのはオーストラリアとゴールデンホーンの2頭のみである。
2016年~2020年のダービー馬5頭のうち、ハーザンドは愛ダービー(G1)を制したのち愛チャンピオンS(G1)と凱旋門賞(G1)で完敗。ウィングスオブイーグルスは愛チャンピオンSで敗れたのちふたたび出走することはなかった。マサーはG2競走に2回出走して3頭のライバルに先着しただけで引退。アンソニーヴァンダイクはダービー後に10戦したものの勝ったのはスローペースのフォワ賞(G2)のみ。そして、かわいそうなサーペンタインはダービー後に5戦したが最高で4着。その後、大事なものを盗られてしまった。どう考えても名誉挽回とは言い難い。
長いあいだダービーに求められてきたのは、"その優勝馬は3歳最強馬にふさわしい定番の任務を遂行すべきである"という伝統を守るリーダー的役割である。
そのため昨年のダービー馬アダイヤー(父は新進気鋭の種牡馬フランケル、母父はドバウィ)がガリレオ以来となるダービーとキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)のダブル制覇を果たしたとき、英国競馬界は大喜びだった。
その後、重馬場の凱旋門賞と自由に走りすぎた英チャンピオンS(G1)で敗戦を喫したのは残念だった。それでも現役を続行して、成熟してより落ち着いた4歳馬として目指すべきターゲットを狙い続けるというニュースは嬉しいものだった。我々のとても高い要求に応えるような鮮やかなパフォーマンスをこれから次々と見せてくれれば、万事がすごくうまくいくだろう。
それは確かに結構なことだが、昨年のクラシックシーズンが始まったころにチャーリー・アップルビー調教師がこの馬はダービーよりも英セントレジャーS(G1)に向いていると言っていたことを思い出してほしい。それにハリケーンレーンに次ぐゴドルフィンの2番手として英ダービーに臨み、"オールウェザーのジョッキー"であるアダム・カービー騎手が鞍上を務めたことも忘れてはならない。
モハメド殿下の信頼は厚く、馬券購入者たちは51倍だったこの馬のオッズをレース発走直前に17倍にまで下落させた。それでもカービー騎手を背に4½馬身差をつけてゴール板を先頭で駆け抜けるまで、アダイヤーが"選ばれし馬"でなかったことは確かだ。
アップルビー調教師は昨年の秋、この馬はブリーダーズカップのような激しい挑戦を望めない"立派だが古いタイプの馬"と言い表していたが、それから進展があったようだ。
アップルビー調教師はこう述べた。「昨年の今ごろはすごく未熟で、闇雲に何にでも挑んでしまうという弱い面がありました。しかしダービーとキングジョージを制したことで、体ががっしりし、スピードが上がり、精神的にもとても良い状態にあります。文句のつけようのない馬体をしていて、1つ年を取って利口になり、今ではプロ意識も備わり、調教もうまくこなしています」。
最後に見たときから見違えるように成長したこのG1・2勝馬を前に、アップルビー調教師にとって魅力的な選択肢は広がっているようだ。さてどれを選ぶのだろうか?最初に向かう先はお馴染みの競馬場、エプソムだろう。今度はコロネーションカップ(G1 6月3日)に出走する(訳注:コロネーションカップは回避し6月15日のプリンスオブウェールズSを目指すことになった)。
アップルビー調教師は、「あのコースと道のりをこなせることは分かっているので、シーズン初戦はそこになるのは明らかです。そしてふたたびキングジョージ(約2400m)を目標とし、運良くそこをクリアできれば、8月の英インターナショナルS(約2000m)に向けて距離を戻そうかと考えています」と語った。
どちらに行こうとも、強豪馬が相手となるだろう。とりわけアダイヤーが距離を戻して挑む英インターナショナルSでは、それに向けて距離を伸ばして参戦するだろうバーイード(7戦7勝中の現役最強マイラー)がまさに手強い相手だ。しかし古いタイプのダービー馬である以上、何も恐れることはないはずだ。
アダイヤーは英セントレジャーSを制した同厩舎馬ハリケーンレーンと今年も一緒にゴドルフィンブルーを掲げ、どのレースでも手強い相手となりそうだ。キングジョージでアダイヤーの鞍上を務めたウィリアム・ビュイック騎手の考えが正しければ間違いないだろう。
「昨シーズンは終盤にかけて馬場状態がアダイヤーにとって不利なものになっていたと思います。最後の2戦は参考外としても良いようなものでしたね。アダイヤーは今シーズンもワクワクするような活躍をするでしょう。それにハリケーンレーンも決して悪い競馬をしません。2頭とも素晴らしい馬です」とビュイック騎手は語った。
この優秀な2頭がバリードイル(クールモアの調教拠点)などに戦いを挑むという見込みは、G1競走を楽しみにしているすべてのファンにとって喜ばしいことあり、願わくはダービーの名誉を挽回してくれることに期待したい。
By Peter Thomas
[Racing Post 2022年4月24日「The Derby needs a saviour - so is this 'stronger, quicker' superstar the one?」]