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2024年09月20日  - No.9 - 4

シンエンペラー、凱旋門賞本番に向け高まる期待(フランス)【その他】


 凱旋門賞(G1)制覇という聖杯を手に入れようとする日本の奮闘には荘厳なファンファーレがつきものである。そのため、叶えられなかった夢をあまり注目されなかった馬が実現すれば、それは少しばかり皮肉なことになるだろう。

 シンエンペラーが愛チャンピオンS(G1 9月14日)で3着に入ったパフォーマンスは、まちがいなく期待できるものだった。レパーズタウンの短い直線でクリアな走りがほとんどできなかったが最速の末脚を見せつけた。ただ不運だった道中は幸運の裏返しになるかもしれない。

 栗毛馬は5月以来の出走となったこのレースを、激しく追い込むことなく終えた。もし早い時点で攻撃を開始していたならば、それを免れることができなかっただろう。これにより彼は万全な状態で10月6日に凱旋門賞に臨むはずだ。

 坂井瑠星騎手が批判の対象となることは避けられなかった。エコノミクス(トム・マーカンド騎手)とオーギュストロダン(ライアン・ムーア騎手)に翻弄され、遅れを取ったシンエンペラーを馬群のなかに閉じ込められるままにしてしまったのだ。しかし、坂井騎手が馬を落ち着かせ自由に走らせることを最優先にしたのは明らかだった。凱旋門賞のトライアルとしてはこれ以上ないほどの出来だった。

 日本ではこれからの3週間、シンエンペラーの凱旋門賞挑戦への気運はまちがいなく高まるだろう。これまで盛り上がりに欠けた一番の理由は、シンエンペラーが3歳馬であり、日本で崇拝の対象となる4歳馬に注がれるような熱狂的な支持がなかったからだ。

 日本は凱旋門賞に絶えず挑戦してきたが、通常先鋒をつとめるのは古馬だった。エルコンドルパサー(1999年)やオルフェーヴル(2012年)はいずれも超一流の4歳馬であり、ロンシャンでは力強い走りを見せたが惜敗を喫した。2006年に3着に終わった(のちに失格)ディープインパクトも同様だった。

 シンエンペラーはもう一つの点でも違っていた。彼を所有するのは、日本のエリート層の長く競馬に関わってきた人物ではなく、比較的新参の藤田晋氏である。藤田氏はテクノロジー業界の億万長者であり、2年前に高額の1歳馬や当歳馬を多数購買して名乗りを上げた。

 なかでもシンエンペラーはアルカナ社8月1歳セール(ドーヴィル)で驚愕の210万ユーロ(約3億2,550万円)で落札されている。売買契約書にサインしたのはシンエンペラーの派手な調教師、矢作芳人氏だった。その後彼がリポーターたちに語ったことには先見の明があった。シンエンペラーがフランスに戻って来て、2年前に全兄ソットサスが制した凱旋門賞で走ると予言していたのだ。

 矢作調教師と藤田氏のシンエンペラーを3歳で凱旋門賞に出走させるという決定は、この牡馬に貴重な経験を積ませて、来年の今ごろまたパリに戻って来る計画のためだ。凱旋門賞が日本の一流馬にとって究極のレースであることに変わりがないことを証明している。

 最も経験豊かな日本の競馬評論家でさえ、これがどこに由来しているかについて確信していない。凱旋門賞が、日本の近代競馬、生産のゴッドファーザーである吉田善哉氏のお気に入りのレースだったことはまちがいない。彼の社台ファームは、ノーザンテーストが計9回獲得することになるリーディングサイアーのタイトルを初めて獲得した1982年以来、最も有力な育成牧場となっている。

 吉田氏が長年にわたって購買した馬のなかには、1988年凱旋門賞優勝馬トニービンがいて、この馬は1994年に日本のリーディングサイアーに輝く。しかしノーザンテーストにしても吉田氏のもう一頭の血統を形成した種牡馬サンデーサイレンスにしても、凱旋門賞とは何の関係もなかった。

 それはともかく、日本調教馬による初めての凱旋門賞制覇は象徴的な出来事として語り継がれることは間違いない。希望よりも期待を胸に、毎年パリに巡礼してくる大勢の日本の競馬ファンを見ても明らかなように、日本馬の国際舞台での注目度はますます高まっている。

 10月にどれだけの日本の競馬ファンがやって来るかはまだわからない。シンエンペラーは日本の3歳最強馬ですらないのだ。5月の東京優駿(日本ダービー G1)ではダノンデサイルとジャスティンミラノに次ぐ3着に終わっている。

 実のところ、シンエンペラーはG3を一勝しているだけだ。今回凱旋門賞で3番人気に推されているのは、日本競馬のレベルの高さを反映している。同時に2頭の有力馬、ゴリアットとカランダガンがいずれもせん馬であるため出走資格がなく、今年の凱旋門賞出走馬が比較的手薄であることも影響している。

 また、フランスの古馬対象の凱旋門賞トライアルのフォワ賞(G2 9月15日)で1着と2着だったイレジンとザリールも同じ理由で出走資格がない。この欧州最高峰のミドルディスタンスレースからせん馬を出走禁止にするルールはもうすぐ撤廃されるにちがいないだろう。

 些細なことだと思われるかもしれないが、シンエンペラーの勝利は日本の凱旋門賞への挑戦に関するかぎり、究極の偉業にはならない。いずれも日本馬の父と母のもとに生を受けた完璧な日本馬がパリで勝ってこそ、夜明けは訪れるのである。

 そのあいだ、シンエンペラーが優勝すれば藤田氏と矢作調教師の山師コンビは遠慮なく祝福するだろう。藤田氏は古参の馬主と同様に、凱旋門賞を制覇することに夢中である。一方、矢作調教師は海外で勝利を挙げることに慣れている。ブリーダーズカップ競走を2勝し、豪州・ドバイ・香港・サウジアラビアでG1レースを制している。また5月のケンタッキーダービー(G1)で3着になったフォーエバーヤング(馬主:藤田晋氏)を育てあげている。

 ロンシャンで距離が2400mにもどることは、シンエンペラーにとって好都合だろう。しかし、彼がもっとも必要としているのはカラっとした秋の天気である。重馬場での実績がないのだ。彼とその大胆な関係者に天候の神様がほほ笑むことを祈ろう。

By Julian Muscat

(1ユーロ=約155円)

[Racing Post 2024年9月16日
「Japan has another great Arc hope in its bid for the holy grail - and this one truly breaks the mould」]


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