ルジェ調教師がエースインパクトで頂点に立つまでの道のり(フランス)【その他】
ジャン-クロード・ルジェ調教師が調教手腕をさらに磨く必要はなかった。2009年に初めてフランスのリーディングトレーナーに輝いており、2020年にソットサスが凱旋門賞(G1)を制覇する前からすでに、フランス最強トレーナーとしての地位をアンドレ・ファーブル調教師から奪っていた。
それでも、10月1日(日)に自身にとって2頭目の凱旋門賞馬となる新星エースインパクトを手がける中で、ルジェ調教師は自らがこの道の達人になったことを見せつけた。快挙を達成するのにふさわしい馬を手に入れたと確信し、準備段階において静かながらも揺るぎない自信を漂わせていた。一流調教師の特徴は、いつもそれをたやすいことのように見せることだ。
ルジェ調教師はエースインパクトが最後に圧倒的な力強さでゴールを駆け抜けたとき、完璧な自画像を演じて見せた。まるで目の前のオーケストラを最高潮にもっていく指揮者のように、リズミカルに腕を上げ下げする姿がテレビカメラに映し出された。エースインパクトがパワーを解き放っている一方で、彼は優雅さを保っていたのだ。
果報は寝て待て。ルジェ調教師は間違いなく忍耐の美徳を学んでいた。彼は何十年にもわたってよそ者であり、フランス南西部からやってきた謙虚な調教師だった。ただ、シャンティイを拠点とする同じ年代の貴族的な同業者たちの覇権をひっくり返すことを固く決心していた。
1990年代に入って彼の調教手腕は熟達した。4年連続で国内最多勝記録を樹立し、1994年に初めて存在感を表した。ミルコムを手がけて地方でセンセーションを巻き起こしたのだ。6連勝中の無敗馬ミルコムは自らの力を見せるためにピレネー山脈からパリに渡った。
1994年凱旋門賞を目指す中で、ミルコムはパリ大賞(G1)を含む4つの重賞を制し、連勝を10に伸ばした。伏兵あつかいされたこの馬は凱旋門賞の日、騒々しいファン軍団とともにロンシャンにやってきた。彼らはパドックの一番端の安い席からこの馬の勝利を祝おうと駆けつけたのだ。結局ミルコムはカーネギーの9着に終わったが、ルジュ調教師の支持者たちの忠誠心は厚く、その場にいた人々は、この調教師の話を聞くのはこれが最後にならないだろうと感じていた。
そのときでさえも、マーティン・パイプ厩舎に匹敵するほど勝馬を量産する厩舎を運営する男にとって時計はゆっくりと進んでいた。彼はうまくいかないながらも扉を叩き続け、2009年についに堰を切ったように豪快な成功を収めることになった。
ルジェ調教師は何年も挫折を味わったのち、仏1000ギニー(G1)で管理馬がワンツーフィニッシュを決めるという快挙を達成した(イルーシヴウェーブ&タマジルト)。そしてルアーヴルで仏ダービー(G1 ジョッケクルブ賞)を制し、仏オークス(G1 ディアヌ賞)ではスタセリタが同厩のタマジルトを率いて先頭でゴールした。ルアーヴルが仏2000ギニー(G1)でそのとき絶好調だった馬と対戦することがなければ、クラシックを総なめにできただろうが、初のリーディングタイトル獲得という十分すぎる結果につながった。
エースインパクトの凱旋門賞制覇をうけて、ルジェ調教師は頂点に立つまでの長い道のりを振り返ったに違いない。そこに至るまでにかかった時間について、彼は「私はとても成長の遅い馬のようですね」と言った。1978年にパッとしない障害競走馬10頭から厩舎を始めた彼は、70歳となった今、トレードマークである控えめな表現を用いるとしても、この瞬間を味わう資格がある。
ルジェ調教師はフランスの有力馬主に支援されるようになって久しいが、彼がどのようにして名をあげてきたかをエースインパクトは思い起こさせてくれる。ルジェ調教師はこの牡馬を1歳のときに7万5,000ユーロ(約1,200万円)で調達した。今日の水準からするとわずかな価格である。今週のタタソールズ社1歳セール・ブック1で良血馬に数百万ギニーが注ぎ込まれたが、エースインパクトの価格は、昨年取引された1歳馬600頭の平均価格9万6,000ギニー(約1,814万円)よりも低かった。
エースインパクトの勝利は、競馬は誰にとっても平等でありトップクラスの馬はどこからともなくやってくるという古い格言を反映するものだ。しかしドーヴァー海峡のこちら側にある英国では、この愛すべき考えは時間とともにすっかり霧の中に消えてしまった。ハイフィールドプリンセスが凱旋門賞と同日のアベイドロンシャン賞(G1)を制して心温まる新たな一章が加えられたように、立身出世のストーリーは時折あるが、彼女は英国とアイルランドにおける流れからすると例外である。これら二国では最大手の厩舎が上位を独占するのだ。
現時点での大きな疑問は、エースインパクトが来年も現役を続行するかどうかである。6戦無敗のエースインパクトは、フランスにおいてちょうど3歳シーズン後半のフランケルのような存在だ。彼はフランケルが英国で成し遂げたことを、フランス競馬界で成し遂げる可能性を秘めている。大物が地位を確立したとたんに引退させてしまうのが常態化している競馬界の信頼性については言及するまでもない(訳注:10月12日にエースインパクトが現役を引退してボーモン牧場で種牡馬入りすることが発表された)。
血統に詳しい人であれば、エースインパクトがクラックスマン(父フランケル)の産駒であることを知らないはずはないだろう。だから彼の勝利はフランケルの勝利でもある。2着のウエストオーバーと3着のオネストの父もフランケルであるという詳細は、話をさらに面白くしている。
もうひとつの競馬の格言「卓越性が広まる」を証明している。しかし平地競走は先祖代々の継続性のようなものを必要としている一方で、ルジェ調教師やエースインパクトのような存在の出現をもっと必要としているのだ。
昨年の凱旋門賞でアルピニスタが速い脚で迫ってきたルジェ厩舎のヴァデニを破ったとき、ルジェ調教師がアルピニスタを手がけたサー・マーク・プレスコット調教師に贈った温かい抱擁を忘れることができるだろうか?それは敗北における威厳を象徴していた。たとえ失望の苦い錠剤を口に含んでいたとしても。残念なのはプレスコット調教師の姿がロンシャンになく、今回そのジェスチャーに応えることができなかったことだ。それでも今年の凱旋門賞当日は全般的に見てとても楽しかった。
By Julian Muscat
(1ユーロ=約160円、1ポンド=約180円)
[Racing Post 2023年10月2日「Jean-Claude Rouget's prowess was never in doubt but Ace Impact Arc triumph elevates him into master category」]