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2023年07月20日  - No.7 - 3

引退馬施設オールドフレンズはどのように誕生したか(アメリカ)【その他】


 マイケル・ブローウェンは20年前、借りた放牧地に1頭のサラブレッドを繋養して引退馬施設オールドフレンズ(Old Friends)を立ち上げた。元ボストン・グローブ紙の映画評論家であるブローウェンは多くの疑い深い人々に遭遇したものの、善いコンセプトだと確信していた。現在この引退馬施設は競走馬のアフターケアのお手本であり、本部と分場で合計250頭以上を繋養している。

 生きた歴史の博物館ともいえるオールドフレンズには現在のところ、チャンピオン馬だけでなくウィナーズサークルにほとんど立つことのなかった馬もたくさんいる。オールドフレンズ本部には年間およそ2万人が訪れており、ブローウェンの言うとおりだったことが分かる。人々は名馬に会うのが大好きなのだ。

 ブローウェンはこう語った。「見当違いであろうと経験不足であろうと、長く頑張り続ければうまくいくという信念を捨てたことはありません。自分が変人だと重々承知していますが、私だけであるはずがありません。偉大なアスリートたちにニンジンをやりに来るのが最高にクールだと思う人はほかにもいるはずなのです」。

「私にとってはすべてが名馬なのです」

 「人は映画スターのそばにいるとそんな風にふるまうものですし、自分もこれらの馬といるとそうなってしまうということが判っていました。明々白々なことでしたが、ほかの人たちにとってはそうではなかったのでしょう。自分が正しいと知ったところで満足感は得られませんが、窓の外に目を向けるとこれらの名馬を見ることができるのだと思うと大いに心が満たされますね。私にとってはすべてが名馬なのです。大成功した馬もいれば、そうでない馬もいます。でも、どの馬も偉大なのです」。

 ドリームチェイスファーム(ケンタッキー州ジョージタウン)は2006年にオープンし、オールドフレンズの本部となっている。ケンタッキーホースパークやキーンランド競馬場にも近く、以前競走馬や種牡馬だった馬が150頭以上繋養されている。現在人気を集めている馬では、存命する最高齢のケンタッキーダービー馬シルバーチャームや、殿堂入りしたラヴァマンなどがいる。

 この牧場は見学可能で、何を体験したいかに応じてさまざまなツアーが用意されている。ほかにもベルモントS(G1)優勝馬のタッチゴールド・サラヴァ・バードストーン・ルーラーオンアイスや、ブリーダーズカップ開催で勝利を挙げたリトルマイク・アマゾンビー・エルダーファー・ストーミーリベラル・ワークオールウィークがおり、さらにサンタアニタH(G1)を3勝したゲームオンデュードも繋養されている。

 それほど活躍しなかったものの安住の地が必要な元競走馬を支援するのに、このような大物は一役買っている。ただ有名馬が人を集めるとはいえ、見学者の心をつかむのがいつも彼らというわけではない。

「いつも有名馬とはかぎらないのです」

 ブローウェンはこう説明する。「馬の所有権を一口100ドル(約1万4,000円)で売るというのも資金調達方法の1つです。ところがまだ写真もない馬の所有権をリクエストしてくる人もいます。写真を撮って証明書を作らなければなりません。ツアーでその馬に一目惚れしたと言うのですよ」。

 「誰がどの馬に惚れ込むかなんて分かりませんね。いつも有名馬とはかぎらないのです」。

 本部のほかにも、オールドフレンズ・アット・キャビンクリーク(Old Friends at Cabin Creek ニューヨーク州)がある。この"ボビー・フランケル分場"はサラトガ競馬場から数分のところに位置する。2009年にオープンし、ホイットニーH(G1)を2勝したコメンテーターや2007年の年度代表ニューヨーク州産馬ノーティニューヨーカーなどが繋養されている。

 2020年には、オールドフレンズ・アット・アシュトングローヴ(Old Friends at Ashton Grove ケンタッキー州)がオープンし、アシュトングローヴ・シニアリビング・コミュニティ(介護付き住宅)の居住者たちは、そこにいる13頭の引退馬と絆を深められるようになった。かつてこの土地ではヒルンデールファームの牧場が運営されていた。さらに現在ではオールドフレンズ・ジャパン(Old Friends Japan 岡山県)もある。

 ブローウェンはこう語る。「アドバイスしたいのは、誰かから名案を盗むのを恐れないでほしいということです。これも完全に剽窃と言えますね。名前はバーバラ・リビングストンとその名著から、アイデアはケンタッキーホースパークから盗みました」。

「本気でなければなりません」

 「ケンタッキーホースパークでは"チャンピオンの殿堂(Hall of Champions)"に数頭のチャンピオンが繋養されていました。しかし、たくさんの馬を繋養したらどうなるだろうと思ったのです。ひとつだけ気をつけなければならないのは、馬が中心であるということです。常套句として言っているのではありません。本気でなければなりません。馬に対して正しいことをしなければならないのです」。

 海外で引退生活を送っている種牡馬を呼び戻すために創設されたということも、オールドフレンズのユニークな要素のひとつである。 2004年に日本にいたサンシャインフォーエヴァーを呼び戻したことから始まり、最近では3月に韓国からエニイギブンサタデーが帰国した。

 2014年には、サラブレッド競馬界への並々ならぬ貢献を称える栄誉であるエクリプス賞の特別賞をブローウェンとオールドフレンズは受賞した。サラブレッド・アフターケア同盟(TAA)の認定を受けているオールドフレンズは、『CBSサンデーモーニング』や『サザンリビング』などの全国ニュースでもよく取り上げられている。

 今年3月、ジョセフィン・アバークロンビー・ピンオーク財団がオールドフレンズ内に新たな最先端のビジターセンターを建設するにあたり、最大で75万ドル(約1億500万円)を寄付すると発表した。

 古いベーハ小屋を改築したこの建物はほぼ完成しており、他界したピンオークスタッドの有名なオーナーに敬意を表してミズ・ジョセフィン・アバクロンビー・センター(The Ms. Josephine Abercrombie Center)と名付けられた。彼女はホースウーマンであり、慈善家でもあった。

 つまり20年が経った今、競馬産業はブローウェンが最初からそうだったようにオールドフレンズの価値を信じている。彼は「とても光栄に思いますね。でも最初に得た反応について、今はもっと理解できるようになりました」と述べた。

 「一番気に入ったのは、エアドリースタッドのブレレトン・ジョーンズ(元ケンタッキー州知事)の最初の反応でしたね。彼に会いに行ってこのアイデアを説明したのです。『何をしたらいいか分からないから、あなたのような人のアドバイスが必要なのです』と言いました」。

「具体的にいったいこれらの馬をどうするつもりなんだ?」

 「すると彼はこう言ったのです。『ええと、はっきりさせておきたいのだけど。君はこれらの馬を手に入れ、そのうち何頭かは日本から帰国させたいのだね。それでこれらの高齢の馬が自分のものになっても、レースに出走させたり、売却したり、種付けさせるつもりはないというのだね?』。彼は怪訝な面持ちで私を見つめて、『具体的にいったいこれらの馬をどうするつもりなんだ?』と聞きました」。

 「うちの厩舎に馬が住み、人々が訪ねてきてニンジンをやるのです」と説明したとき、ジョーンズがまるで火星から来た人を見るかのようだったのを、ブローウェンは今でも思い出す。

 「彼の反応が信じられませんでしたね。『それは素晴らしいアイデアだ!』とでも言ってくれるのかと思っていたからです。でも引き出しに手を突っ込んで古びたボロボロの小切手帳を取り出し、オールドフレンズに5,000ドル(約70万円)の小切手を書いてくれたのです。私たちが初めて手にした高額の小切手でした」。

 「彼は『グッドラック』と言ってそれを手渡してくれました。そして最大の支援者の1人となり、訪ねて行った日にエアドリースタッドにいた2頭の種牡馬、ユーアンドアイとアフタヌーンディーライツがオールドフレンズに来て引退生活を送ることになりました」。

 ブローウェンは冗談めかして"最近ではもっぱらニンジンを刻むことを担当していて、仕事は専門家チームに任せているのです。干渉はしませんね"と言う。ほかにもミシシッピー州立大学獣医学プログラム、ケンタッキー馬装蹄学校(Kentucky Horseshoeing School)、ルード&リドル馬診療所など、複数の団体が馬の世話のために寄付や割引サービスを提供している。

 ブローウェンはこう言う。「実際、運営に関しては何もしなければしないほどうまく行きますね。雇った人たち、ここで働いている人たち、ボランティアの人たちは皆、私よりもやり方をよく知っているのです。たくさんの人が手伝ってくれます。これこそ誰もが馬の福祉に貢献できる方法であり、素晴らしいことですね」。

 ブローウェンがオールドフレンズで大好きな一面は、訪ねてきた人々の話を聞くことだ。きっちり1年半に1度のペースで訪問してきてそのたびに500ドル(約7万円)とニンジンを寄付してくれた礼儀正しい高齢の女性のことを、彼は懐かしく思い出す。

 ある日、彼女の財産管理人が連絡してきた。彼女がオールドフレンズのために30万ドル(約4,200万円)を遺していたからだ。

 こんなふうに、時には競馬産業の人々のほうが感動させられるものなのだ。

 「ここに来た経緯を話してくれる人たちが大好きですね。プリークネスS(G1)のときにメイジ(2023年ケンタッキーダービー馬)の馬主グループの1人が私に声を掛けてくれたのです。こちらが『おめでとうございます』と言うと、彼が『ああ、あなたのことは知っていますよ。オールフレンズには何度も行ったことがあるのです』と言うので、なぜかと尋ねると、彼はアフタヌーンディーライトが大好きだったからと答えたのです。彼がここに来ていたとは驚きでしたね」。

「偉大な人たちにも普通の人たちにも会いました」

 「最高に素晴らしい人々に会うことができますね。この何年かのあいだに競馬界の偉大な人たちにも、普通の人たちにも会いました」。

 「お金のためだけに競馬をやっている人もいますし、馬を心から愛していて馬のためなら何でもできるという人もいます」。

 ブローウェンが最初に馬に魅かれたのは馬券が好きだったからだ。彼と妻のダイアン・ホワイトはともにボストン・グローブ紙で目覚ましいキャリアを積んだが、このセカンドキャリアには計り知れない手ごたえを感じている。

 「米国で自分のいるべき場所にちゃんといる人間は私だけなのかもしれません。ここにいなければ、エアタンクが無い状態で水中に潜っているようなものです。路頭に迷い、急いでここに戻らなければならないでしょう。最初にこれを始めたとき、ある人に"馬に惚れ込んじゃいけない"と言われました。私は"どういう意味ですか?馬に惚れ込むことがこのスポーツのすべてで、肝心なことなのですよ"と答えました」。

 「いつも、競馬とはその喜びを売ってくれるものではないと言っているのです。勝つこともあれば負けることもありますからね。でも勝負をすること自体は楽しいことです。ダイアンと一緒に崖から落ちましたが、崖から飛び降りるのは楽しいものでした」。

 「お酒を飲んで馬券を楽しむということがなかったら、絶対にこんなことに手を出していなかったでしょうね。馬について知っていることと言ったら、大きくて怖いということだけでしたから。でも今ではうちの厩舎に名馬がいるのです」。

By Amanda Duckworth

(1ドル=約140円)

[Thoroughbred Racing Commentary 2023年6月16日「'You have to do what's right for the horse' - at home with Silver Charm, Lava Man and their pals at Old Friends」]


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