初めてのサラブレッド全頭調査から引き出された結果(イギリス)【開催・運営】
【サラブレッド全頭調査の結果のまとめ】
- 英国初のサラブレッド全頭調査(Thoroughbred Census)が実施され、8,256頭が登録された。このうち5,566頭はこれまで未登録だった。
- この2023年全頭調査はハートピュリー大学により実施され、引退競走馬の生活について貴重な情報を開示した。
- 新たな知見により、競走馬として生産された馬は多様なセカンドキャリアを歩む中で極めて多才であるということが確認された。
- 調査により、引退競走馬のうち1/3が15歳以上であること、またさらに高い割合が競走引退直後のオーナーに所有されていることが判明した。
- 馬術団体から得られたデータと合わせると、元競走馬のうち推定80%について情報が把握されている。
- 馬福祉委員会(HWB)は、競走馬が引退して一歩踏み出した時点での完全なトレーサビリティ(追跡可能性)を実現するための今後の計画を概説している。
- サラブレッド全頭調査は、競馬財団(Racing Foundation)により資金提供されている。これは英国競馬界のHWBの取組みを支援するための3か年の助成金300万ポンド(約5億7,000万円)の一部である。
- 次の解説画像(A4サイズ)とアニメーション動画をご利用ください(その際にはGreat British Racing/Horse Welfare Boardのクレジットを入れてください)。[解説画像][アニメーション動画]
英国初のサラブレッド全頭調査で、元競走馬8,256頭の詳細情報が馬主により提出された。うち5,566頭がこれまで未登録だった。この取組みは英国競馬界のHWBが昨年立ち上げたものであり、サラブレッドの競走引退後の生活について重要な情報を生みだすことを目的としている。
サラブレッド全頭調査の主な目的は、英国のサラブレッド頭数の推定値と現実のあいだにある認識のギャップを埋めることにある。この取組みにより、ハートピュリー大学は現在、元競走馬の頭数を3万3,600頭と評価している。全頭調査のデータと"競走馬の再調教(RoR)"の1万3,000人のメンバーからの情報、さらに馬術団体からのデータを合わせると、英国にいる元競走馬に関して集積された情報は今では推定頭数の約80%を網羅することになる。
下院で唯一の獣医師であるニール・ハドソン議員はこう語った。
「トレーサビリティのギャップを縮めるうえで非常に歓迎すべき重要な一歩です。政府が競馬界と協力し、現役であろうと引退後であろうとすべてのサラブレッドの幸福度を高める重要な取組みを実施し続けることはとても大切です。そのために、統合的な馬デジタルデータベース(Digital Equine Database)を進化させることが不可欠です」。
トレーサビリティを高めるための今後の計画
全頭調査に競馬関係者が積極的に参加した一方で、幅広い馬術コミュニティや馬術種目からの貢献には格差があることが明らかになった。それゆえHWBはRoRと協力して、あまり貢献しなかったグループとのつながりを深めるための計画を策定中である。また、馬術競技のメンバー団体や協会と協力して知識のギャップを確実に減らしていく予定である。
今後トレーサビリティを高めるために、報告書が提示したほかの提言は以下のとおりである。
【全頭調査の定期的実施】
HWBは3~5年以内に全頭調査を再実施することを目標に掲げている。
【競走引退直後の馬を100%追跡できる仕組みの開発】
競馬界の全国競馬管理制度(National Racing Administration System)のデータをRoRのデータベースとリンクさせ、競走引退時にすべての引退競走馬と新たな馬主が自動的に登録されることを目指す。
【馬の統合データベース(Central Equine Database: CED)】
馬の統合データベースをさらに発展させるよう、競馬界は政府に働きかけ続ける。このデータベースはトレーサビリティを向上させるために、すべてのサラブレッドの生涯の全段階についての情報の宝庫としてうまく運用できる可能性がある。
【環境・食糧・農村地域省デジタル馬ID(Defra Digital Equine ID)】
従来の紙のパスポートを捨て去り、義務的なデジタル馬IDを法定化するため、政府に働きかけ続ける。
HWBの独立委員であるトレイシー・クラウチ議員はこう語った。
「英国初のサラブレッド全頭調査が、この国のサラブレッドの全貌について私たちの知識を向上させたことを嬉しく思います。この報告書はさらなる改善のための貴重な提言も生み出しています。そのうちいくつかについて、私たちは政府に支援を求めるつもりです」。
元競走馬の驚くべき生涯と多才性
第1回サラブレッド全頭調査で収集されたデータの分析によると、元競走馬のおよそ2/3(62.9%)が5歳~14歳であることが判明した。ざっと1/3(31.2%)が15歳以上であり、そのうち739頭が20歳以上だった。このことは、競走馬の引退後の生涯が長いことを示している。
全頭調査の対象馬の大多数(74%)はせん馬である。これは、牝馬がセカンドキャリアとして繁殖入りすることが多く全頭調査の対象外になるためだと考えられる。また馬主が馬を引退させる理由として一番多いのは、競走での振るわない成績や適性の欠如だった。
サラブレッドは競走引退後、馬場馬術(11%)・障害飛越競技(8%)・総合馬術(8%)など幅広く多様な活動に関与する。一方、レジャー乗馬(leisure riding)・乗馬(hacking)・その他の競技(unaffiliated competing)においても多くの馬が活躍している(36%)。活動の幅は広く、レースキャリアがほかの種目への準備にどれほど適しているかを示している。また馬が補助的役割を担う活動、たとえばセラピーなどに進む馬とほぼ同数が、エンデュランス乗馬に移行している。
HWBのプログラム担当理事であるヘレナ・フリン氏はこう語った。
「サラブレッド全頭調査は、英国競馬界が"引退後のすべての元競走馬のトレーサビリティを高める"と約束する中で画期的な出来事となります。また、これらの馬がどのような生涯を送っていくのかについての知識を豊かにしてくれます。競走馬として成功しなかったサラブレッドは、ほかの役割に適応できないので廃棄されてしまうと誤解されがちです。しかし全頭調査は、彼らの驚くべき多才性とさまざまな新しいキャリアで活躍する能力を見せるにいたりました」。
元競走馬の所有
競走馬の馬主は全般的に慎重であり誠実である。所有馬をまずまずの拠点に落ち着かせるために、しばしば私費を投じてあらゆる必要な手段を講じているのだ。全頭調査の結果はこれを反映していて、調査の対象となった馬の1/3以上(38.6%)が依然として競走引退直後のオーナーのもとにいることから、そういったオーナーが長い期間にわたって馬を世話すること、そして現役時代の馬主と調教師は所有馬の競走引退後のステップを効果的かつ慎重に選択していることがわかる。そして大多数(87.3%)の引退馬は3人以下のオーナーによって所有されている。また元競走馬のオーナーの半数弱(43.2%)は、以前に少なくとも1頭はサラブレッドを所有していた。
元競走馬を所有する主な理由には、調教して出走させる計画のため、コンパニオンホースにするため、その馬の特性(気性・運動能力・多才性)が気に入ったためというものが含まれる。競馬産業で働いている、もしくは働いたことのあるオーナーは、手に入れた馬と個人的な結びつきがあり、レースキャリアの終了後に世話することで恩返しをしたいと考えているという証言もある。地理的な広がりについては、全頭調査の対象となった元競走馬の頭数が最も集中していたのは、南西部(19.1%)・南東部(13.2%)・イングランド東部(12.9%)・西ミッドランド(11.4%)・北東部(10.6%)だった。
馬パスポートの利用
英国のすべての馬のトレーサビリティの主な情報源は、個体識別書類である馬パスポートだ。新しい馬主は馬を手に入れてから30日以内に馬パスポートを更新することが法的に義務づけられている。レースキャリアのあいだ、馬パスポートの情報は生産者・馬主・調教師を通じてウェザビーズ社のジェネラルスタッドブックで管理され、慎重に保持される。しかし元競走馬のデータは、引退後に最初の一歩を踏み出した後、あるいはそれ以降に個人所有になると大幅に減少する。
サラブレッド全頭調査の回答者の大半(64%)は、馬パスポートの所有者情報を自身の名前に変更していた。これはすべての馬術種目を通じた平均である20%よりもずっと高い割合であるが、今後馬主の順法意識の向上を図るためにまだまだやることはある。
全頭調査により、オーナーが馬パスポートを新しい所有者情報に更新しない理由が明らかになっている。「馬への愛着(その馬のパスポートを失うことへの懸念)」、「知識の欠如」、「当時の事情(その時は更新する価値があるように思えなかった)」、「プロセス(煩雑さ、かかる時間)」、「先延ばし」、「費用」が挙げられている。そのうえ、ほぼ1/3(30.8%)が馬の死亡時には通知して馬パスポートを更新しなければならないという要件を認識しておらず、また大半(75.4%)がこのような状況で何もしなかったときに過怠金を科されることを知らなかった。
このように順法意識が低いにもかかわらず、大半のオーナー(83.5%)は、無料、もしくは最小限の手数料を取られるだけなら、馬主情報の変更を登録するために現行の郵送システムではなく新しいeパスポートシステムを利用したいと答えた。
フリン氏はこう続ける。「馬は競走を引退すると、競馬統括機関の管理下にある場所から個人馬主のもとへと移動します。多くの馬主がすべての馬のID書類を最新の状態に保つ責任についてより良い指導を受ける必要があるのは明らかです。HWBとRoRは今後、元競走馬のオーナーにその責任を認識して、思い出してもらうためのコミュニケーション計画を実施する予定です」。
セカンドキャリアとして選んだ競技種目とパスポートの所持に相関関係はなかった。一方、サラブレッドをコンパニオンホースや繁殖牝馬として手元に置く馬主や、馬が補助的役割を担う活動に従事する馬主は、馬パスポートを所持している可能性が低い。このことは馬パスポートの重要性と、その情報をつねに最新のものに保つことに関する指導を強化する必要性を示している。これは全頭調査キャンペーンを通じて部分的に達成されており、ウェザビーズ社のジェネラルスタッドブックでは前年の同時期を比べてパスポート更新は34%増加したと報告されている。
世界馬福祉協会(World Horse Welfare: WHW)のCEOロリー・オワーズ氏はこう語った。
「全頭調査の結果として、知識の面で前向きな進歩を見られただけでなく、今後トレーサビリティを完全なものにすると競馬界が約束したことに勇気づけられます。これは競馬界の将来にとって基本的な目標です。馬に利益をもたらし、ソーシャルライセンス(訳注:産業が活動を継続するには社会に貢献する必要があるという考え方)についての議論が高まりつつある中で競馬界の評判を高めるものとなります」。
全頭調査はハートピュリー大学の馬調査の専門家とともに実施された。同大学の独自の分析を経て獲得されたデータは、英国競馬界とそのアフターケアの慈善団体であるRoRが馬主をよりよく支援し、情報に基づいた有益なコミュニティをひきつづき構築できるようにする。さらにサラブレッドの生涯におけるこの段階に関するデータは、福祉の取組みを向上させ適応させるために使われ、最も重要なことだが、馬の疾患が発生した場合に早急かつ効果的な情報交換を可能にすることである。
6ヵ月にわたって実施したこの全頭調査にはRoRとともに競馬財団が資金を提供し、世界馬福祉協会とウェザビーズ社ジェネラルスタッドブックが協力した。
behalf of the Horse Welfare Board
BHA Press Release
[britishhorseracing.com 2024年3月27日「British racing's Horse Welfare Board announces results of the country's first Thoroughbred Census」]