1日三食とおやつが可能なジョッキーのダイエット(イギリス)【その他】
ヘビー級のボクサーからライト級のジョッキーまで、一流アスリートの大きさや体型は実にさまざまである。
ボクサーとジョッキーは多くの面で肉体的には両極に位置するのかもしれないが、類まれな共通のつながりがある。それは減量して勝負に臨むということである。しかし1つだけ決定的な違いがある。
ボクサーは年に4回一定の体重にしなければならないが、ジョッキーは毎日が体重計との闘いなのだ。
競馬は"救急車がアスリートの跡を追う唯一のスポーツである"と同時に、"アスリートが空腹および脱水状態で競技するスポーツである"と指摘されている。
何も食べないダイエット、もっとひどいのは?
食料と水は身体の燃料だ。しかし生理学的に不可能な減量を要求されるジョッキーにとって、これらの不可欠な要素は長年にわたり一番の敵のように見なされてきた。
それが、ほとんど何も摂取せずたくさん汗をかくというダイエットにつながっていた。
2010年、伝説のジョッキー、トニー・マッコイはブドウを12粒食べることが"背徳行為のように感じられる"とまで言って、過酷なダイエットを赤裸々に語った。
マッコイは、朝食は甘ったるい紅茶、昼食はゼリーベイビー(グミ)2個ですませ、夕食として魚と蒸し野菜に、後ろめたい楽しみである少量のマヨネーズをかけたものを食べるのが常だった。週に3日は空腹な状態で眠りについていた。
騎手が体重を急速に落とすためにテクニックを使うことは知られている。それは自己誘発性嘔吐あるいは業界で"フリッピング(たくさん食べてそれを吐き出す)"と呼ばれる行為であったり、利尿剤(水薬とも呼ばれる)などであったりする。極端な話に聞こえるかもしれないが、あいにく私たちの想像よりも一般的なことなのだ。特に米国では、騎手ルームに"嘔吐受けのボウル"が置かれた専用のスペースがかつては当たり前のように設けられていた。
科学的に減量する
競馬界ではパフォーマンスを向上させることを目的とした栄養と運動の科学の推進が遅れている。しかし近年、騎手協会(PJA)はBHA(英国競馬統括機構)とともにリヴァプールジョンムーアズ大学(LJMU)のスポーツ・運動科学研究所と強い連携をとっている。同研究所を指揮するのはジョージ・ウィルソン博士である。
ジョッキーが安全に減量できるようにすることが、LJMUのチームが取り組む研究の根幹をなしている。
ウィルソン博士はこう語った。「体重を落とすためには汗を流して空腹を我慢しなければならないというのが、一般的な認識でした。それらすべてを変えたいと思いました。というのも、私はアマチュア騎手および見習騎手のとき、短期間に7ポンド(約3.2kg)も落とすような愚かなことをし、恐ろしい目に遭ったからです」。
「私たちは騎手に対して、運動することと並行してきちんとした食事を1日に何度もできるということを認識させています。とてもシンプルな計算です。エネルギーの消費量が摂取量を上回れば、体重を管理して維持することができるはずなのです」。
「脱水症状と体重の急減は、騎手の体力と反応時間に影響を及ぼします。この2つはトップジョッキーになるために必要なものです」。
「以前は多くの騎手が1日1食、夜にがっつり食べていました。それもカロリー密度の高いハンバーガーやチップス、ビール2缶などです。遠征が多いのでそういうものが手に入りやすかったのでしょう。私たちが言わんとしているのは、1日を通じてそれらのカロリーを栄養価の高い少量の食事に分けて摂取することにすれば、朝食・おやつ・昼食・おやつ・夕食をとることができるということです」。
騎手協会(PJA)のウェブサイトには摂取目安として「1日当たり1,500~1,800カロリー」と記されている。これはNHS(国民保健サービス)の平均値(男性2,500カロリー/女性2,000カロリー)よりもずっと低いものの、健康的に体重を維持するには十分であると考えられている。
ウィルソン博士はこう続けた。「騎手のエネルギー消費量を測定したところ、平地騎手は1日6回騎乗しても平均で2,500カロリーしか消費していませんでした」。
「"騎手はへとへとでレースを終えるのでエネルギーを大量に消費している"という俗説を覆さなければなりませんでした。確かに最後の2~3ハロン(約400~600m)を走る35~45秒の間は体力を本当に消耗しますが、1レースで消費するエネルギーは60カロリーほどに過ぎないのです。90分間のサッカーの試合でプレイするわけでも、マラソンを走るわけでもありません。だからせいぜい2,500カロリーなのです。ただそれでも1日に1,800カロリーを摂取するようにすると700カロリー不足ということになるのです」。
競馬場のサウナは新型コロナウイルスの感染拡大のために閉められ、その後永久に閉鎖されることになった。それゆえ2022年春には最低負担重量が平地競走で8ストーン2ポンド(約52kg)、障害競走で10ストーン 2ポンド(約64kg)に引き上げられた。
平地の最低負担重量は依然として14歳~15歳の少年の平均体重程度である。最近の調査では、平地騎手の平均体重は56kg、障害騎手の平均体重は65kgであることが判明している。
アダム・カービー騎手は身長5フィート11インチ(約180cm)であり、平地・障害を問わず騎手の中で最も長身であるが、平地では負担重量9ストーン(約57kg)以上のレースで騎乗している。この33歳のダービージョッキーは、長年にわたる体重計との格闘で大きな代償を払っていることを認めている。
「精神的な拷問ですね。毎日何時間も続く闘いで、誰にも理解できないような試練です。我々自らに任されており、対処していかなければならないのです」。
同じような苦悶によって、障害騎手のライアン・マニアも限界に追いやられていた。彼は2013年のグランドナショナル優勝後ほどなくして、減量という継続的な苦役を理由に引退してしまった。
「ダイエットで最悪だったのは朝食のレッドブルとチョコレートでしたね。かなりマズイ一日の始まりでした。夜はある程度食べていたのですが、栄養価の高いものなどなかったですね」。
アプローチを変える
マニアは5年間のブランクを経て復帰した。スポーツ栄養士の指導のもと食事と運動へのアプローチを新たなものにし、それが支えとなってうまくカムバックできたのだ。
「今では1日3食(1食につき500カロリー)と200カロリーのおやつを一度しっかりとっています。朝食はウィータビックス(ビスケットの形をしたシリアル)かポリッジ(水または牛乳でオートミールなどを煮た粥状のもの)、昼食はツナ入りベイクドポテトかチキンラップサンド、夕食はチリコンカーン(豆と肉をチリでスパイシーに煮込んだ料理)、あるいは鶏むね肉に野菜を添えたもの。おやつにはプロテインバー。最低でも1リットルの水を飲み、さらに紅茶とコーヒーも飲みます」。
「食事はとてもヘルシーに調理されています。カロリーを最小限に抑えて、へとへとにならないような適度の運動をすることが一番大事なのです。それでもロボットではありませんので、2週間に1回はワイン1杯とチョコレートを楽しむ"ズルをする夜"を作るようにしています。一息入れることが必要なのです」。
10ストーン4ポンド(約65kg)で騎乗するマニアは、食事を変えたことでエネルギーが増し、騎手生活のあらゆる局面で突きつけられる要求に対応できるようになったことに気づいた。
マニアはこう続ける。「以前はひ弱なジョッキーでしたが、今ではプロのアスリートになっています。真剣に取り組んで、体を動かしただけ燃料を補給するというのは、気分のいいことですね。より健康で強くなったと実感でき、頭の回転も速くなります。不機嫌になったり疲れたりすることも少なくなりましたね」。
「ベストな状態で日々の闘いに臨もうとするなら、適度な運動を行い、適切な食事をとることがきわめて重要なのです」。
By Andrew Dietz
[Racing Post 2022年6月28日「Three 500-calorie meals and a 200-calorie snack - but what does a jockey eat?」]