シユーニ、つつましい種付料が20倍以上になるほど成功(フランス)【生産】
シユーニが種牡馬ランキングで上位に浮上したのは初めてではない。アガ・カーン殿下のボンヌヴァル牧場(フランス・ノルマンディー)で供用されるシユーニは産駒獲得賞金でフランケルに次ぐ欧州第2位であり、今年の3歳産駒の競走成績だけで見れば事実上の"ひとり舞台"である。
それは、クラシック優勝を果たした産駒2頭が今シーズン合計でG1・6勝を挙げているおかげである。5月下旬の愛2000ギニー(G1)でパディントンが2馬身差をつけて快勝したのを皮切りにトップレベルでの快進撃が始まった。その翌日にはアガ・カーン殿下の所有馬タヒーラが愛1000ギニー(G1)で快挙を繰り返している。
その後、パディントンはセントジェームズパレスS(G1)・エクリプスS(G1)・サセックスS(G1)を制して栄華をきわめ、まったく並外れた実力を見せつけた。一方、英1000ギニー(G1)でモージュ(Mawj)に惜敗を喫したタヒーラはその次のコロネーションS(G1)で非の打ちどころのないパフォーマンスを披露した。2頭ともこれからも驚異的な能力を発揮しそうである。
古馬となったシユーニ産駒も父の旗を高く掲げた。エドゥアール・ド・ロトシルト男爵の自家生産馬マルキーズドセヴィニエ(Mqse De Sevigne 牝4歳)が、オーナーブリーダーである一族にちなんで名付けられたロトシルト賞(G1 ドーヴィル)で勝利を収めたのだ。
シユーニが種牡馬ランキングの上位に入ったことはそれほど驚くことでもない。長いあいだ彼が最高の種牡馬の1頭であることは明らかだった。しかし彼の台頭により注目されるのは、現在彼がどの地位にいるかということではなく、どこから来たのか、そしてこれからどこへ行くのかということである。
シユーニの脇にいるのは、高額な種付料とそれに付随するすべての恩恵に後押しされて種付生活をスタートさせた種牡馬たちだ。たとえばフランケルの初年度の種付料は12万5,000ポンド(約2,313万円)であり、2023年には27万5,000ポンド(約5,088万円)に上昇した。彼がまさに傑出した種牡馬と見られつつあることを踏まえれば、それだけの価値があると言えるだろう。
シユーニは2023年に自己最高の種付料15万ユーロ(約2,400万円)を記録したが、つい9年前にはわずか7,000ユーロ(約112万円)の種付料で4シーズンにわたって供用されたことを忘れてはならない。その彼が今、フランケル・ドバウィ・シーザスターズなどと肩を並べているのだから、驚愕すべきことにほかならない。
シユーニ自身も現役時代はとても優秀な2歳馬で通算4勝を挙げ、ジャンリュックラガルデール賞(G1)を制覇してそのシーズンを締めくくった。この勝利が達成された2009年凱旋門賞ウィークエンドは、アガ・カーン殿下が7勝(うちG1・5勝)を挙げた記憶に残るものとなった。シユーニは3歳になっても好調を保って強豪馬と競っていたが、勝鞍を増やすことができなかった。
優秀な競走馬から成功する種牡馬への道のりには落とし穴がつきものだ。しかしアガ・カーン殿下のチームはシユーニのチャンスを強化するために、1980年代にダルシャーンに採用していた戦略を用いた。この馬に1口2万8,000ユーロ(約448万円)で50口のシンジケートを組んだのだ。
アガ・カーン殿下のボンヌヴァル牧場の場長を務めるジョルジュ・リモー氏はこう語った。「シユーニがレースキャリアを終えたとき、種牡馬として供用するか売却するかを考えなければなりませんでした」。
「そしてシユーニを種牡馬にすると決断し、パートナーを募るためにシンジケートを組むことにしました。シンジケートはサポートを得るためのチャンスであり、必要なことだったのです。測定不能なことではありますが、ただ最初の数年間に多くの繁殖牝馬を集められたことだけを見ても、それがシユーニの成功の一因であったと信じています」。
「G1を何度か制した馬やチャンピオン馬を種牡馬として導入すると、まずまずの優良牝馬が集まります。シユーニは初年度種付料7,000ユーロ(約112万円)から種牡馬生活を始めてそのレベルの繁殖牝馬しか集まらなかったので、必然的に少し時間がかかりそうでした。しかし彼が送り出した産駒は、遺伝的提供物と呼ぶべき彼の血統がきわめて優れていたことを如実に示していました。さまざまなタイプの繁殖牝馬と相性が良いのです」。
初年度から4年目にかけて集まる繁殖牝馬の数が減っていくというお馴染みの傾向がある。それは生産者たちが、産駒が2歳となって"厳しい試練"であるデビューを迎えるのを待つからだ。しかし、シユーニに送り込まれる牝馬の数はこの時期もほぼ安定しており、1シーズンの平均種付頭数は124頭だった。これにより確固たる種付頭数の土台が築かれたのである。
リモー氏が言うところの"遺伝的提供物"もパズルの重要なピースだ。シユーニの父は故ピヴォタルであり、母は米国の牝系を受け継ぐシシラ(Sichilla 父デインヒル)である。アガ・カーン殿下が2005年にまとめて購入した故ジャン-リュック・ラガルデール氏の馬資産の中に含まれていたのだ。
シユーニの血統にはいくつかの強い影響を受けた跡が見られるが、サドラーズウェルズのような現代の血統に多く見られる有名な牡系は含まれていない。そのことにより繁殖牝馬の幅広い層にとって、シユーニは選択できる種牡馬の1頭になっている。
多くのサポートと交配しやすい血統が組み合わさったことにより、シユーニは十分な種付機会を得ることが保証され、そのチャンスを無駄にすることはなかった。最初から明らかだった長所は、1歳セールでの産駒の平均購買価格に反映され、それはつつましい種付料に釣り合わなかった。
リモー氏は「シユーニのトレードマークのひとつは、とても見栄えの良い産駒を送り出すことです。それは馬格から始まり、よくバランスがとれ、がっしりとして、肉づきも良いのです。牝の産駒にも同じことが言えます。人々はそのようなタイプの産駒を欲しがって十分な価格を支払い、それらの産駒は良い馬主や調教師に渡ることになるのです」と語った。
初年度産駒の中にはアガ・カーン殿下の自家生産馬エルヴェディヤが含まれる。彼女は3歳時に仏1000ギニー(G1)・コロネーションS(G1)・ムーランドロンシャン賞(G1)を制してG1のハットトリックを達成した。ジャン⁻クロード・ルジェ調教師が手掛けたこの牝馬は力強い末脚に恵まれていた。エイダン・オブライエン調教師もセントマークスバシリカとパディントンが備えているものとして抜群の末脚を挙げていた。
リモー氏はそれに同意して、「シユーニが産駒に伝えたのは瞬発力であり、それはいつも彼に見られた特徴です」と述べた。
産駒の売行きの良さと将来有望な競走成績が相まったことで、繁殖牝馬がシユーニと交配することでグレードアップすることが示唆され、種牡馬シユーニの人気が急上昇した。これにより一連の段階的な種付料の引上げが始まった。2018年に供用4年目の産駒ローレンスが活躍するころには、シユーニの種付料は初年度の10倍以上の7万5,000ユーロ(約1,200万円)に跳ね上がった。翌年には種付料10万ユーロ(約1,600万円)で151頭の優良牝馬に種付けし、その中からパディントンとタヒーラが生まれることになった。
現在シユーニ産駒のうち9世代が3歳に到達しており、世界中で147頭がステークス競走、10頭がG1競走を制している。シユーニは2020年と2021年にフランスのリーディングサイアーに輝き、2022年の1歳産駒の平均価格は33万464ユーロ(約5,287万円)だった。価格を引き上げたのは、アルカナ社8月セールで矢作芳人調教師により210万ユーロ(約3億3,600万円)で落札されたソットサスの全弟である。
7,000ユーロから10万ユーロ(約112万~1,600万円)の種付料で送り出した産駒でこれほど力強い数字を達成したことは、実に幸先が良いと言えるだろう。2020年と2021年に14万ユーロ(約2,240万円)で送り出された2世代と、今年の15万ユーロ(約2,400万円)で送り出される世代はまだ競走年齢に達していないが、種牡馬シユーニの全盛期がこれからやって来る可能性は大いにある。
シユーニの種牡馬キャリアの初期からあらゆることが変化した。それには、シンジケート参加者のプロフィールも含まれる。一口あたりの価値が高騰するにつれ、初期のシンジケート参加者の中にはこのような高価な種付料に見合う繁殖牝馬を持っていないという状況が見られるようになった。そこでトップレベルの生産者が喜んで参入することになった。
リモー氏はこう語った。「当初参加していたのは小規模生産者でしたが、今ではシンジケート参加者のプロフィールは様変わりしました。彼らはさまざまな価格で取引してきましたが、誰もがシユーニから良い結果を得ていると思います」。
「しかし、価格を上げたからといって、どこからでも生産者が集まるといった状況に変化はありません。最初はフランスの生産者が多かったのですが、次第に全体としてアイルランドや英国など欧州の生産者が集まるようになり、米国人生産者も数人含まれています。誰もが彼に興味を持ち始めたのです」。
2023年にシユーニのもとに送られた繁殖牝馬の顔ぶれを見れば、すでに多くのことが期待できる。
リモー氏はこう続ける。「今年の繁殖牝馬の質はかなり高いものでした。送り込まれてきた繁殖牝馬のうち40%がG1馬/G1馬の母/G1馬の姉妹のいずれかであるか、あるいはそれらの2つ以上に当てはまりました。こんなことは初めてです。また、それらの繁殖牝馬のうち¼はガリレオの牝馬でした。ガリレオの牝馬との組合せは明らかに好まれているのです。その組合せで生まれてきた産駒のうち13%がステークス勝馬となり、その中にはソットサスやセントマークスバシリカも含まれています」。
リモー氏は2023年にシユーニのもとに送りこまれた繁殖牝馬を開示できないが、彼のもとに送りこまれた22頭のアガ・カーン殿下の繁殖牝馬の中には、タヒーラの半姉でG1・3勝馬であるタルナワや名牝ザルカヴァが含まれているという。
「これらは私たちの主力繁殖牝馬です。このようなタイプの繁殖牝馬が種付所にやって来るのを見ると、初期との違いを実感します。これからの数年間が素晴らしいものになるという期待感しかありませんね」。
さらに今ではシユーニの力量は産駒の世代からも感じられるようになっている。種牡馬入りした牡の産駒が増えつつあり、繁殖入りした牝の産駒も牧場で有望視されている。
シユーニ産駒で最もレーティングが高いのはG1・5勝馬セントマークスバシリカである(RPR128)。彼は供用初年度となる2022年にクールモアで176頭に種付けした。同じくクールモアで繋養されている凱旋門賞優勝馬ソットサス(RPR 124)は初年度と2年目に合計で257頭に種付けした。ソットサスが初年度に送り出した1歳産駒のうち12頭はアルカナ社8月セールに上場される予定である。
種牡馬界におけるクールモアでの圧倒的な優勢は、その時代を代表する種牡馬の系統を開花する前に見極めるジョン・マグニア氏の能力によって確立された。まずはノーザンダンサー、その後サドラーズウェルズ、そしてその息子で一時代を築いたガリレオを発掘したのだ。それゆえ同じようなことが起こるとすれば、もうすぐ3頭のシユーニ産駒、すなわちソットサス・セントマークスバシリカ・パディントンがクールモアの種牡馬群の看板となるかもしれないということは注目に値する。
シユーニはブルードメアサイアー(母父)としても素晴らしい影響をもたらしている。シユーニの父ピヴォタルが3度ブルードメアサイアーに輝いていることを考えれば当然のことである。あらゆることは一巡して元に戻って来る兆しとして、初期の代表的な産駒エルヴェディヤが重要な役割を果たした。エルヴェディヤの第2仔エレヴァン(父ドバウィ)がダニエルウィルデンシュタイン賞(G2)を快勝し、2022年ジャックルマロワ賞(G1)ではインスパイラルの僅差の3着に健闘したのだ。
またシユーニはブルードメアサイアーとして、バリーコーラスS(G3)を制してフェニックスS(G1)でも2着に健闘したもう1頭の重要なパフォーマー、ドクターゼンプ(Dr Zempf)も送り出している。またグッドフォーチュン、ハリケーンドリーム、タイムズスクエア[マルセルブサック賞(G1)2着・仏1000ギニー(G1)3着]といったリステッド勝馬も出している。
リモー氏は、「最年長の牝駒は11歳なのでまだ早いのですが、シユーニはブルードメアサイアーとしてすでに5頭のステークス勝馬を出しています。その中にはアガ・カーン殿下のG1・3着馬エレヴァンが含まれます」と述べる。
シユーニが送り出した一連の傑出した産駒を考えれば、アガ・カーン殿下が供用した中で最も影響力のある種牡馬となる可能性を秘めていると言っても大げさではないだろう。殿下の競馬事業の長くて物語に富んだ歴史を考えれば、それは見事なものである。
リモー氏は自身がアガ・カーン殿下の牧場で働くようになって以来、シユーニは最高の種牡馬に違いないとしながらも、これは過去の世代が築いた土台を反映した成功であることも痛感している。
リモー氏はこう続けた。「シユーニの成功は、アガ・カーン殿下のファミリー(牝系)のために組み合わせる牡系を慎重に選んできたという長年にわたる努力を反映したものです。アガ・カーン殿下とザラ王女は毎年、このことに大きな関心を寄せています。私たちはシユーニで一巡して元に戻ってきました。それを達成するのは稀で難しいことですが、目標としているのです」。
「生産事業のすべてにおいて鍵を見つけることはできないでしょうが、殿下がおっしゃるように、これは"自然とのチェスゲーム"なのです。正しいことをしようとしても、もちろんうまくいかないこともありますし、シユーニのように非常にうまくいくこともあります」。
「とても満足していて大変誇りに思っていますが、次の種牡馬を作り出すべく集中しているため、現状にとどまるわけにはいきません」。
By James Thomas
(1ポンド=約185円、1ユーロ=約160円)
[Racing Post 2023年8月9日「'The years to come are going to be great' - the €7,000 stallion who rose to rival Frankel」]